竜の花嫁スピンオフ、聖女エトワール生誕秘話

@piyopopo2022

第1話聖女生誕?

 約50年前


 ハリオデト侯爵家、代々聖女を生み出す家系で、次期当主の嫁には必ず聖女経験者を迎えることにより、さらに白魔術に特化した子が産まれ、娘が産まれれば聖女、男子が産まれれば聖人として正教会で勤務する。


 行儀見習いや治療院勤務を経験し、嫁入りや婿入りが決まると退職して家庭に入り子供をなす。


 我が家ではずっとそうしてきて、正教会との関係性を深め、適性がある者は教会に残り、一生を聖人や聖女として過ごす者もいる。


 かく言う私も幼いころから治療魔法に目覚め、将来を嘱望されていた……


 あの天然痘禍が有るまでは。


 私も天然痘に羅病して、魔術回路にダメージを受けたのだろうと医者にも言われた。


 それからの私は無能力者になった。


「あははっ、やっぱりお前は無能だった、そうなるんじゃないかと思ってたよ、この私を超える者なんか存在しない、死ねばいいのに」


 姉だった生き物からも、当然のように不要物扱い。


「あらお姉さま、もう生きてる意味ないんじゃなくて? オホホホホ」


 いらない子、あの時に死んだ子、存在してはならない治療魔法を使えない忌み子。


「お前は死んだこととする、妻の不逞の子でも嫁に出すために飼っていたが、もう不要だ。家から放り出して近所に助けを求めたり、番屋や裁判所に行かれても困る。お前は地下牢行きとする。殺されないだけありがたいと思え」


 本当に私の葬儀が出され、除籍されて教会の登録からも消され、当時の私は8歳で死んだ。



 広い侯爵家には地下牢があり、多少ましに拵えた座敷牢のような物まであった。


 これからは地下牢が私の部屋、裏庭で軽い運動を許可される以外、外に出ることもできないし、街に出て買い物をすることも無い。


 風呂にも入れない、体を拭く布や水桶ももらえないので、ダニやシラミに集られて、体に穴が開いているのが普通。


 寝ている間にも痒いので掻き毟るのか、虫に皮膚を食われるのか血が出ていたり、背中や腕に常時瘡蓋(かさぶた)がある。


 生かしておくのが嫌なら、何故殺さないのだろうか? 何度か自殺も試みたが、小さな傷ではこの世界の機能で治療されてしまい死ねない。


 首を吊ろうにも紐も無い。舌を噛もうにも前歯は虫歯で溶けてしまって、隙間だらけでそんなに残ってない。


 息を止めて死ぬのは難しい、何度もやったが気絶するのがせいぜいだった。



「これが今日の飯だっ、さっさと食え」


 貴族家の一員として、私にも柔らかいパンと暖かい食事が出されたはずだが、地下牢の住人達には不要だと、守衛か番人が食べたり持ち帰ってしまい、家から持って来た売れ残りのカビたパンや、カチカチに固まって乾燥しきった物しか出ない。


 それすらネズミやゴキブリとの取り合いで、明り取りから日差しが入る時間にでも、大っぴらに出て来て盗もうとする。


 地下階の汲み取り穴の中から、沢山の虫やネズミが訪れて来る。


 便所の穴に板で蓋をしてあるだけだから、悪臭も上がって来る。


 そんな物には慣れたが、用を足す時には奴らの御馳走が落ちて来るのだから集まって来て、間違って穴の天井側から虫が出てきてしまう。


 それを払ったり踏み潰したりして、寒い所の住人みたいに、ほんの十秒ほどで用を足して済ませる。



 他にも一か月に一回くらい、着ている物や寝床のシーツの交換に、牢の外の廊下側に訪れる者もいる。


「何だい、この汚くて臭いのは? ダニやシラミだらけだ、全部捨てて燃やすんだよっ」


 屋敷で使って使い古して、色や汚れが落ちないと使用人部屋で使い、次にメイドが汚れ仕事用や古着として持って帰って使い、穴が開いて擦り切れて繕いも無理になって、最後に地下牢に来る。


