1-7 : 銀とルビー




 ◆ ◇ ◆




「――でぇ? それからどうなったって?」



〈PDマテリアル〉本社ビル。CEO室。


 御影みかげ石で作られたデスクを前に、マホガニー材の肘掛けに頬杖ほおづえをついて、革張りのデスクチェアに身を沈めたCEOが葉巻を口の端にくわえている。

 背後の大窓からの逆光で、その男がどんな表情を浮かべているのかは伺い知れない。



「は。その後も捜索を続けさせましたが、番犬どもを地表に上げる頃には対象は二名とも居住区に逃げ込んでおりまして。以降の情報は途絶えております、CEO」



 デスクを挟んで向かいに立つのは秘書の男。

 こちらも濃い影に隠れて、顔は見えない。



「なるほどなるほど……要するに、番犬をKOされてまんまと〝アレ〟を持ち逃げされた挙げ句、誰も顔を見てないからお手上げですってか?」



「おっしゃるとおりです」



「なぁ、なぁなぁ? なぁー?? こうなる前に俺は何て言った? 覚えてるか?」



「あの金属体を刺激するな、と。加えて、〝アレ〟を見てしまったモグラは潰せとも。はい、しかと覚えております、秘書ですので」



「どっちも守れてなかったら意味ないんだよなぁ!? いくら覚えててもぉ!」



 ドンとCEOがデスクを蹴った。上等な筆立てが飛び上がり、黒光りの万年筆が転がり落ちる。


 はぁ、はぁ……と息を荒らげているCEOを見やり、秘書の男の目が鋭く光った。



「……では、私が直接」



「……。……いや、もういい……お前は案件、、に集中しろ。ふぅー……過呼吸になるとこだった……」



 ようやく落ち着きを取り戻し、ギシリと背もたれに身を預けながらCEOがこぼした。



「は。勿論もちろんです、それこそが最重要課題ですので。ですが……〝アレ〟を野放しで構わないと?」



「いいや、さすがに放置とはいかないわけだが?」

 虫けのごとく紫煙を吐きながら、デスクチェアを反転させたCEOが窓辺から外を見る。

「俺たちは二週間後のために……そのためだけにここまでやってきた。不確定要素は潰しておかねばならん。それがどんなに小さなことでも……」



蟻塚ありづか〉の高みからは〈鉱脈都市レスロー〉の全景が一望できる。

 蜘蛛くもの巣のように広がる路地と、赤煉瓦れんがの街並み。更にその向こうには、地平線の果てまで続く何もない荒野。


 それは支配者が、力を持つ者のみが、手に入れることのできる俯瞰ふかん



「こんなことで頼りたくはなかったが……どのみちもう遅い。数日のうちにが来る。なら、お手並み拝見といこうじゃないか」



 ちらと見やった、デスクの端。そこにはオルゴールに似た機械仕掛けが据えられていた。


 フォォォーン……。

 仕掛けから生える青白い音叉おんさが、何かに共鳴して微振動していた。




 ◆ ◇ ◆




 同日。夜間。


〈鉱脈都市レスロー〉中心、居住区はサイハの住み、〈汽笛台〉。


〈PDマテリアル〉露天鉱床からの脱出に成功し、サイハは自室のベッドに横になって天井を見つめていた。


 サイハもヨシューも、二人とも顔は見られずにすんだ。入り組んだ居住区に逃げ込んでしまえば、まず見つかることはない。


 ほとぼりが冷めるまで、当分あそこへは近づけまい。まぁこれを機にちょいとは真面目に働くさと、大して悩みもしないサイハは楽天家のチンピラである。



「にしても、本当に……綺麗きれいだったなぁ」



 ゴロンと横向いた先、昼間の蒸気爆発で散らかり放題の倉庫の隅。

 そこに立てかけられた大剣は、あの隠し坑道から流れで持ち帰ってきてしまったものだった。



「外の世界には、こいつみたいに不思議なもんが数えきれないほどあんだろうなぁ……」



 サイハは想像する。

 生まれてこの方十九年、いまだレスローの外、荒野の果てに広がる世界を知らぬ自分が、意気揚々と旅する姿を。


 レスローの街が嫌いだからというのではない。それはただただ、純粋な好奇心。彼の夢。


〝ロマン〟という言葉の響きそのものに感じる、ワクワクとしたエネルギーがそうさせる。



「行ってみてぇなぁ。行ってみてぇ……行っ、て……、……。……」



 夢を見ながら、夢を見る。疲れたまぶたを閉じて、やがてサイハは寝息を立てていった。




 ◆




 地中のモグラも寝静まる、深々夜。


 荒野の澄みきった空気が月明かりを透過して、まるで別の惑星のような幻想を見せる時分。


 ……グニ。

 静かだった寝息を荒んだいびきに変えたサイハの顔面に、何かが触れた。



 ――あ……冷たくて気持ちいい……。



 額と鼻と口とにかけて、何かひんやりと柔らかな。

 サイハはそれを手で払って寝返りを打つ。


 グリ……グリ。

 頬に同じ感触。その重みに顔面をひしゃがせて、なおも目覚めぬサイハは口を半開きにしてだらしなくよだれを枕に垂らす。



「……オイ」

 何かにムニムニとにじられながら、溶けた意識に誰かの声。

「オイ……起きろ」



 サイハによく似た、それはみつくような棘のある口調で。



「オきろッつッてンだろ、サイハ」



 その体温と同じくして、誰かが冷たくささやきかけてくる。



「……ふごっ……?」



 びくりと身体を跳ねさせて、サイハが寝ぼけ眼を開けた。


 昼間は赤土色だった鉱脈都市を、今は夜闇が二つの月のあおと星の白と影の藍色に染めている。


 彼の目の前にあったのも、そんな世界の色と調和する、はっとするほど白い肌だった。



「ヨォ……やっと起きたか、バカヤローが」



 われのない罵声が、夜の静謐せいひつを引き裂いた。


 いまだ何が起きているのか、サイハが回らない頭で混乱していると。


 ルビーのような深紅が、キッと鋭くのぞき込んできて。



「……アタシは、〈ノーブル〉。ギフトネームは〝リゼット〟だ。よろしく頼むゼ? アタシの操者ドライバ



 窓から差し込む月光と星明かりに照らされた、銀髪の女が、サイハの顔面を踏みつけていた。

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