3-5 : 〝爵号持ち〟




 ◆




 バキバキッ。


 ブシューッ!


 破壊音と蒸気音を響かせて、〈グラスホッパー〉がレスローの街並みを駆ける。


 路地を囲む壁をよじ登り、屋根を踏み、家々を飛び越えるそのシルエットは、もはやバイクの形状をしていなかった。


 最大出力を解き放った〈グラスホッパー〉は、四肢を広げた化け物と化していた。


グラスホッパーバッタ〉の名を冠しながら、前後の巨大な車輪をそれぞれ二つに分割し、ドライブシャフトを左右に伸ばしたその異形。

 それは昆虫というよりは、獣のそれ。


 鋭いスパイクを突き立てて、垂直の壁だろうが瞬時に踏破し。

 四肢たる四輪駆動車輪を上下左右、変幻自在に踊らせれば適応できない地形はない。


 道なき道を走破する、規格外のモンスターバイクであった。


 ヤーギルの権能によって、サイハとリゼットの位置は特定ずみ。

 その地点へと、本来であれば曲がりくねった迷路を行かねばならぬところを、そのようにしてエーミールは始点と終点を結んだだけの、直線経路を突き進んでいた。



「ケロロ! ややっ! エーミール殿、あれを!」



 カエルの姿に戻ったヤーギルが、エーミールの肩の上からステッキで指し示す。


 サイハとリゼットの逃げ込んだ先。

 路地の奥から、光がほとばしっていた。



「ちっ、ここでか、往生際の悪い……! ヤーギル、射線に出ると同時に全弾たたき込む!」

「かしこまりましたぞ! ケロロンッ」



〈グラスホッパー〉がエンジンをうならせ、四肢を引き絞った次の瞬間。

 鉄の獣が跳躍した。


 その過程でヤーギルが銃に変形すれば、エーミールがビタリと獲物の姿を捉え。



「……むっ!?」



 そこでエーミールは、照門越しに息をんだ。


 サイハの唇を強引に奪うリゼットの姿が飛び込んでくる。

 しかもかなり濃厚なのが。



「!?……っ……は、破廉恥なっ!」



 ぼっと顔を朱に染めて、エーミールが叫んだ。それは悲鳴にも似て、たまらず照準がぶれる。


 しかし動揺は刹那にすぎず。

 次の瞬間には銃声が六発、連続で撃ち出されていた。


 六発の弾丸は正確に、サイハとリゼットを直撃する軌道で飛んだ。


 弾薬量を更に増した、厚い鉄板も容易に貫通する強装弾の着弾。

 それを――



「――……効かねぇなぁ……そんな豆鉄砲……」



 グルルと喉を鳴らさんばかりに、サイハの声が否定した。



 何ものも貫けなかった弾丸が六発、自らの運動エネルギーにひしゃげて転がり落ちる。



「ナンだァ? ハハッ、ポップコーンでも投げたか? オンナァ、クソガエルゥ……」



 リゼットの声が、それに続く。


〈グラスホッパー〉を屋根の上に再着地させて、エーミールが階下の標的をにらみつけた。



「サイハ……! それがお前の、本体……リゼット!」



 陽光に照る、無骨な容姿。

 圧倒的な硬度を誇るそれは、強装弾の直撃にも傷一つ生じない。


 まるで盾のごとく、サイハの全身をエーミールの射線から遮るその威圧。


 それはサイハが、地の底に見いだした〝ロマン〟――銀の大剣であった。



「〈ノーブル〉は、〝二つの器を持つモノ〟。カエルはカエル。アタシは大剣アタシだ。サイハテメェ、これで負けやがッたら、今度は大剣アタシがそのツラ踏ンでヤるからナァ……」



 大剣の発するのは、まぎれもなくリゼットの声だった。

 濃厚な口づけを経て、あの高飛車な女の姿が消えると同時に、それがサイハの身を守るようにして地面に刃を突き立てている。



「銃相手に剣じゃ、普通勝ち目なんてないだろ……」

 そう言いながら屋根上のエーミールを見上げるサイハの一生は、しかし鋭くとがり。

「でも、不思議だ……全っっっ然……もう、やられる気がしねぇ」



「……っ! 防いだ程度でぇ!」



 エーミールにゾクリと寒気。再装填した強装弾を連射する。



たたき落とせ――リゼットぉ!」

「ハッハー! 言われるまでもネェッ!!」



 防御姿勢から一転、サイハが大剣を振りかぶった。


 素人とは思えぬ剣筋でそれを振り回せば、剣圧で生じた風と鋭い斬撃に弾丸が全弾迎撃される。



「なっ……!?」



 弾丸を剣でたたき落とすなど、神業どころの話ではない。

 しかも複数を同時に。


 エーミールは驚愕きょうがくのあまり声も忘れて目を点にした。



大剣アタシ操者サイハを操作すンのは、ただのウラワザ……操者サイハ大剣アタシを操ンのが、アタシの権能、〝形態制御〟の――アァーッと、ナンつッたッけ――そう、しんっこっちょー、、、、、、、、だ!」



