第45話「ブラック・マンティス」

「後学のためだ、お前はここで徹底的に潰してやるッ!」

「やれるものなら、どうぞ」


 相川の姿がブレたと思ったら、俺との距離を三歩ほどで縮めてくる。

 そして、眼前に迫る鋭利な刃物の尖端。

 先程と同じ攻撃パターンだが、実際は同じではない。

 今回はしっかり俺を仕留めに来ているからだ。

 なので、今度はちゃんと避ける。


 バックステップで相川の突きを避けると間髪入れず足元の方から俺の頭部にかけてもう一本の刀が襲ってくる。


 それを身体を軽く捻って躱すと立て続けに今度は横一線に襲ってくる斬撃を捻った身体を戻しながら回し蹴りを放ち踵の部分で止める。


「ほぅ……」

「こんなものなの?」


 煽るような俺の態度が気に食わないのか、相川は怒気を込めて「んなわけねぇだろッ!」と言い放ち刀を振るう。


 二本の刀を上手く操り四方八方から斬撃を繰り出す相川の攻撃を俺は淡々と避けていく。

 まるで単純作業の様に。


「ちッ、どうなってやがる! なんで当たらねぇ!」


 相川は【剣豪】、刀剣のスペシャリストだ。

 そんな自分の攻撃が、たかだか高校生の俺にかすりもしない事に焦り始めているようだ。


「まさか、こんなのが本気とは言わないよね?」


 正直ガッカリだよ。

 俺を徹底的に潰すと息巻いていたのだから、それなりに期待はしていのに……。


「こてつぅ! そんな坊や相手にいつまでダラダラやってるのよ!」

「すんません姐さん!」

「【仮想領域これ】結構キツいんだから早く終わらせなさいよ!」


仮想領域ルーム】を持続発動するにはかなりの労力が必要だ。

 その実、ミズ・リンダの額にはジワジワと汗が滲み始めているのが分かる。


「わかりやした! 本気でやります!」  

「分かればいいのよ、分かれば」

「へい! 鷹刃、姐さんがご立腹なんでな、わりぃがもう手加減できねぇからな?」 

「へぇ、まだ何か隠し持ってるんだ。楽しみだね」

「余裕かましやがって……まぁ、いい。本当の力の差って言うものを教えてやる」


 そう俺に宣言した相川の容姿がみるみる変化していく。


「へぇ、狼男ウルフマンだったんだ」


 身体がむくむくと大きくなっていき、元のサイズより一回り、いや、二回りは大きくなっている。


 まるで紐で引っ張っているかのようなつり上がった目尻に心を奪われるかの様な神秘的な金色の瞳。鋭い牙にピンと伸びた一対の耳。

 二足歩行の狼の完成だ。

 

『この姿の俺は手加減なんて出来ない、せいぜい死なないようにきばるんだな』


 そう唸るような低い声で言い放つ相川の体毛は黒色。

 黒田と違い正真正銘の上級だ。

 黒の擬態系に上級の操作系のデュエル。

 かなり優秀だと言えるだろう。


『シッ』


 元々結構な俊敏さだったのだが、擬態系の最大の特徴とも言える高い身体能力。

 その身体能力をフルに使って放たれる攻撃は先程とは比べられない程に、速く、鋭く、力強い。

 擬態系を発動する前と比べて反撃する隙も少ない。


『ほう、これでも躱し続けるか。本当に大したものだ。もう少しギアを上げよう! 【黒狼の咆哮ハウリング】ウッワォーン!』


 【咆哮ハウリング】とは黒以上の擬態系マスターが扱える、一定時間己の身体能力が倍になるバフ系のアークだ。

 

『ほら、ほら、どうした! そろそろキツくなってきたんじゃねぇのか!? あぁ?』

 

 相川の攻撃が俺を掠り始めてきた。

 制服の至る所が斬られボロボロになっていく。


 そんな俺の様子に相川は明らかに上機嫌だ。


「攻撃が掠っただけでそんなに喜んでいるなんて随分平和なんだね」

『なんだんと!?』


 仮にもこの相川という男も戦場に身を置く傭兵団の一員だ。

 命のやりとりが常である戦場。

 そんな場所で相手を倒すわけでもなく、攻撃が掠っただけで一喜一憂するなんて言語道断。


 傭兵失格だ。


「これ以上制服をボロボロにする訳にもいかないから、俺も本気を出すことにするよ」


 攻撃はじき返す。


「なッ!? いつの間に!?」


 いつの間にというのは、俺の両手には握られている一対の短剣の事を指しているのだろう。

 収納箱から取り出したのだが、まぁ、相川にしてみれば気づいたら俺の手に短剣が握られているように見えるだろう。

 案の定、相川はかなり警戒している様子だ。 

 刃渡り40センチほどの諸刃の短剣、所謂ダガーという代物で俺の相棒だ。

 俺の相棒は、楔製の上質な角石と魔鉱石ミスリルで作られた物だ。

 団の副団長であり、この世に現存する全ての金属を自在に操る事ができるユニークアークマスター【金属匠メタルマイスター】ダニエルに作ってもらった俺専用の武器だ。

 角石と魔鉱石を使っているため魔力伝導率にかなり優れた逸品であり、俺の魔力を吸収したこいつに斬れない物はない。


 早速魔力を流し込むと、白金色の刀身が深い闇の様な黒に染まっていく。

 真っ黒に染まった俺の短剣を見て、ミズ・リンダと相川が騒ぎ始める。


『なっ!? 刀身が黒に変化する魔鉱石製のツインダガーだと!? お、お前は、ま、まさかッ!?』

「ぶ、ぶ、ぶ、ブラックマンティス!? あの化け物がこんな場所に、しかも学生だなんて!? あり得ないわよ!」

『そうだ、やつがこんな所にいるわけないッ! 母親に強請って奴と同じ武器をもらったんだろう』

「俺が誰かなんて好きなように捉えてくれればいいよ。それよりも井波さん達をこれ以上待たせるわけにもいかないし、いくよ?」


 一瞬で、相川の懐に入り込む。

 それに反応して相川は右手に持つ刀を振り下ろす。

 それを左手の短剣で弾き飛ばすと仰け反った態勢でもう一本の刀が振り下ろされる。


 そんなお粗末な攻撃が俺に通用するはずがない。もう一本の短剣で弾き飛ばす。

 両手でバンザイ状態の相川。


 そんな相川のがら空きの上半身に短剣を持ったまま拳を叩き込む。


 一発や二発ではなく。


 相川の心が折れるまで何発も。

 短剣を使って一瞬で終わらせる事も可能なのだが、別に絶対に殺さないといけない局面でもないし、戦闘不能になってもらう位で丁度いいだろう。


 死人が出たとなったら、本気で団同士の戦争に発達する可能性が高いからね。

 うちが負ける事は無いと思うが、俺のせいで団のみんなに面倒な仕事をさせることを俺は良しとしない。


『ぐぉおををををおっをををををお』


 第二形態になったのか。

 それに合わせて、俺もギアを一つ上げる。

 第二形態にたっても状況は何一つ変わらない。

 相川はひたすら俺の攻撃を喰らい続けるだけだ。


 時間にして約30秒ほど経過したその時だった。


『あ、……あ、ぐぁあ』


 【狼男】が解除され、バタッと倒れ込む相川。


「30秒かぁ、思った以上に時間が掛かったな」 


―――――――――――――――――――――――――――――――――

いつも読んで頂きありがとうございます。

次の話で第1章は最後になります。

よろしければ、感想、いいね、フォロー、☆など頂けましたら嬉しいです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る