★Step5 彼氏の事情
週に一度、リンダはお休みを貰っています。
本当はお休みよりも牛達の世話をしている方が好きでしたので要らないと言う事をおじさんに告げた事が有ったのですが、休みは体を休めるのと共に、心も休める物だ。近所の惑星に買い物に出るもよし、見聞を広げる為に読書するもよし、その時間を、如何に大切に出来るか考える事も学生時代は大切にしないといけないよと言われてリンダは後ろ髪引かれますが、週一回の休みを取る事にしたのです。
そんな訳でリンダはボスを連れて近くの草原にピクニック。青空の下でお弁当を食べつつ読書をしながら、ボスと遊ぼうと考えたのですが……この計画に、南まで付いてきてしまいました。
「どう?良い処でしょ。あたしの一番のお気に入りの場所よ。此処で本読んだり、ボスと遊んだりするの」
リンダは嬉しそうに南にそう説明しましたがやはり彼には興味の湧かない場所の様でした。何時もの場所にシートを敷いて二人で座り込み、メイおばさんが作ってくれた、ライ麦パンのサンドイッチのお弁当を開きます。
「食べない?」
リンダは一応南に勧めて見ましたが、彼は相変わらず何時ものゼリー飲料を啜っています。リンダは思いました。こいつの味覚はどうなってるんだろうと。
「ねぇ、あんた、それ以外の物…食べないの?」
南は身長の割に体重が軽そうです。それはもう病的に軽そうです。そして顔色も青白くてお世辞にも良いとは言えません。瞳の輝きだけはギラギラしてて何を考えてるのか良く分から無い処も有ります。その姿をちらちら見ながらリンダは思いました。こいつの、この食生活が全てを捻じ曲げているのでは無いかと、普通に食事を摂れば性格も変わるのでは無いかと、根拠は示せそうにありませんが、そんな風に思えました。
「ねぇ、一口だけでも食べて見ない?美味しいよ、メイおばさんのサンドイッチ、野菜も卵もハムもいっぱい、ね?」
リンダは南に向かってサンドイッチを一つ差し出しましたが、相変わらず南は何も言わず、ちらっと視線を送っただけで再び携帯を弄り始めました。それを見たリンダは流石に南にサンドイッチを食べさせるのを諦めて、自分ひとりで頬張ります。
のどかな草原には小鳥の声が草原に響き渡ります。雲は白くて大きな物が一つぽっかり浮かんでいます。この、のどかな空を眺めて居ると自然と眠気が襲います。二人は相変わらず言葉をかわす事も無、。リンダはじゃれつくボスの相手、南は携帯の相手をし、それぞれ別の時間を過ごしていました。
その沈黙を破ったのはリンダでした。彼女には南に聞いてみたい事が有ったのです。自分の憧れを確認するために。
「――ねぇ」
南は軽くあくびをしながら目線だけをリンダに向けました。
「あのさ、ちょっと効きたいんだけど……」
「なんだ」
「地球ってさ、どんなとこなの?」
リンダの質問を聞いた南はちょっとめんどくさそうな表情で、弄っていた携帯を羽織っていたパーカーの内ポケットにしまうと、これ又めんどくさそうな口調でぼそぼそと話し始めました。
「――都会だ」
「都会?どんなふうに、都会なの?」
リンダが南の顔を覗きこみます。南は胡坐をかいて座った膝のあたりに視線を落とし、ちょっと考えてから言葉を選んでこう答えました。
「無い物が無い。無い物を見つける事が難しい処だ」
「ふぅん……」
南の言い回しがちょっと理解できないリンダは更に質問を続けます。
「南は地球で何やってたの?」
南は質問攻めに合うのが苦手な様で少し溜息を交えリンダと視線を交える事無く出来るだけ簡潔に言葉少なく答えて行きます。地球で何をしていたかと言う質問は一言で片づけられてしまいます。
「勉強」
リンダは彼の顔を見て目をぱちくり…
「それだけ?」
「ああ、そうだ。俺は将来医者にならなきゃいけないんだとさ。それには今から勉強して大学に行かなきゃならないんだ」
吐き捨てる様に言った南の声は、何となく諦めに似た響きが有りました。
「ふうん。南は勉強、好きなの?」
「好きとか嫌いとかの問題じゃ無くて、そう決まってるんだ」
「決まってるの?」
「そうだ、選択肢は無い」
南はそう言って再び大きな溜息を一つ。リンダはその様子を見て、こいつは、やっぱり可哀そうな奴なんじゃぁ無いかと思いました。憧れの地である地球で何不自由無く暮らしている筈なのに南の生活はあまり羨ましく思えません。リンダは地球に対する想像が急激に凋しぼんで行くのを感じました。
「たとえば、たとえばだけどさ」
「なんだよ」
「もしね…もしもお医者さんにならなくても良いって言う事になったら、あんた、何になりたいの?」
南は、その問いに一瞬戸惑いを見せつつも口を開きかけたのですが、直ぐに何かを思い直して黙り込んでしまいました。そして会話の無い沈黙の時間が流れて行きます。リンダは空を行く小鳥を見上げます。大空高く戯れる鳥達はとても生き々と見えました。その時、南が不意に呟きました。
「のどか――だな」
リンダと同じく青空を自由に飛び交う鳥達を見て南はそう呟き目を細めますがリンダはその表情の意味がちょっと分かった気がして、少し自信なさげにこう尋ねました。
「あんた、ほんとは、やりたい事が有るんじゃないの?」
南の表情は明らかに変化しました。何か言いたい、でも言い出せない、そんな困惑の表情が見て取れました。初対面の時からこんな表情は見た事が有りません。南は視線を落とし何も言わずにじっとしています。そして一度瞳を閉じてから、ゆっくりと目を開けて重大な事を打ち明ける様な重い口調でリンダにこう言いました。
「そう言えば、昨日の数学の問題…出来る様になったのかよ」
藪を突っついてたら蛇が出た……
「えっ、あ……あぁ、あれ、ねぇ」
今度はリンダの視線が泳ぎます。そして座ったまま、シートの端っこに向かって、ずりずりと逃げて行きました。
「帰ったらノート見せろ。出来てないなら夜も補修だ」
南の瞳に鈍い輝きが戻って来ます。リンダは思いました。こいつ、やっぱり苛めっ子だと。
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