第八章 -霊石とともに-
8-1 : レスロー号
高く天頂に座す太陽を背に、その小さな機影は飛んでいた。
流線型を描く胴体。
巨大な揚力を生みだす翼。
尾部から噴き出すのは、〈霊石〉の発する蒸気。
蒸気グライダー、〈レスロー号〉。
元は蒸気プロペラエンジンを積んでいたというそれは、およそ二十年前、当時
これに乗って世界中を見てきたという、
完全に壊れてしまった航空機エンジンを、陸の孤島で修復できるはずもなく。
しかしいつか必ず、もう一度飛んでみせると――「お前たちにも世界を見せてやる」と、そう言い続けていた
精巧な回転翼機から、不器用な蒸気ロケット推進機へ、修理と改造を重ねること十年。
「……
不器用に飛ぶ機体をどうにか旋回させながら、サイハが声の限りに叫ぶ。
「オレたちのロマンが! 飛んでるぞぉおーっ!」
感無量だった。
今この瞬間、空の高い場所に吹く風の中を、サイハは自分の意志で飛んでいる。
それだけで、胸が一杯になっていた。
時に、穴を掘るしか能のない、地べたを
時に、ただ
それでも、サイハは諦めなかった。
そんなサイハの意地とロマンと執念が、地の底で彼とリゼットとを引き合わせたのだ。
ヨシューと、メナリィと、クマ社長と、街の皆とを結びつけたのだ。
手繰り寄せられたひとの
「――サイ、ハぁあ……!」
ジェッツが獣のごとく喉を
それは言葉というよりは、
ジェッツという男にとって、その光景は許し
サイハという男は、何もかもが自分とは真逆の存在なのだと、ジェッツは魂で理解する。
誰かとともに夢を見ることができるサイハと、誰も信じず孤独に突き進んできたジェッツ。
情熱で悲しみを吹き飛ばせるサイハと、
その果てに――無限に広がる空へと
そして
完膚なきまでに
モグラ野郎と罵ってやったチンピラが、今度は俺を
ジェッツにそれが、許せようはずもなく。
「サイハぁ……! 三下風情が、誰に断ってこのジェッツの上に立ちやがる……!!」
これを侮辱と捉えたジェッツが、バルコニーの手
何かの境界線のように細いそれを足場として
「青二才が……自分のことを
トンッ。と、ジェッツが手
バルコニーから地面までの高さは二十メートル超。生身の自由落下が許されるものではない。
が、ジェッツの落下に合わせて足元の地面が粘土のように変形し、衝撃を受け流し、危なげもなく着地すれば。
影を通じて物理法則を
「あの羽虫を引きずり下ろせ、ルグント」
「かしこまりました、CEO」
ジェッツの言葉に
◆
「――捕まって
〈レスロー号〉、操縦席。
ゴーグル越しに地上の様子を
ドンッと空気を震わせて、〈レスロー号〉が加速する。
陽光を受けて露天鉱床に落ちていた〈レスロー号〉の影が、ルグントにも追いきれない速さで離脱していく。
「わざわざエーミールがレポートを残してくれてたんだ、お前の権能なんてとっくにお見通し! しかも射程はこっちの方が
サイハが後部座席を振り返る。
「もういっちょかましてやるぞ、リゼット!」
サイハが呼びかけたその先では、ちょうどリゼットがシートベルトをガチャリと
「……ア? ナニ? もうイッパツ? ンッだよ
ブツブツ文句を垂れながら、リゼットが後部座席から身を乗り出す。
それに合わせてサイハのほうも首を伸ばせば、必然二人の距離はぐんと近づいて。
「…………」
「…………」
吹きつける風の中、妙な沈黙が流れた。
「……。……あー、その……この状況で、今更こんなこと
気まずそうに、サイハが頬を
「この〝強制接続〟ってやつ……もっと他にやり方ねぇの……?」
「ア゛ァ?! ケチつけンのかテメェ!」
リゼットが、ケンカ上等と怒り顔になる。
そして間も置かず手で目元を覆うと、一転して彼女から弱り果てた声が漏れた。
「トホホ……アタシだッて、好きでヤッてンじャねェよ……てゆーか
