第22話異世界物見遊山:同三狸の狢:
声を掛けてきた妖精達が泉に住まう大精霊に会うために森の中へ入って行くと、残された男が樹精に森で暮らす狼や精霊は無理をしてついて来てくれているのかを尋ねました。
「いっぺんに沢山の事が起こり混乱しているのですが、狼や精霊を森の外まで連れ出して本当に大丈夫なのでしょうか?」
妖精と会話をする前、樹精が発した言葉『力が擦り減って弱ってしまう』の意味が知りたくてたまらなかった男は他の疑問を差し置いて樹精に確認をとりました。
【其方の気の向くままに動けば良いではありませんか、あの者達も好きに動いておりますよ。……生きとし生けるものは皆全て、老いさらばえる道理。天地の間に棲まうためには、絶対に必要だから用意された不変の摂理ですよ?】
森と山の間に蘚苔の原野を産み出した沼沢で、窪みが空いてしまう程の長い年月を経て、ようやく樹精と成り得た印度菩提樹には、動ける物と言うものは自身で物事を考えて好き勝手に試す事こそが至高なのだと疑わず、男の疑問が何一つ理解出来なかったのです。
「このまま、あの子達と僕が一緒だと、傷付けてしまうんじゃないかと心配なのです……」
根を生やす事の出来た場所が心地の良い日の光と沼沢から湧き上がる湿り気に溢れており、冬の厳しい寒さに震えて枯れてしまうよりも先に、高尚と出会い力を与えてもらえた運の良い『印度菩提樹』では、虫に見つかり喰われてしまい病をもらえば樹精に成ろうとも朽ち果てしまう事実を男に教えた所で納得はしないのだと考え、精霊や狼の生き様を実際に見せてしまおうと思いつきました。
【其方が、誰かから傷付けられる事を良しとするもの等をこの森が留まらせはしないでしょうしね……もし、自分自身が傷付く事を恐れずに、相手を傷付けることを恐れているのであれば、精霊達に『湖の底を知りたい』、狼達には『洞穴の奥を知りたい』と訪ねてみなさい。其方が足を運び臨むのであれば彼等は拒むこと無くその先にいるモノを連れて来るでしょう】
樹精が教えた言葉は、老いたり弱った仲間を護ろうとする狼や精霊等の種属には必ず用意されている安静の場所や墓地に向かわさせる意味合いを持ちます。男が何に怯えているかを解ってやれない樹精は、生き死にの現実をさえ知ってしまえば傷付けてしまうなどと言う恐怖を取り除いてやれるだろうと結論を出してしまい、心優しい狼や精霊は男が本当に望みさえすれば仲間の墓を掘り返して死者をあばいて見せてくれると提案したのです。どの行為が傷付ける事になるのかを終ぞ解らなかった樹精が思い付いた荒療治に、救いを求めた男は乗り気になってしまいます。
「ありがとうございます、みんなの所に行ってみることにします」
悪夢を見てから沈み込んでいた気分が再び盛り上がり男は直ぐにでもみんなの棲む場所に向かおうとしましたが、山の方から突然聞こえて来た知らない声に止められてしまいます。
〈何をそんなに急いでいるのか知りませんが、少し待って頂きたい〉
しわがれた老人のような声が険しい山から聞こえた事に驚き振り返ると、急な岩場に一匹の狸が座っておりました。
〈お初にお目にかかります。突如として強力な妖気を感じ取り、佐渡と呼ばれる小さな小さな小島から慌てて駆け付けました。
落ち着き払った丁寧な言葉遣いに知性を感じた男は驚いて樹精には尋ねました。
「獣が言葉を話しているのは、この種族が特別なのでしょうか? それともこの橋が原因なのでしょうか?」
狼達や森の中で出会った生き物は前世と同様に話す事は出来なかった筈ですが、目の前にいる狸は自身をムジナと呼び、名乗りあげて見せた事で男は冷静ではいられなくなりました。
【この者は妖術を扱える程には強い力を持っている様ですし、人語は元々操る事が出来たのでしょう。この橋が架けられた事によってと言うのであれば、其方と意思の疎通を望む者達はやがて妖精の国を覆っている術の恩恵を受け話せる様になるでしょうね】
大きな大木の樹精で有る『印度菩提樹』は海を越え飛んで来る鳥とよく話をするので、妖精の国では属や州の異なった鳥達をも会話が出来てしまい、饒舌になった鳩が王様の前で鷹への文句を口にした等、噂話を知っていたのです。
〈それで御両人、この橋について何かあっしにご教授を願えませんかね〉
予定していた樹精からの提案を急ぐ理由もなかったので、男は目の前の妖狸と先に話す事にしました。
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