★Step4 不治の病、って本当に?

次の日の早朝、何時もの様にリンダはボスを連れて牧場の仕事をこなします。南は相変わらずで牛舎の前で髪の毛を気にしながら携帯を弄って時間を潰しています。リンダはそんな南を横目で見ながら罪悪感再び湧きあがります。


もしも、南が何か悪い病気で、この星に療養に来たとすれば、自分は取り返しのつかない態度を見せてしまったと。そう思うと彼にかける言葉が見つかりません。思考がどんどん悪い方向に進んで行きます。確かに南の顔色は良いとは言えません。何時も青白くて痩せてて儚げで。


非礼を取り返す事は出来ないかも知れませんが、リンダは意を決して南に向かって目一杯の笑顔を作ると清水の舞台からバンジージャンプする位の覚悟で話しかけてみました。しかし南の返事は素っ気なく、その態度が更にリンダの心を締め付けます。


「あ、あのさ、南…」

「ん、なんだ」


南は相変わらずそっけなくそう答えるととリンダに視線を向ける事は有りませんでした。そしてリンダは清水の舞台から飛び降ります。


「ちょっと、立ち入った事を聞くけど、あんた、何処か――悪いの?」


その言葉と同時に南の瞳がぴくんと動きます。リンダはそれを見て、あぁ、しまった、やっぱり余計な事を聞いてしまったと後悔しました。


「あ、あの、えへ、うん、何でも無い、うん、忘れて…そう、ごめんね、さぁて、お仕事お仕事」


両手を自分の胸の前でひらひらと振りながらリンダは必至で話題を変えようとしたのですが、話が全然思いつきません。だからそれ以上話す事を止めて、でも、出来るだけ明るく振舞いながら仕事に戻ろうとしました。


もし、この牧場が南の最後の思い出だったりしたら、そう考えると胸がぎゅっと締め付けられるのを感じて自然と涙が溢れてきます。神様お許しください、リンダは本当に悪い子でしたと本気で思いました。でもメイおばさんは人生何事も経験だと言っていた事をリンダは思い出します。


ならば、南にもこの牧場での仕事を体験して貰おう。最後の思い出に成るかも知れないけど、それはそれで良いではないか。コンクリートの建物で埋め尽くされてるらしい地球から脱出して血の通った動物達と触れ合う思い出、それはとても重要な思い出に感じられました。


ちょっと涙で潤んだ瞳を腕でごしごし拭い去ると、再び笑顔で南に向かってフォーク片手に歩いて行きます。


「ねぇ、やってみない?結構楽しいよ」


そう言ってフォークを南に差し出します。しかし南は全く興味を示しません。改まってそう言うリンダを南はいぶかしげに上から下まで眺めてから再び携帯に視線を戻しこう言いました。


「――無駄に汗かく様な事はしたくない」


南のやる気無さそうな態度に今日のリンダは負けません。無理矢理フォークを持たせると、優しく、でもちょっと厳しく南こう言いました。


「ほら、折角、牧場に来たんだからさ、ちょっとやって見ようよ。きっと良い思い出に成るわ。レポートだって書かなきゃいけないんでしょ?」

「……そんな思い出、俺には必要無いし」


それでもリンダは必死で食い下がります。


「もう、そう言わないで、やって見ようよ、意外と楽しいんだから、動物の世話って」


リンダはそう言ってから別のフォークを持ち出して、干し草を掴んで牛たちの餌場に運んで見せます。自分が与えた食べ物を食べてくれる動物は、それだけで可愛らしい物だと教えてあげたかったからです。


「ほら、こうやって……ね、簡単でしょ」


リンダは南に歩み取ると手を引いて牛舎の中に入れようとします。でも、彼はやっぱし牧場の仕事は好きになれない様で、その手を振り払おうとします。


「なんだよ、しつけぇな」

「ん、もう…」



リンダは腰に手を当て仁王立ち、そして、思い切りこう叫びました。


「あんた、少しはやる気出しなさいよ、病は気からって言うじゃない。気分が変わればきっと、病気だって良くなるわ、頑張りなさいよホントに!」


リンダの怒鳴り声を聞いても南の表情は変わりません。ただ、その時点でリンダはしみじみ思いました。病状がそんなに酷い状態なのかと。


しかし…


「――病気?何の事だ…」


南は何言ってるんだと言う表情で、冷たい視線を送ります。同時に今度はリンダの方が驚きます。言葉を一瞬失った後、南を弱々しく指差して、絞り出す様な声でこう言いました。


「あんた、どっか悪いから此処に療養に来たんじゃ無いの?」


そう言いながら狼狽するリンダを見る南の視線は更に冷たい物に成り、リンダにはそれが突き刺さる様に感じられました。


「ん?俺は何処も悪くない。普通に健康体だ」

「でも、細菌に弱い体質だって…」


南は確かにそう言いました。リンダはそれを聞いて、彼が病気だから細菌に弱い……と言う意味なのではと考えたのですが彼はきっぱりと否定しました。そして酷く冷たい口調でリンダに向かってこう言いました。


「それは『気分的に弱い』と言う意味だ。何処か悪い訳じゃ無い。単なる俺の好みだ」


南はそう言い捨てると髪の毛を掻き上げ自分の正面で性気を吸い取られ、真っ白な灰になったリンダに向かって氷の刃の様な視線を情け容赦無く浴びせてみせた。


「病気療養でここに来たって言うのは……」

「全部、お前が勝手に考えた事だ」


更に南はそう言ってリンダにくるりと背を向けるとフォークを牛舎の入口に立てかけ再び外で携帯を弄り始めました。


リンダは立ち上がれません……


全て自分の勘違いだったのです。自分の浅はかさを痛感した一瞬でした。なんだか立ち上がる事が出来ません、明日はどっちだろう……カラスの鳴き声が無情の境地を助長して、滂沱ぼうだの涙が流れ落ちるの我慢することができませんでした

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