だからお前の推しは俺だから、その男と仲良くしないで!

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お仕事&推し事


「ねぇ、昨日のハヤテ様ライブ見た!?」

「当ったり前だろ! 即興ピアノ演奏、マジで神演奏だったわ……」


 壁際のテレビからお昼のバラエティ番組が流れる職場の休憩室。


 冷えたコンビニ弁当を食べながら、私こと美帆は同志である同僚のミッキー(三木)君と推しについて熱く語り合っていた。



「実は俺、昨日の配信で投げ銭して一曲リクエストしちゃったんスよ」

「マ!? えっ、ちょっとなに抜け駆けしてんのよぉ~!?」


 私たち共通の推しであるハヤテ様とは、大手動画配信サイトでピアノ演奏をウリにしている雰囲気イケメン配信者である。“雰囲気”というのは決して素顔は見せず、何故かスーツにヒョットコのお面姿で演奏をしているからなんだけど……それでも彼から醸し出されるカッコ良さと言ったら、あぁ堪らないっ!!


 男の手とは思えない細い指。演奏がノってくると、全身の動きに表れる情熱的なハート。


 画面越しにイケメン臭がムワっと香り立っている、というのがリスナー全員の総意なのだ。



「今まで聴くだけで満たされるから、積極的に近付かないって言ってたじゃないの!」


 あくまで私たちは、ハヤテ様を見守ることに重きを置いたファン。リクエストだって本当に演奏が好きな人を優先してあげるべきだし、ましてやガチ恋勢みたいに構ってアピールは良しとはしない。ミッキー君だってそう言っていたのに……コイツ、私を裏切ったわね!?



「ちょっ、勘違いして欲しくないっス。あくまで俺は美帆っちが、あの曲を好きだって言ってたから……」

「え……もしかしてアレって、ミッキー君がリクエストを!?」


 昨晩の演奏配信で私の大好きな曲が流れたと喜んでいたけれど、まさかミッキー君がリクエストしてくれていたなんて、なんて良い奴なの……!? 今まで生意気な同僚だと思っていてゴメンね?



 思わず感動してしまった私は、自分のお弁当にあったミニトマトを彼の生姜焼き弁当の上に乗せてやった。ミッキー君は喜びで目元に涙を浮かべている。ふふふ、私の大いなる恵みに感謝するが良い!


 こっそりミニトマトを返して来ようとする彼の箸をブロックしながら、私は感動に打ち震えていた。大好きな推しがまさか、私の為に弾いてくれるなんて奇跡だ。ずっと密かに推してきた甲斐が報われた……!!



「おい、お前たち。休憩時間に何を話そうが勝手だが、他の社員も居るんだぞ? 大声でやかましくするのは少し控えろ」

「あ、部長……」


 喜んでいるのも束の間。直属の上司である風間部長が、私の背後から注意をしてきた。



「すみませんッス。気を付けます」

「ごめんなさい……」

「ったく……ミポリンはあの曲が好きなんだな。よぉく覚えとく」

「え?」


 いま、風間部長が口にしていたのって、私の推し視聴用のアカウント名だったような気がする。



「どうして部長が、ミッキー君にすら教えていない私のアカウント名を……?」


 そんな疑問が湧いてきたけれど、風間部長はすでに自分が食事していた席に戻ってしまって聞き返すこともできない。


 部長は華奢な身体の見た目に反して、お昼から大盛の焼肉弁当を食べていた。風間部長はいつもバリバリと仕事をしている人だから、カロリーも相当必要なのかもしれない。



「あれ? あの手、どこかで……?」


 器用に箸でたくさんのご飯とお肉をすくうその手に、私は見覚えがあった。それも、目が皿になるくらい何度も繰り返し見たことが……。



「マジかよ……何も画面から出て来なくたって良いのに……」

「え? 今何か言った?」

「いや、なんでもないよ。気にしないで」


 ミッキー君はいつもの口調を崩れさせながら、風間部長のことを睨んでいた。



 結局、急に不機嫌になってしまったミッキー君は難しい顔をしたまま無言でご飯を食べていた。何があったのかは教えてくれず、私は仕方なく彼のミニトマトを食べてあげた。



 ――ピロリン♪



「ん、なんだろう? スマホの通知?」

「俺にも着てる……なっ!?」

「えっ、なに? あっ!! ハヤテ様が今夜、ゲリラライブをやるって!!」


 いつもなら毎週日曜日の休みの日に配信をやっているのに、珍しく今日もやってくれるらしい。それも演目が、私の好きな作曲家のメドレーだ!



「――ちっ!!」


 だけどミッキー君は舌打ちをして、また風間部長を睨んでいた。その風間部長といえば、スマホを眺めながらクスクスと笑っている。



「……変な人たちね」


 何が原因かは分からないけれど、他の社員まで空気が悪くなるんだから社内で喧嘩するのはやめて欲しいわね。二人とも、ハヤテ様の素晴らしい演奏を聞いて心を鎮めればいいのに。



「さ~て、今日のお昼休みももう終わる時間よ! 午後のお仕事もさっさと終わらせて、私は推し活を頑張るわ!!」



 いまだいがみ合っている二人を置いて、私は休憩室を後にした。

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