「ふん、この家で白魔法も使えない出来損ないがっ、何しに生きてるんだか?」


「無能が、手間が増えるだけだから早く死ねっ」


 吐き捨てるようにして言い切り、木の挟み棒で汚物の数々を焼却場に持って行くメイド達。うん、また魔法が使えるようになったらこいつら全員殺そう。



 あれから何年経ったか分からないが、姉も社交界デビューを果たしたらしい。


 煌びやかな貴族社会で過ごし、歌い踊り華やかな衣装を着て夜会に出席し、魅力的な男性と愛を語らい、美食や美酒、茶会やお菓子で人生を謳歌する。


 才能を生かして腰掛けの修道女会に入信して勤務し、汚れ仕事など決してしないで、貴族の患者のみを診察し、簡単な治療だけを担当する。


 血や膿にまみれ腐った傷口に包帯を巻いたり、剥がす時にもお湯に漬けても剥がれない、悍ましい悲鳴を聞きながら患部ごと剥がす重症患者の看護はしない。


「おお、哀れな患者よ、私が救ってあげましょう、エクスヒール」


 私も既におかしくなっているようで、独り芝居をして聖女として演技し、救われた患者から感謝されるまでを全部一人で演じる。


「ああ、助かりました聖女様、神のお救いに感謝します」


 姉たちは苦痛に泣き叫ぶ患者がいる救急治療室や、末期患者が溢れる霊安所にも行かない。


 修道女会で貴族専用の茶室や庭園で午後の茶会など開いて、菓子を食べながら優雅に話し、最近流行のファッションや、人気の恋愛小説の話に花を咲かせる。


 私にもきっと、そんな未来が訪れるのだと思っていた子供時代、だけどそんな幸せな生活は決して来なかった。


 それから数年後、妹も社交界デビューをする。



 そんな私にも、珍しく訪問者があった。


「カテリーヌ、一緒に逃げようっ」


 番人に賄賂でも払ったのか、鍵を持った従弟のベリミタスが来てくれた。


 それまでも仲が良かったのは、この子ともう一人の従妹の子だけ。


「だめよ、こんな所に来ちゃあ。変な病気が移ってしまう」


「もう天然痘は終わった。君は病気なんかじゃない、父上も分かってくれた、僕の家に行こうっ」


 ベリミタスは私を外に出してくれて、廊下の端の鉄柵がある場所まで連れて行ってくれた。


「坊ちゃん、ここは通れませんぜ、地下牢の住人はここまででさあ」


「何を言っている? 銀貨五十枚で彼女を外に出してやると言ったではないか?」


「へえ、檻の外まで出して差し上げやした。でもこの鍵は一階に上がって下界に出る鍵なんで開けられません」


「僕を騙したなっ? 今すぐ鍵を開けるんだっ!」


「いいえ、ここまででさあ。さあ、無能の魔法使えない奴は檻に帰るぞ」


「やっ」


 私の短い旅行はそこで終了した。


「ファイアッ」


 ベリミタスの子供魔法が出たが、大人にダメージは与えられなかった。


「坊っちゃん? それ以上やると痛い目に会いますぜ? 旦那様からはきつく言われてるんでねえ」


「カテリーヌを離せっ、ああっ」


 蹴り倒されたベリミタスは起き上れず、鍵を取り上げられて私は檻の中。


 それ以降、彼がここに来ることは無かった。貴族が牢に近付くなど許されなかったのだろう。



 隣の地下牢に新しく入った住人と壁越しで、通路側の木枠越しに声が聞こえるので話すと、牢の中のオトモダチ、ゴキブリは栄養があって、ネズミも焼いてしまえば結構な味がすると言われた。


「ねえあんた、ゴキブリってのは慣れると生でも結構ウマイんだよ、足ぐらい取っちゃえば羽根もカリカリして結構イケル。最初は嫌がらせのつもりで飯に入れてたみたいだけど、今は水みたいなスープや硬いパンに入ってないとサービスが悪いって思うねえ、あはは」


