第35話「再会」
「格の違いというモノを教えてあげるよ」
『ほざけえええ!』
黒田の鋭い爪が襲い掛かってくる。
先程よりも速く、明らかに強力なそれらを難なく避けていく。
擬態系の特徴として取り上げられるのはやはり身体能力や五感の強化と言えるだろう。
黒田が擬態している熊のような獣系統は特にその傾向が強い。
だけど、今の黒田であっても俺に掛かればアークを行使しなくても簡単にそれらを凌駕できる。
『ちッ、ちょこまかと!』
攻撃が当たらないという事に焦りが滲み出ている黒田は、更に手数を増やす。
攻撃にばかり神経を注いでいる所為か身体の至る所が隙だらけだ。
その事に黒田は気付いていない。
攻撃を避けつつ黒田の脇腹に拳を突き刺す!
ドスンという、重く鈍い音が聴こえると同時に拳に手ごたえが伝わってくる。
『うっぐぉぁ……ッ』
無防備な脇腹を攻撃された事で攻撃の手を休め黒田は脇腹に手を添えながら斜め下に上体を屈み、数歩後ろに下がる。
「擬態系の身体強化があるからといってあまりにもガードがお粗末だね」
俺の攻撃なんて受けても問題ないと思ったのだろう。
『あ、ありえない……お前みたいな小僧が強化された俺の身体にダメージを与えるなんて……ッ』
「人を見た目で判断する奴ほど戦場では長生きできないよ」
『戦場? お前みたいな小僧が、何を語っていやがる……』
「まぁ、経験談かな」
『何が経験談だ、調子に乗るなよ? さっきのは俺の油断からきたものだ。残念だが、もう、お前に対して油断などしない』
ダメージから回復したのかピンと背筋を伸ばして俺を睨みつける。
「そう。じゃあ、第2ラウンド開始で」
今度は、俺から仕掛ける。
「なッ、はyうがッ、ガボッ――」
ある程度力を抑え、手数重視で黒田を攻撃する。
力を抑えたとしても俺の攻撃力はそんじょそこらの戦闘特化の上級アークマスターのそれと遜色ないと自負している。
『ぐるるるぅ……』
殴る蹴るの単純作業を繰り返していると、黒田の様子がおかしい事に気が付く。魔力が爆発的に上がっているのだ。
『ぐおおおおおおおお!』
俺は攻撃の手を一度休め、バックステップで黒田との距離を取る。
「あぁ~第二形態になったのか。まぁ、それはそうたよね」
第二形態とは、擬態系のマスターが自我と引き換えに限られた時間内でより強力な力を得ることができるモノだ。
『ぐああああああ!』
黒田の口の周りはよだれが垂れ流しになっている。
そのため、爪を振るう度によだれが飛び散るのだがさほど気にせず、黒田の爪を躱しながら懐に潜り込む。すると、今度は大きく開いた口を俺に向けてくる黒田。
鋭い牙が迫ってくる――が、顎舌に掌底を叩きこみ怯んだ黒田の口をそのまま手で掴む。
『あうぐ、あぐぐ』
力任せに口を閉じているため、何とか逃れようと左右前後に振る黒田の頭部を、口を掴んでいる左手一本で制する。
『……ッ、あが!?』
まったく逃れる事が出来ない事に気付き、黒田は驚愕を通り越して恐怖する。
それもそうか。赤ランクの擬態系アークマスターの第二形態。それを大したアークも使わず左手一本で制しているのだから。
自我を失っている黒田だからこそ、本能的に俺の強さが分かったのだろう。
さて、そろそろ終わらせよう。
「あんまり井波さんを待たせるのも悪いし、もう終わりでいいよね?」
「――ッ!?」
先程よりももう少しだけ力を込めてがら空きの腹部に拳を突き刺す。
もちろん、口は掴んだままだ。
1発、2発、3発とダメージを加えていく毎に、黒田から漏れる苦痛の色が強くなる。
5発目と言うところで俺は、一つ提案をする。
「さて。あんまり弱い者いじめは好きじゃないんだ。出来れば降参してくれるとありがたいんだけど」
自我がある訳ではないため、俺の言葉が通じているのかは不明だが、黒田は俺の提案に何度も頭を縦に振る。
「そうか、ありがとう。じゃあ、これで最期ね」
5発目の攻撃を食らわせると同時に黒田の口を掴んでいた左手を離すと、「ぐひゅッ」と鈍い声を上げその場で倒れ込んだ。
俺は、黒田が気絶した事を確認し、近くにあるテーブルクロスをびりびりに破り両手両足をしばり、猿ぐつわのように口も縛った。
これですぐに応援を呼ばれる事はないだろう。
まぁ、呼ばれても大きな障害にはならないと思うけど、あんまり時間を掛けたくない。
俺の元に井波さんが近づいて来る。
「相変わらず規格外ですね……鷹刃君は」
「そうかな?」
「もう何も言いません」
「それより、よだれで手がべたべただよ」
「廊下を出て直ぐの所にお手洗いがあります」
「じゃあ、一旦手を洗ってから妹さんの所に行こうか」
「その、本当に夏菜がここに?」
「うん、地下の方にいる」
「そう、ですか……」
妹さんがこの建物にいる事を知った井波さんは、複雑な表情を浮かべた。
ずっと遠くにいると信じていた妹さんが、実は近くにいたのだ。分からなくない気がする。
ただ、そんな事は妹さんともうすぐ会えるという事実によって塗りつぶされる。
「鷹刃君、お願いします! 夏菜の所へ!」
「うん、分かった」
部屋から出た俺は、まずトイレに向かいよだれでべとべとになっている手を石鹸でよく洗い流し、井波さんの所に戻った。
そして、エレベーターに乗り込む。
1階の下に【B3F】というボタンがあるが、何度押しても反応しない。
「だめです。地下3階にはどうやっていけばいいのでしょう」
「あっ、ちょっと待ってて」
俺は、ある者を取りに黒田の所に戻る。
そして、目的の物を手に入れエレベーターに戻る。
「これでいけるんじゃない?」
黒田が持っていたセキュリティカードを井波さんに見せる。
「あッ」
「大抵、そういう場所はある程度の権限を持っている人じゃないと入れないって事がよくあるからね」
「ここにカードリーダーがあります」
「じゃあ、早速」
カードリーダーにカードを近づけると、ピッという音がする。
試しに【B3F】のボタンを押すとボタンが光った。
「ビンゴだね」
「はいッ!」
『地下三階です』
というアナウンスと共にエレベーターの扉が開かれる。
先ほどの廊下とは同じく人気が全然感じられない。
しかも、こっちの方は薄暗く不気味ささえ感じられる。
だからなのか、怯えた様子の井波さんは俺の制服をちょこんとつまんでいた。
「あの一番奥の部屋にいるね。さぁ、行こうか」
コクリと頷く井波さんを連れて廊下を進んで行く。
そして、廊下の突き当りの扉を黒田のカードを使い開ける。
「あ……あぁ…な、なつな」
特別個室の病室の様な造りの一室。
その部屋の中心部、そこには井波さんとよく似た少女が寝息を立てていた。
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