7-4 : 操者の資格
ごそり……。
ベッドの上でうずくまっていたリゼットが、シーツの下から顔を半分だけ
包帯を巻きつけていないほうの目で、二日振りに見るサイハの顔を
サイハは何も言わない。
一歩も動かず、ただリゼットの言葉を待っている。
「……。……ハッ、よくもそのツラ、アタシの前にまた見せる気になれたモンだナァ、テメェ……」
「…………」
非難の声を浴びても、サイハは動じない。リゼットから片時も目を
「アァ、わかるゼ? オマエらじャどうにもデキねェモンなァ?」
リゼットが
「ルグント……アイツはアタシと同じ特別製、〝爵号持ち〟だ。街の連中が束になッてかかろうが、ゼッタイに
「……あぁ……お前の言うとおりだ」
〝ズボシ突かれてそのいけ好かねェツラ
ピクリ……。
リゼットの口元が引き
「……ハン! 強がる余裕もねェか、イイ気味だゼ。オラ、だッたらもッと、頼み方ッてモンがあンだろ?」
ベッドに身を起こしたリゼットが、包帯だらけの痛々しい姿を
「アタシのこと、こンな目に遭わせたンだからナァ!」
深紅の瞳をカッと見開き、リゼットがサイハを糾弾する。
「ンなとこに突ッ立ッてないで!
――バカ…………ンなことが言いてンじャねンだよ……。
リゼットが胸の内でそう
そして、サイハは腰を直角に折って。
「…………悪かった、リゼット。……オレが、悪かった」
リゼットが口にした要求のままに。
「……ハハハハッ! コイツはイイや!」
リゼットが破顔して。
「でもナァ、そンなンじャ足りねェ、足りるワケがねェ……
――……違うダロ……違うダロが、アタシ……。
デキるモンならナァ! と、リゼットが笑い飛ばす――――が。
わずか数秒後……目の前で土下座したサイハの姿を目にして、リゼットは、そのままの表情で顔を凍りつかせていた。
「――全部。全部、オレが悪かった」
床に額を
「この二日間、ずっと逃げてたんだ、オレ。お前に謝りもせずに。お前のこと探そうともせずに……。……お前に乱暴して、お前のことこんなにボロボロにしたのはオレなのに。ほんとに最低の
「……。……ハ……ハハッ! ハハハッ!」
ゴリッ……と。
リゼットが、ブーツでサイハの頭を踏みつけた。
「……やッぱオマエ、よッぽどこのアタシに踏まれたいンだなァ! ハハハ! ハハハハッ!」
――ホラ……オマエ、コレ嫌いだろ? アタシのことバカにしろヨ……いつもみたいに。
ヒールをグリグリとやりながら、リゼットはサイハが「いい加減にしろこらぁ!」と怒鳴り返してくるのを待つ。
今か今かと。
が。
「お前の気が晴れるまでやってくれ……。骨の二、三本は覚悟してここに来たんだ、オレは」
サイハは静かに、リゼットに踏まれるままに身を任せる。
リゼットはそんなサイハを見て、剥き出しの歯をギリッと
――ちげェ……ちげェンだよ! アタシがほしいのは、そういうコトじャねェ!
「……アッソ」
荒ぶる心とは裏腹に、リゼットはすっと目を細めた。
努めて、冷酷に見えるように。
リゼットが
ブーツを放り捨てる。
ソックスを脱ぎ、
そうまでされてもなお、サイハの赤土色の瞳は真剣なままで全くぶれなくて。
――だから……! ソノ目、ヤメロよ……!
胸の内で叫ぶ己の声に、リゼットは必死に、無表情の蓋をして。
「………………
これで反抗しなければ
いくら
――怒れヨ、なァ、いつもみたいに…………………………
心の内でそう
どちらが先に音を上げるか、これはチキンレース――少なくとも、リゼットはそう考えていた。
だからサイハが言われたとおりに、リゼットの白い爪先へ舌を伸ばしてきた瞬間――
「――ッ、やめろゴラァ!」
彼女は、我慢の限界に達した。
「どべふっ?!」
顔面にリゼットの素足がめり込み、サイハが吹き飛ぶ。
鼻血の滴るのを押さえながら、なおもサイハが真剣な顔でリゼットの足元へ
「……リゼット?」
サイハの見上げたその先には、
「バッ…………ッカじャねェの?! さすがにソレはイヤがれヨ! ナンなんだよテメェさッきから!?」
自分から「
「いや……だって、お前が
「ハァァァァアアーッ?! キンッモ! ナニそれキッッッモ!? ウワ……マジかよ、アタシ寒気してきた……」
自分で自分の肩を抱いて、リゼットがサイハへ白い目をやる。
「な……! やっぱりお前、そんな大
悲壮な表情を浮かべたサイハが駆け寄って、リゼットに額をくっつけて体温を測ろうと試みる。
「ッ……?! ッめろやボケェッ!!」
仰天したリゼットが
「
尻餅を突いたサイハが
「ア
リゼットも全身の激痛に
そこへ更に駆け寄ろうとしたサイハに向けて、リゼットはとうとう音を上げていた。
「……アタシは! テメェに謝られたいンじャねェ!」
ピタリ。
サイハがその場で停止する。
「は……? いや……だってお前、さっきオレに
「
「え? 何……え、どういうこと……???」
首を
「……何かコウ……もッと何かあンだろ?! 『チョーシに乗ンなよリゼット……!』とか! 『誰がナメるかよ、オマエこそナメてんじゃねェぞコラ』とか!」