 笑って言ったので冗談なのだろうか? 彼女は平民時代に子供の頃から、バッタやセミを焼いたりして食べていたそうだから困らないようだ。


 父の愛人だった女だが、母に見付かって牢屋入りして来た新入り。


 平民で酒場か娼館で見付けて連れ帰ったそうだが、家を借りて愛人を住まわせていたのが見つかり、きつい仕置きを受けて足切りの刑(膝を逆に曲げる)も受け、もう歩けない。


 番屋に駆け込まれたり、悪い噂が立つのも嫌なので、飼い殺して苦しめていると聞かされた。


 年齢も愛人には結構苦しい年齢になり、父にも見捨てられて、今はメイドとか手軽に手出しできる女にご執心らしい。



「そう邪険にしないでも、ネズミにもエサでもやって飼いならすと、結構可愛い奴らだよ」


 昔は寝ていると耳を齧られたり、体の上を這い回られて叫び声をあげたことが何度もある。


「でもネズミは捕まえる時に気を付けないと、噛まれたら手が倍ほどに腫れ上がって、ペストだの破傷風だの狂犬病にかかるんだ、どっちもとりあえず踏み潰して、ゴキブリは足や羽根でも千切って口に放り込んでよく味わうんだよ」


 ネズミは飢饉のときに町や村で役立ったそうだが、牢の中では煮炊きができないので、空腹でも生食は辞めておくように忠告された。


「それにしてもあんたの親父も薄情だねえ、他人の愛人はどうなろうと構わないだろうけどさあ、実の娘だよ? それを牢屋に閉じ込めて苦しめるなんて、どうにかしてるよ」


「いえ、私は母の不貞の子だそうで、父からも白魔法が使えなくなると折檻されました」


 もとから家同士の結婚とか、聖女だった経歴があるだけの女と、愛も何もない結婚だったので、跡継ぎの男を産んだ後は自由にして、夜会などでも男漁りをして、休憩所で誰とでも寝る阿婆擦れだと有名だったようで噂は何度も聞いた。


「そりゃ悪いこと聞いたね、母親からの援助も無しかい?」


「ええ、不貞などしていない、私は父の子だと言って、髪の色も目の色も違うのに、実家に帰されないように居座って、遊んでいて私の事などもう忘れてると思います」


 会話ができたのも最初の数週間で、後はおかしくなったのか独り言を言うだけの生き物になって、存在しない誰かと会話していた。


「よ~しネズちゃん、可愛い私の子、お前は貴族様と私の間に出来た御落胤なんだよ~、いつかこの家を継ぐ日が来るんだ」


 ネズミを飼って会話してた。もう駄目だろう。


「ホーリートゥヘブン」


 安らかなる死を願う魔法の呪文を唱えてやると、会話が聞こえなくなった。


 叔母さんも一月と経たないうちに壊れてしまって、飲み食いも排便も普通にできなくなって死んだようだ。


 担架に乗せられて焼き場か墓場に持って行かれた。



 祖父と思われる人物も、ボケてしまってからは地下牢住まいになって、一月ぐらいで死体になって運ばれて行った。


 盗みでもした使用人とか、他の住人も大体一か月か二か月で死んで出て行く。


 こんな所で何年も生き延びている私がおかしいのだろう。普通は野菜も食べないでいると、歯茎とか目からも血を出して、体中班点だらけになって死ぬそうだ。


 口の中に入って来たマヌケなゴキブリ君を、生で美味しく頂いているから元気なのだろうか?


 ネズネズ君も毛が生えていない赤ちゃんのうちは、まだ病気に感染していないそうだから、パンのカビた所で飼いならして部屋の中に巣を作らせ、親を追い払ってはおいしく頂いている。


 子供の頃に読んだ絵物語でも、雪山に閉ざされた冒険家は、生で虫や野生動物を食べた者は助かって、焼いたりして食べた者は死んだそうだ。


 まあ痛い時や苦しい時は、手を当ててヒールだのエクスヒールだの言っているが、私には魔法は使えない。



 そうこうしていると、自分の周囲に何かが出ているような気がし始めた。


 最初はこの牢の中だけ、次第に大きくなって地下全体。上の階にも及ぶようになって、屋敷全体から外まで感じるようになった。


 最初は便壺の下でパチパチ弾けるような感じがして、地面の中でもパチパチ。


(レベルが上がりました)


