4-6 : 縁(えにし)
◆ ◇ ◆
チリンチリーン。
ドアベルを鳴らし、鉱夫が店の敷居を
「い、いらっしゃいませぇ……!」
それに合わせて、小さな影が客の前へさっと飛び出す。
朝の通勤ラッシュ時間。
その鉱夫を出迎えたのは、フリルに飾られたメイド服姿の美少女……
もとい、ヨシュー少年である。
「カ、カウンター席にお掛けになって、お待ちくださいぃ……!」
頬を朱に染め、もじもじと
「おう。慌てんやないぞお嬢ちゃん」
「お、お嬢ちゃんじゃありませぇんっ!」
あわあわと接客するヨシューの姿が客たちの保護欲を
「――オイ、コレ注文したヤツどいつだコラ? 手ェ挙げろ」
ヨシューが
ヨシューと違い、リゼットのほうは堂々としたもの。
注文客がテーブル席で手を挙げると、リゼットは料理を載せた盆を片手にカツカツとタイルを踏み
危ない丈の黒生地スカートから白い生脚を大胆に
「オラよ、持ッてきてやッたゼ? 片づけンのがメンド
眼前で肩幅に生脚を開き、深紅の瞳でジトリと見下ろしながら料理を供するリゼットの態度は高圧的。完全に客を
が、無自覚に披露される視覚的サービスと高慢な態度、スレンダーな立ち姿が組み合わさると、
「……。……何か……かっこいいな、姉ちゃん……」
客の口からは、思わずそんな言葉が
「フフン、ダロ? 何せこのアタシだかんな! まァゆッくりしてけよオッサン、食い終わッたらまた呼びナ」
ホールスタッフを確保したことで、ここ四日間の〈ぽかぽかオケラ亭〉の客入りはうなぎ登りだった。
ヨシューとリゼットという異なる属性の客引き要素も
そんななか。
満席の店内の一角が、にわかにどよめき立っていた。
「……オ、オーダーを承ろう……」
大人びた女性の震え声が、店内に響く。
左手にはクリップボード。右手には飲み水を供し終えた空の盆を携えて。
しかし左右の腕でそれぞれ胸元と腰回りを隠していれば、注文を伝票に書き込むこともままならない。
波打つ赤毛は、ポニーテールを解いて
ヒラヒラとした
そして
「あ、あーっと……そ、それじゃ、〝ヘビフライ定食〟ひとつ……」
そんな、恥辱に全身を震わせているエーミールに、鉱夫客が恐る恐る注文を出した。
「……っ……。……かしこまりました…………少々、お待ちください……」
まるで下手な造りの蒸気機械のようにぎこちない動きをしながら、過激なカウガール衣装に身を包んだエーミールが
「……な……な、な……何だこの破廉恥な格好はぁーっ!?」
「うふふふー。エーミールさんとっても似合ってますよー♪」
片手でフライパンを踊らせながら、頬に手をやったメナリィがうっとりと声を漏らす。
「ヨシューくんとリゼットさんはスレンダーだから、フリルで緩急をつけるといい感じなんですけどー。エーミールさんは全身の曲線がすっごいですからー、肌の露出が多ければ多いほど映えますねー」
「だ、だからといって……これはやりすぎだろう?! 服というよりもうほとんど布切れではないかっ!!」
「えー? そうですかー? リゼットさんと一緒に働いてくださるってー、そう言いだしたのはエーミールさんのほうじゃないですかー。せっかくの商機到来なのにー」
「た、確かに言った! 私はリゼットの監視から離れるわけにはいかない! それが〈解体屋〉としての使命! だがこれはいくら何でもやりすぎ……! は、
「うーん……そこまで言うなら、しょうがないですねー」
涙目で訴えるエーミールを見かねて、料理を盛りつけ終えたメナリィが足元の紙袋をごそごそとやり。
「じゃあ、これなんてどうですかー?」
そう言って、メナリィが別の手作り衣装を提示する。
エナメル質の黒生地は、エーミールが今着ているカウガール衣装より
が。
それが際どい角度のレオタードであることと、フワフワと丸い何かがくっついているのを目に
「メ、メナリィさん?」
「はいー、何ですかエーミールさんー?」
「その衣装……なぜ尻尾が生えているのだ……?」
「えー? なぜと言われましてもー」
メナリィが新衣装を片手に、紙袋から別のパーツを引っ張り出して。
「
