先輩は二刀流

蓮水千夜

先輩の二刀流とは

「先輩って、二刀流なんですか?」

「ん?」


 野球部の部活の後、倉庫に道具を直しながら、レンは一緒に片付けをしていた野球部の先輩に声をかけた。


「えぇ、何それ? 誰に聞いたの?」

 軽薄そうな笑みを浮かべた先輩は、少し長めの髪に、何故か真面目よりチャラそうに見える眼鏡かけていて、たまに野球部員であることを忘れそうな雰囲気がある。


「えっ? だって高柳たかやなぎが、先輩は打ってよし、投げてよしの二刀流ですごい人だったって」

 高校の寮で同室の高柳が少し悔しそうにそう言っていたのが、印象に残っていたのだ。


「マジかぁ! 凌介りょうすけそんなこと言ってたの。嬉しいねぇ」

 そう、そんなすごい人が何で。


「先輩は何で今、マネージャーやってるんですか?」


「あれ、凌介ははそこまで言ってなかったの?」

「はい、そこまでは」

 凌介が言いにくそうにしていたから、そのときは聞けなかったけど、どうしても気になってつい本人に聞いてしまった。


「いやぁ、実は事故にあっちゃってさぁ、あんまり激しい運動とかできなくなっちゃったんだよねぇ」

「へぇ……、って、えぇっ!? 事故!?」

 先輩があまりにも軽く言うものだから、思わず聞き流しそうになったけど、まさか事故にあっていたなんて。


「そのとき、次期部長に指名されたばっかりで、いろいろと気が張ってたんだよね。でも、事故にあってその張っていた気がプツンと切れちゃって。一時期やる気を無くしてたんだけど、いろいろ考えた結果、みんなをサポートする側に回ろうかなって思って」


「……先輩」

 何でもなかったかのように言うけれど、きっとそう思うまでに相当悩んだはずだ。


「まぁ、意外とマネージャーやってみたら結構しっくりきたし、向いてたみたい」

 その顔は、晴れやかで。先輩はもうとっくに前を向いているようだった。


「それに今は、こうしてかわいいマネージャーも入ってきてくれたことだしね」

 そう言って、少しキザなウインクをレンに向ける。


「で、でも俺、全然役に立ってる気がしないですけど……」

 運動も勉強も苦手なレンは、何をやっても足手まといになっているような気がして、正直気が引けていた。


「そんなことないよ。一人でマネージャーの仕事をするのも結構大変だし、すごく助かってるよ。いつもありがとう」

 先輩のその言葉に心が救われる。何も向いているものがないと思っていたが、ここでなら自分も役に立つのかもしれない。


「せ、先輩……! 何でも言ってください。俺、頑張りますからっ!」

「……レンくん」


 少しでも、役に立てれば。そんな気持ちから出た言葉だったのだが。


「何でもって、それ、本当?」


「はいっ! って、えっ、あれっ? せ、先輩っ!?」

 気づけば、何故か倉庫の端に追いやられ、手を握られていた。


「ちょ、な、何をっ?」

 それも、ただ握るというよりも指と指を絡め、深く繋がったような……。


「そういえばレンくんさぁ、さっき二刀流の話してたよね」

 意味深な顔をした先輩が、さらに顔を近づけてくる。


「そ、それが?」

「実はもうひとつ二刀流なことがあって」


「ヘっ、へぇー…」

笑顔で言う、先輩の顔がもはや怖い。


「俺、基本的にはかわいい女の子が好きなんだけど、レンくんみたいなかわいい男の子なら余裕でいけるんだよね」

「い、いけるって何が……?」

 何となく意味はわかるけど、理解したくない気持ちがレンの思考を停止させる。


「ひぁっ!? だ、ダメですって!」

 手を握っていない方の先輩の手がレンの腰周りに移動し、怪しく動き出した。


「大丈夫、大丈夫。このくらい全然激しい運動のうちには入らないから」

「何も大丈夫じゃないんですけど!?」

 このままだと本当にヤバいのでは、と思ったときだった。


「レンっ!?」

 閉まっていた倉庫の扉が開き、よく知る同室の友人が顔を出した。


「た、高柳っ!」

 突如現れた救世主に、思わず泣きそうになる。


「ちょっ、部長何やって……!?」

「あ、凌介」


「こんなところで、一体何やってるんですか!」

 勢いよくレンから先輩を引き剥がし、そのまま叱りつける。


「いやぁ、レンくんが可愛かったから、つい」

「つい、じゃないですよ! つい、じゃ!」


「ごめんごめん。あ、凌介も混ざる?」

「混ざりませんよっ!!」

 顔を真っ赤にしながら、動揺している凌介の姿がレンにはちょっと新鮮だった。


「全く油断も隙もない! 何となく嫌な予感がして来てみたら、案の定……! レンも気をつけて。部長って結構、こういう人だから」


「わ、わかった……」


 ……先輩のことがわかったような、さらにわからなくなったような。


 でも、とりあえず野球部のマネージャーはもう少しだけ続けてみることにした。

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先輩は二刀流 蓮水千夜 @lia

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