 音が鳴ってから頭の中で誰かが囁いたけど、今までこんなことは無かった。


 確かに昔、少しレベルが上がった時のような感じもする。


 屋敷の中の虫やネズミが弾けて消えて行くような感触がして、貴族街や大店の商店街にまで広がる。


 それから、何日かに一回、寝ている時でも頭の中で音が鳴って、レベルが上がったのを通告される。


 どうせ白魔法使えないし、魔術回路死んでるんだから、そんなのもういいから。


 それから身体が痒かったのが無くなった。牢屋のオトモダチ、ゴキブリ君たち親子とネズネズ君たち親子も居なくなった、とても寂しい。


 たまにデカいのが掛かって消える感触があって、ガンガンレベルが上がって行く。


 もう毎日バチバチバチバチ、平民の領域にまで入って、王都の半分ぐらい広がって色々狩っている模様。



 こんな生活をしていても、年が経過すると腰が大きくなったり、胸が出たりもする。


「お嬢ちゃん、俺が可愛がってやろうか? もうアレ来てんのか?」


「はあ?」


 腐った番人が何か言って来たが意味が分からない。


 牢の鍵を持っていたようで、何年かぶりに出入り口が開いて、番人が中に入って来た。


「脱げよ、穴ぐらい付いてんだろ? 俺が使ってやるよ」


「何のこと?」


 汚いおっさんが近寄って来て、何年も洗ってない髪の毛を掴む。


「なんでえ、汚ねえなあ、いつ洗った?」


「ずっと洗ってない」


「うへえ、垢とフケだらけだ、そこ手付いてケツ出せや」


「死ね、クソがっ」


 男の股間が急所と聞いたことがあったので、殴ってやると白い炎が着いた。


「うおおっ、なんだこりゃ?」


 最初は手で払おうとしてたが、どんどん炎が燃え広がって、服にも手にも燃え広がって、袖から肩、股間から腹の上にも白い炎。


「なんでっ? 消せよっ、消してくれっ」


 汚い馬鹿は悲鳴を上げて水を探しに行って、バケツで身体にかけても消えない。


 そのまま地下と一階を分けている鉄の柵の鍵も外して走って、階段を駆け上がって行った。


「ぎゃあああああああああああああっ!」


 まるで火が着いたように泣き叫ぶ汚いおっさん、庭の噴水にでも飛び込むつもりか?


 白い火は魔法の火だから多分消えない。あれ? 私魔法使えたんだ。



「出られる」


 何年ぶりかで外に出られそうだ、屋敷の人間に見付からないように進み、大声上げて走って行った奴に注意が向かっているうちに、裏庭に出るドアから外に出た。


「眩しい」


 数年ぶりに浴びる日の光、運動ぐらいさせてくれる決まりだったはずだが、開け閉めとか逃げだすのが面倒で、誰も外に出してくれなかった。


 狭苦しい所で暮らしてきたから足が動かない、足を引きずるようにして逃げる。


「逃げたっ、捕まえてっ」


 いつも地下に来て汚い臭い無能だと嫌味を言ったり、罵って来るクソメイドに見付かった。


「捕まってたまるかっ」


 こいつにもパンチを入れてやったら、また白い火が着いた。


「ああっ? ぎゃあああああああっ」


 見る見る燃え広がって火だるま、ゲラゲラ笑ってやると、さっきのおっさんと一緒で噴水に飛び込んだが魔法の火だから消えない。


 魔道具か何かで水が噴き出して、藻が出ないようにするそうだけど、それでも緑色の藻がある噴水。


 どうせこの足じゃ逃げられないから、ついでに身体でも洗ってやろう。


 ヨロヨロの足で枠を乗り越えて、噴水の中で体を洗う。服もどうせ汚いから一緒に洗う。


「「ぎゃああああっ、あああああああああああっ」」


 表の庭と、裏庭の噴水で、おっさんとおばはんの悲鳴がユニゾンする。


 今日はとても愉快な日だ、これで「魔女」とか言って殺されるんなら結構な事だ。


 うん、今日死のう。



 男手は表の庭の噴水、女手は裏庭の噴水に来て、仲間を助けようとしているようだ。


「どうして? 水の中でも火が消えないっ?」


「アレが逃げてるっ、何で身体洗ってんの?」


 へっ、こちとら何年も風呂入ってないんだ、頭も痒いから洗わせて貰うよ。


「ああっ、あああああああああっ!」


 クソメイドが噴水の中から馬鹿メイドに助けを求めて、手を取るか抱き着いて心中でもしようとしたのか、火を燃え移らせていて二人で悲鳴を上げ始めて面白い。


 馬鹿メイドからアホメイド、アホメイドも腐ったメイドにしがみ着いて、不幸縛りでお友達でお揃い。


 走り回って火を消そうとして、水に飛び込んでバシャバシャ暴れても手遅れで消えない。


「ぎゃああああああああっ」


「あははっ、あははははははははははははははははははっ!」


 こんなに楽しいのは何年ぶりだろうか? 表の庭の方でも悲鳴が増えていく、助けようとして火が着いたのか?