「ひっ……!? バ、バニースーチュ?!」
赤面から一転。顔を真っ青にしてエーミールが悲鳴を上げた。ついでに舌ももつれる。
「あ、あのー……注文が遅いって、お客さんからクレームが入ってるんですがぁ……」
そっと
「オイィ……客待たせてンじャねェぞコラァ。ヤーギルにも手伝わせるか、ア゛ン?」
ヨシューの頭に盆を載せながら、リゼットが眉根を寄せている。すっかり先輩面である。
「エーミールさんー、着替えるなら早くしてくださいねー?」
「エーミールさん、早くしないとお客さんが……」
「サッサとしやがれ、エーミールゥ……」
三方から詰め寄られ、エーミールの目がぐるぐる回る。
「……う……あぁぅあぁぁぁぁ……!」
……後に、〈解体屋〉エーミール・ワイズは、こう述懐する。
〈ぽかぽかオケラ亭〉で送ったホールスタッフアルバイトの日々は、私の人生で五本の指に入る過酷なものだった――と。
◆ ◇ ◆
「――と、言うわけでありまして……まったく
その日の夜。
〈汽笛台〉へ帰ってきた
「ふーん……だからあいつ、さっきからブツブツ言ってんのか」
ヤーギルから「メナリィ氏より
「……カウガールは胸が……バニースーツは股下が……チャイナドレスはスリットが…………破廉恥……破廉恥………………うっ、頭が……」
エーミールは〈汽笛台〉に戻ってくるなり、倉庫の隅で膝を抱え込み、壁に向かって独り言を続けている。
機械いじりに集中しているサイハは、面倒なので話しかけずにそのままにしていた。
「カーッ、アタシの監視だのイキッといて初日からヘバッてンなよ、なッさけねェ」
コロッケを
「ゲロロォ……メナリィ氏の衣装を着てへっちゃらなほうがどうかしてるのであります……」
「だな……そこは同意する」
サイハとヤーギルが顔を見合わせ
片やじゃじゃ馬〈
一人と一匹はシンパシーを感じ合う。
「お互い相棒には苦労するな……リゼットの奴はあれか? やっぱりヒト型っつっても〈
「ケロロン。それは違いましょうぞ」
「そう言いますれば、サイハ氏には話しておりませなんだ。小生ら〈
サイハの傍らに腰を落ち着け、ヤーギルがステッキと帽子を足元に置いた。
「生い立ちぃ? また小難しい話は勘弁だぜ?」
「ゲコゲコ。いやなに、実に単純なことにありますれば」
喉袋をぷくぷくと膨らませ、カエルは続ける。
「〈
サイハは何も言わず、機械をいじりながらじっと耳を傾けている。
「小生らが覚えていることと言えば、この身が〈
サイハの脳裏に、全裸を
そのたびにタコ殴りにされた痛みとともに。
なるほどなと、
「けったいな身体の造りしてる割に、お前らもお前らで生き
「ケロロン。小生らはただ拾われただけで目覚めたりなど致しませぬぞ?」
ヤーギルがゲロゲロと鳴いたのは、否定の意思表示だった。
「小生ら〝道具〟と、あなた方〝人間〟とは、互いに何かしら響き合うものがあって初めて、〈
「おいおい、何だやっぱり難しい話かよ」
「考えるほどのことでもありませぬぞ。例えばエーミール殿と小生は、『友がほしい』という願いと、『分霊を生み出す権能』とが響き合ったのがご縁であります」
「……オレとリゼットの間にも、そういうビビッとくるもんがあったって?」
「左様であります、ケロロンッ。小生らにとって重要なのは、〝
「つっても……まるで心当たりがねぇ」
「二千年の時を経て巡り会った、これは
そう言って諭すヤーギルの瞳は、つぶらで
「……。……大切に、ねぇ……」
その言葉を
「……モグモグ…………ア゛? サイハテメェ、ジロジロ見てンじャねェぞコラァ」
コロッケを
その視線を難癖と認識したリゼットが、キッとメンチを切り返した。
「……。……はぁ……まずはオレが大切にされてぇなぁ……」
「ケロロォン……サイハ氏の境遇には、小生も同情を禁じ得ないところでありますぞ……」
ヤーギルに肩をぺちぺち
「しっかし……一族
――〝
機械油に頬を汚しながら、サイハがその言葉を口に出すことは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます