お客様ニコニコ安心サービス相談室

おぎおぎそ

お客様ニコニコ安心サービス相談室

「大リーグのエンゼルスで活躍する大谷選手は、今日の試合でも投打の大活躍を見せました――」


 事務所で付けっぱなしになっているテレビからはスポーツの話題が聞こえてくる。

 時刻はもうすぐ正午。昼休憩まであとひと踏ん張りといったところだ。


 しかし、とはいっても踏ん張る必要など無い職場でもあった。事務所にいる私以外の人間は一人だけ。しかも先ほどから回転椅子でぐるぐる遊びながら、うだうだ文句を垂れる有様だ。


「はぁ~~~~~~っ、ウチも大リーガーに求婚されないかな~~~~! なーんでこの世の男どもはこのスーパービューティーグラマラスマジカルガールのマミ様を独り身にしておくのかなー! ほんっとに見る目が無いったりゃありゃしない!」

「マミ、まだ業務時間内よ。大人しくしなさい、子供じゃないんだから」


 スーパーでもビューティーでもグラマラスでもなく、ガールと呼ぶのもそろそろ厳しくなってきた彼女をそうたしなめるも、マミはまだブーブーと減らず口を叩き続ける。


「へーんだ。だいたい、二刀流ごときで騒ぎ過ぎなのよ。投打の活躍? 上等よ! こっちだって匙は投げるし、ピリオドは打つし、投打で大活躍してんの!」

「まだ業務時間内だっつーの! 勝手に仕事終わるな! 昼飯に行こうとするんじゃない!」

「痛い痛い! ストップ! 誘拐だぞ⁉ 少女略取だぞ! リサ! 貴女はこの大犯罪の裁きを必ず受けることになるぞ!」


 逃げ出す子猫を捕まえるように、首根っこを掴んでマミを席に戻す。このクソ女、隙あらば逃げようとしやがって……。お前の身体で投打の大活躍したろか? あぁん?


 とはいえ。

 マミの気持ちもわからないでもない。普通職場でこんな大騒ぎをしたら一発でクビ確定だろうが、この白い箱に詰められているのは私たち二人だけ。怒ってくれる上司すらいない。昨日も、一昨日も、その前も。そしてきっとこれからもこんな毎日が続いていくのだ。逃げ出したくもなる。


 業務内容だってパッとしない。目覚まし時計メーカーの「お客様ニコニコ安心サービス相談室」なんて、一体何の意味があるというのだ。

 デスクに設置された白い電話も滅多に鳴りはしない。それはそうだろう。目覚まし時計ぐらい誰でも簡単に操作できるし、それすら出来ないような奴はそもそもここに電話をかけるという発想に至るまい。取扱説明書すらロクに読みはしないのだから。


 かかってくる電話の三割は間違い電話、三割はクレーム、そしてもう三割はクレームの間違い電話だ。勘弁してほしい。スープに髪の毛が入っていた、じゃないんだよ。こっちはアラームしか鳴らせないんだから。



 天井に設置されたスピーカーから、午前の業務終了を告げる安っぽいメロディが流れてくる。三回表の守備は終了。今日は一本の電話も入らなかった。無失点だ。


 自由を手にしたことを察し、マミは意気揚々と回転椅子から飛び降りる。と同時に、電話が鳴り始めた。

 三コール、四コールと待つが鳴り止む気配は無い。イヤイヤと首を横に振るマミに無言の圧力を与える。電話に出るのは交代制というルールだ。次はマミのターンだった。


 大きな溜息をついてから、マミはようやく受話器を手に取った。


「お電話ありがとうございます。こちら株式会社オメザメ、お客様ニコニコ安心サービス相談室でございます」


 まったくニコニコしていない。虚無だ。虚無の表情を浮かべている。

 しかし、そんなマミの表情が段々と険しくなっていく。どうやら間違い電話ではなさそうだ。嫌な予感がする。


 お客様ニコニコ安心サービス相談室にかかってくる電話の残り一割。我々のもう一つの仕事。


「リサ、急いで準備して。渋谷のスクランブル交差点付近で、巨大な魔法エネルギーが観測されたわ。属性は闇。解析班の事前情報によれば、意図的に召喚された魔物である可能性が高いわ」

「……了解。一般人への被害状況は?」

「魔物を視認した市民の多くは混乱状態、うち二名が気絶しているようだけど、死者や怪我人は無し。上からの指示はとにかく現場に急行せよ、と」

「了解」


 三回裏、今度は攻撃。


 私たちは受話器を捨て、魔法少女マジカルガールになる。



 ――無得点は、許されない。

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