 裏庭と一緒で手を出してしまい、引き起こそうとしたか、燃えてるのが抱き着いて助けを求めて、どんどん燃え広がって行く。


 安い道化が馬鹿躍りしてるみたいで凄い笑える。



「捕らえよっ」


 そうこうしていると男爵家の側仕えが来て、衛兵に指示を出して私を捕らえようとする。


「そこを動くなっ」


 槍持ってる衛兵が凄んでるけど、突き付けてきた槍を掴んでやると、すぐに白い炎が燃え移って、振り回すだけで手放さなかったから袖に着火。


「うわっ、ああああああああっ」


「あははははははははははっ」


 私に槍を譲ってくれたから、長物を振ってやったら火種が飛んで、衛兵にも側仕えにも着火。


「ぎゃあああああああっ」


「あはははははははははははっ」


 んん? このまま殺し続けたら、クソ親殺すまでワンチャンあるか?


「ぐはっ」


 そうしてたら後ろから刺されてゲームオーバー。槍を引き抜かれた所から大量出血で目の前が暗くなって行く。


「ヒール、エクスヒール」


 一応言ってみただけ。まあ治らないから死のう、今日は楽しかった、死ぬ前に少しだけ笑えた。


 幽霊になれるなら、この家は必ず滅ぼそう。



 墓所


 目を覚ますと真っ暗だった。トンネル抜けてないけど雪国みたいに寒い。


「ここが地獄か?」


 力を籠めるとまた手から白い火が出た。周りが見えるようになると、石造りの石窟で周りには棺桶。


「墓場の中じゃねえか」


 てっきり地獄に落ちたか、異世界転生でもしたかと思ったのに、どっかの勇者みたいに殺されてから復活かよ。


 骨になったりアンデッドになってないだろうな? まあ、そうだったらオモシロいけど、白魔法の炎が天敵のはずだからそれはない。


 悪霊(シュトヘル)とか幽霊コースか? それも白魔法の炎なら燃えるよなあ?


 ゴミクズの娘には棺桶すらもったいなかったのか、剥き出しで床に放置されて助かった。


 棺桶に入れられて釘付けされてたり、石棺とか入れられて魔法で封印されたり、アスナちゃん(誰?)みたいに火葬されてたらオシマイだった。


 それにしても何で止め刺さなかったんだろう? 胸を探ると服に穴空いて血が出てた。心臓を一突きって所か? 止めも刺されてた。


 どうせなら首落としてたら生き返らなかったのに、一突きで済ませたのか?


 ああ、体中服は穴だらけだった、身体は治ってるのに。


 首は……? 布が無いから分からないけど、もしかして切り落とせなかったんじゃあ?



 今度も見付からないように出ようとして、ゆっくり周囲を確認する。


「誰もいない?」


 すっかり日が暮れて月夜になり、見付からないで逃げるには便利だ。


 あれ? 一回死んだからか、足がちゃんと動く。


 なんか騒がしいので見てみると、噴水付近でまだ何かやってる。


 使用人やメイドの死体はどうしようもなかったのか、その場に埋めたみたいで地面が燃えてる。


「スコップ捨てろっ、手に燃え移るぞっ」


 足で蹴り込もうとした馬鹿がいたみたいで、靴に着火して慌てて脱ごうとして手遅れ。


「何でっ? どうして消えないっ?」


 男爵家の側仕えの娘だけでも運んで、迎えに来た家族に引き渡そうにも連れ帰ろうにも、白い炎がブスブスいって身体の奥の方が消えないのでどうしようもない。


 何日か置いておくと塩の柱って奴だろうか?


 金網みたいなのに乗せてるけどそれでも燃えるし、取っ手を持っていても手放さないと延焼する。


 後ろ向きに持ってた奴が、手放すのが遅れて手に着火。男爵令嬢の死体がまた転がって、手足とか首まで取れてバラバラになって大笑い。


「ぎゃあああああっ!」


 意地の悪かった下っ端使用人が燃えたので、もう笑いをこらえるのにも必死。


 気が利くのが抜刀して腕ごと切り落として、どうにか延焼を防いだ。


「うおあああ、ああああっ!」



「済まぬ男爵、娘さんをを救ってやれなんだ、亡骸までこんな事に…… 地下牢に入れていた無能が、いつの間にか化け物になっておった」


「化け物? この浄化の炎を放った者がですか?」


 お? あれクソ親父じゃないか、今は足が動くから、後ろからゆっくり近付いて着火したら一発じゃないか?


「そうだ、魔術回路が壊れて使い物にならなくなった奴だが、何年も経って治り始めていたのかも知れん。もう退治したから許してくれ」


「それは誰なのですっ? 娘をこんな残酷に殺されてっ、無かった事になどできませんっ」


 おやおや、下位の貴族などゴミ扱いの奴が、怒鳴られて黙ってる。


 こちらは抜き足差し足、匍匐前進するほどじゃないけど、向こう側にいる奴と視線が合わないように、姿勢を低くして接近。


「これ以上責めるのなら、貴殿の家族も騙らせねばならぬ」


「そんな……」


 くそ親父、男爵家潰すとか脅迫してる、アホだなあ。


「は~い、タッチ、タッチ、タッチ」


 鬼ごっこか何かのように、白い炎を出した手で、クソ親父から順番にタッチして行く。


「あっ、あああっ?」


 クソ親父に着火、男爵にも着火、夫人にも着火、衛兵とか使用人にも順番に着火して行く。


「おのれっ、殺したはずだぞっ、何で生きておるっ?」


 あ、耐火(レジスト)しやがった。でも男爵も夫人も衛兵も穴掘ってた使用人も全員火は消せない。


「さあ? もう何度も殺されたり死んで、地下牢でアンデッドになってたんじゃないか? ケケケケ」


「アンデッドにそのような白き炎が出せるものかっ」


「さあ? 白魔法のせいで、殺しても死なない化け物ってな~んだ?」


「何だそれはっ? そのような妖魔はおらぬっ」


「私も知らない」


 地下牢にお下がりで降りて来る、絵巻物やら新聞は少ない。魔法の文献なんか見たのは子供の頃だけ。


「化け物めっ、どのような外法を使いおった?」


「何もしてない。地下に新しい住人が来たら、安らかに死ねるように祈ってやって、食べるもんが無かったからゴキブリとかネズミの赤ちゃん食ってただけ」


「悍ましい物を食いおって、だがその程度の事で外法になるものかっ」


「じゃあ~? 不死王(ノーライフキング)でどう?」


「ぐううっ」


 ヴァンパイアの真祖でも無理、リッチでも無理、でも不死王なら白魔法も可能かもしれない。


 ああ、私って他の地下牢の住人と一緒で、最初のひと月ぐらいで死んでたんだな。


 そこから生き帰って何年も生きてたんだ。いや、もう死んでるのか? 意味分からん。


「闇へと帰れっ、死の穢れを持つ者よっ、ホーリージャベリンッ」


「へっ、クソがっ」


 こっちはどれだけレベル上がってると思ってるんだ? そんなゴミみたいな魔法効くかよ。


 手で簡単に弾いてやると、馬鹿みたいな青い顔が赤になった。


「恐ろしい魔物に落ちぶれおったな、一体どのような儀式を起こせば、そこまでの魔物になれるのだ」


「さて? 8歳の子供地下牢に何年も閉じ込めて、ゴキブリとネズミ食わせてたら自然になるよ、ウケケケケ」


 ああ、こいつの計画では数か月で死ぬのが普通だからそうしたんだ。


 腹下して死ぬか、碌でもない病気にかかるか、歯茎とか目から血流して死ぬはずだったんだ。


 愛するオトモダチのゴキブリ君、ペットで親友のネズネズ君の赤ちゃん、私の栄養になってくれてありがとう。


「不死王? 我が白魔法で成敗してくれるっ、ホワイトサンダー」


 クソッ、追尾型の魔法かよっ、それでも弾いて別の奴にぶつけてやる。


「ぐああああっ!」


 当たった気の毒な奴は、焼き切れて死んだみたいだ。


 どうやら今の私は、絶対無敵のようです。

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