「え? は? 何? それはオレに怒れって言ってるのか……? そ、そうか……よくわからんが、お前がそういうプレイが好きってことなら――『調子に乗んなよリゼット!』……?」
さっぱり理解できないが、それが望みだというのなら……と、クワっと
深まる混迷に、リゼットが苦虫を
「ア゛ーッ……もゥッ! なンだコレ?! さッきから!」
「お、お前がやれって言うからだろ……!」
「テメェのせいで何かヘンな流れになッたンだろがバカヤローが!」
「そっちが意味わからんこと言うからだろ!?」
「だァから! アタシはテメェとは二度と組まねェッつッたけど! テメェッてのはテメェのことじャなくて……! ??? 何が言いてンだよアタシはよォ?! ア゛ァ!?」
「オレに
重苦しかった空気は完全に吹き飛んでいた。ぎゃーぎゃーと痴話
「――ハァ、ハァ……アタシは……! アタシはただ、乱暴にされるのが、ヤだッたダケで……コウいうのはベツに、ヤじャない、ッつーか……そーいうコトだよ! わかれよ、バカが……」
「はぁ、はぁ……あぁ、ほんっと……面倒くさいな、お前の語彙力……」
先日のダメージが残ったまま、お互い手が出る肉体言語を交わし。
サイハはようやく、リゼットの言わんとすることを
「
「うるッせェ……アタシに
「……それは……悪かった、本当に……」
そこで黙り込んだサイハの震えが、背中越しにリゼットへと伝わる。
「……オレ、お前が目の前で壊れてくの見せられて……怖かった、怖かったんだ……! とんでもないことしちまったって……
身体だけでなく、声まで震えて。
そんなサイハの体温を背中に感じて、リゼットは「
サイハがどれだけ、その心の痛みに苦しんでいたのかを知る。
「……ンだよ……アタシばッか痛がッてンのが、バカみてェじャン……」
ぼやきながら、リゼットがよろりと立ち上がった。
ボタ、ボタ……と、血が滴り落ちる。
「チッ……傷口が塞がッてなかッたか、クッソ……」
そこでチラとリゼットが視線を横へ向けると、彼女の流血にサイハがまた顔を青くしていて。
「アーもォ! ヤメロッてのそのツラ! サイハのクセに、メソメソしやがッて!!」
そしてぶん殴る勢いで突き出されたリゼットに拳は、サイハの眼前で
「ン!」
それは何かを要求する仕草。
「……何だよ、この手……?」
わけがわからず、涙声のサイハが問い返す。
「……カーッ……! コレッつッたら〈霊石〉だヨ! れ、い、せ、き!」
そんなものを今何に使うというのか、相変わらずの会話の飛躍にサイハはついていけない。
サイハが恐る恐るポケットから〈霊石〉を取り出すと、リゼットはそれを引ったくってボリボリと食らった。
「――ゴクリ…………ウェ゛ー、まッず……」
ぼやきながら、リゼットが頭に巻いていた包帯を解いた。
血が
「こンなンじャ全然足りねェ……オラ、もッとねェのかヨ」
リゼットが深紅の双眼で
「……そいつの、下に……隠してある……」
聞くが早いか、リゼットはベッドを蹴り動かして、その下に秘匿されていた隠し収納を暴いた。
床下から、大量の〈霊石〉が現れる。
「ハンッ、こんなタメ込みやがッて……」
そこからは、石を両手にボリボリ食らうリゼットを、サイハがぽかんと眺めるばかりだった。
「――もッかい、葉巻ヤローのトコに殴り込むンだろ?」
ボリボリ……ゴクリ。
リゼットがいくつもの〈霊石〉を
「――アタシがいねェと、始まンねェンだろ?」
ボリボリッ、ゴクリ。
〈霊石〉を
「――ウゼェンだよ、アタシのケガ見てイチイチ泣きベソかきやがッて……直せばイインだろ、直せば!」
ボリボリッ、ゴクリ。
ボリボリッ、ゴクリ。
ボリボリッ、ゴクリ。
……サイハの隠し財産を半分ほど平らげる頃には、リゼットの身体には傷跡一つ残っていなかった。
「……どうなってんだよ、お前の身体……!」
「アタシは、道具でもモノでも、ニンゲンなンかでもねェ。―――〈
深紅の瞳が、真っ赤に燃え上がる。
石を食らったリゼットの口元から、蒸気が立ち上る。
「うっ……!?」
それを見て、サイハは息を
リゼットの
「……《コード、283――」
リゼットの口から言霊が紡がれる。
どんな意趣返しをされるのかと、サイハが身を
「――『
その言葉に、塞ぎ込んでいたサイハの身体がすっくと立ち上がった。
「《コード144、『泣くな』 》」
サイハの前へと歩きながらリゼットが追加で告げると、彼の涙がぴたりと止まる。
「《コード205、『胸を張れ』 》」
更に続けて。命じられるまま胸を張ったサイハに、全快したリゼットが
そして……トンと彼の胸に拳を押しつけ、彼女は笑った。
サイハのよく知る、生意気な顔で。
「しョげンな。泣くナ。ビビるな」
熱と蒸気を血肉へと変え、リゼットが大
「アタシの
リゼットから
膨大な熱量が、心臓から全身へ。
胸いっぱいに吸い込む空気が、圧力を上げてゆく。
そんなものを正面から
「マズい
「……にひひ……くはははっ! あぁ、そのときはオレの
〈
――身体が、熱い。
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