リゼットの有する絶対破壊の権能、〝粉砕〟。
その使用には、〈
身も蓋もなく言ってしまえば、口づけ。
キスが、求められるのである。
「いや……なんかおかしくないか? 考えてみればエーミールもジェッツの野郎も、そんなことしなくても自分の〈
サイハがリゼットへ白い目を向ける。
「し、知らッねェよ!? アタシは特別製なの! オ、オマッ……まさかアタシがワザとヤッてンじャねェかとか思ッてねェだろナ?!」
リゼットがぎょっと目を丸くする。口元がワナワナ震え、白い肌が耳まで真っ赤になった。
この二週間、〈ぽかぽかオケラ亭〉に訪れる鉱夫客から下世話な話も少なからず聞いてきたリゼットである。すっかり
荒い気性とは打って変わって、その心根には存外乙女な部分もある様子で。
「ダァー! クソがッ! ヘンなコト考えさせてンじャねェぞコラァ! 葉巻ヤローぶッ飛ばすンだろ?! アタシもルグントには借りがある。ヤるならさッさと、一思いにヤりやがれ! さァこい!!」
目を閉じたリゼットが、クワッと顔面に
何だこの状況……というのがサイハの心の底からの嘆きだったが、眼下でルグントの影が〈レスロー号〉の機影を追いかけてきているのを目にしては、迷っている暇もない。
「よ、よし……い、いくぞ……!」
サイハのほうもリゼットの赤面を見てしまったがために、遠慮がちに首を伸ばす。
そして両者の唇が、小鳥の
続いたのは、爆発的な
リゼットの身体が光に包まれ、輪郭を溶かしてゆく。
そして光が消えた後にそこへ現れたのは、一振りの大剣。
「オラァ! いくゼェ! 《
バシュウゥー! ガション、ガション。
〝刃を持った
そして噴き出す蒸気の中から
その名を、〈粉砕公〉。
原理不明の神秘機関をその内部に
右手で
「メナリィとエーミールが、きっとまだあそこにいる! ちったぁ加減してくれよ、リゼット!」
「ワカッてるッつの! テメェこそ狙いハズすなよ、サイハァ!」
ガコン!
リゼットの白いフレームが左右へスライドし、真っ赤な内部構造が
バチリ!
深紅の稲妻が剣身に走る。
そして、ギュイィィーン! と、
〈粉砕公〉が、
「ブチ砕く! 《
深紅に染まる衝撃波が、再び〈
「マダマダァ! 《
続けざまにリゼットが叫ぶ。
連続発射された合計四本の流星が、大地へと降り注ぎ、その効果範囲に巻き込まれたあらゆるものが粉々に砕かれてゆく。
まるで重爆撃。
濃い
「ちょっ……加減しろって言っただろ?!」
想像を超える破壊力に、サイハが冷や汗を流す。
「したわボケ! ……最後のイッパツはメンドくさくなッて全開になッちまッたかもだケド……」
「おいおいおい……無事だろうな地上のみんな……」
ぼそりと漏らすリゼットの言葉に、サイハが顔を青くする。
が、その直後。
〈レスロー号〉がガクンと異様に震えれば、二人の注意はそちらへ向いて。
「ナンだどした!? ヤローの反撃か?!」
手元で
パタパタ、プシュウゥーと刃の殻が〈粉砕公〉のフレームを格納する音を後部座席に聞きつつ、操縦
「やばい、やっちっまった……〈
〈レスロー号〉の尾部、蒸気噴射口からプスンプスンと煙が吹き出し、やがて蒸気エンジンが完全に停止する。
「ハ? ……ハ?? オイ待てやサイハ、コラァ……マダほンのちョッとしか飛ンでねェのに燃料切れだァ? フザけンなよテメェ」
「そんな燃焼効率まで考えて作ってねぇよ……それにお前が、〈
サイハが涙をちょちょ切らせるなか、〈レスロー号〉の高度がみるみる下がってゆく。
巻き上がる砂煙の中へ突っ込んでゆく。
「うひぃ!? な、南無三……っ!」
「テメェ! 全部片付いたら
推力と揚力を失った〈レスロー号〉が、サイハとリゼットを乗せたまま、ひょろひょろと墜落していった。
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