 えるリゼットへ、焦燥したエーミールが、一発も当たらないなどうそだと更に弾丸を撃ち込む。


 が、大剣リゼットの自律迎撃機動が、そのことごとくをいとも容易たやすくいなしてみせれば。



「エ、エーミール殿! そのように連射されては……! 小生のほうが持ちませぬっ!」



 強装弾の爆熱で焼きつく寸前になっているヤーギルが、フレームをガタつかせ悲鳴を上げた。



「くっ……何てこと……!」



 射程の優位を、超反応にねじ伏せられて。攻め手を封殺されたエーミールが、ぎりと奥歯をみ鳴らした。



「随分、追いかけ回すのが得意そうだったけどよぉ、エーミール……」

「散々、アタシのこと小突いてくれたナァ、クソガエル……」



 サイハとリゼットの声と気迫に、ジリッ……とエーミールが後退あとずさった。


 そして二人の、次のその一言が、膠着こうちゃくした状況を吹き飛ばす。



「「――逃げンのか? テメェら」」



「っ!! ……」



 その挑発を耳にした途端、エーミールは銃を下ろした。


 売った喧嘩けんかに、売り返された喧嘩けんか

 チンピラ相手にここで引き下がるのは、それすなわち敗北。

 心の奥底の手の届かぬ場所に、「私は逃げだした」という、消せない傷を刻む行為。


 許されようはずもない。


 ヤーギルを、コートに収め。

 エーミールは〈グラスホッパー〉のハンドルを握り締めていた。



「私を――めるなぁっ!!」



 ドルンッ!


 全開されたスロットルから高圧蒸気が流れ込み、四肢を広げた〈グラスホッパー〉が激烈な勢いで飛び出した。



「エ、エーミール殿ぉ! 落ち着きあそばせぇ! ゲロロォン!」



 急発進に振り落とされそうになりながら、ヤーギルがカエルの吸盤で荷台にひっしとしがみつく。


 高所からの落下エネルギーに加え、えげつない処刑具のようなスパイク車輪。

 直撃すればき肉確定の体当たりである。


 いくら大剣リゼットが硬かろうが、超反応だろうが、ブツのデカさで押しきれない道理はない。


 しかし。

 サイハも、リゼットも。その場から逃げだす素振りなど見せなかった。



「オンナァ……イイこと教えてヤるよ」

 リゼットの声が、ほくそ笑み。

操者ドライバ同士のケンカでさァ、先に自分テメェ得物ノーブルを引ッ込めるッつゥのは――その時点で負けなンだよ、オ・マ・エ」



 銀の大剣の表面に、幾本もの幾何学模様が走った。


 剣身にまるで紋様が浮かんだかに見えた途端、その線に沿って剣身が隆起し始める。



「ついでに、コレも覚えとけ……〝爵号しゃくごう持ち〟のアタシには、もう一つ権能がある、、、、、、、、、。クソガエルとは違う、このカラダは特別製なンだよ」



 銀の大剣――それは、正確には剣ではない、、、、、、、、、


 ガション、ガションッ。


 剣身が数十の装甲に分かれ、中身、、さらす。



めてンのはテメェのほうだろ、赤毛オンナ。アタシ――脱ぐとスゲェンだゼ?」



 それは、〝さや〟。


 刃を纏った鞘、、、、、、であった。



 バシュウゥー!


 解き放たれた大剣型のさやから、大量の蒸気が噴き出した。


 エーミールとヤーギル、爆走する〈グラスホッパー〉が、眼前に迫り――


 そしてサイハが、魔性の口づけにより共有した、彼女のもう一つの名を叫ぶ。



「――かませぇ! 〈粉砕公ふんさいこう〉ぉっ!!」



「オッシャァアッ!!」



 抜き放たれるは、細身の剣芯けんしん――


 大剣とは逆に刃を持たず、真っ白なフレームを纏うもの。



「――《機関点火ドライブ》!!」



 リゼットが、うなる。


 ガルンッ!


 純白のフレームの更に内部。そこに眠っていた神秘の機関が、目を覚ます。


 原理も仕組みも、設計思想も不明な機械が、リゼットの瞳の色と同じ深紅に燃え上がる。


 サイハと、エーミール。

 両者のえ声が交差して……そして互いに後方へと流れていった。


 その時点で、雌雄は決していた。


 剣芯リゼットをサイハがぶん回し、突進する車体に接触した刹那――


〈グラスホッパー〉は、粉々に砕け散っていたのである。


 それほどの強打、それほどの爆裂。


 否。


 それは〈粉砕公〉リゼットの、第二の権能、、、、、


 触れるものを、問答無用に。

 ただ〝その言葉の意味〟のままに打ち砕く、

 絶対破壊の権化。



「アタシの、もう一つの権能は――〝粉砕〟だ。ダレにケンカ売ッてやがる、バァーカッ」



「……がはっ……」



 粉砕の衝撃でサイハの前方へと飛ばし返され、家屋にたたきつけられたエーミールが、苦悶くもんの息を吐き出した。



「ケロケロキュー……」



 エーミールと壁の間でカエルヤーギルが、その身をクッションにして主をかばい伸びている。



「っしゃあぁぁ……見さらせ、〈解体屋〉ぁ……!」



 腕の銃傷から流血しながら、ゆらと天を仰いだサイハが、大層機嫌悪げに勝ちどきを上げた。

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