第2話 音楽室
俺の通う
ちなみに第一校舎は四階建てで、第二校舎は三階建てのアンバランスな構造のため、三階をつなぐ渡り廊下は屋根がない。渡りたいときは一度階段を下り、二回の渡り廊下から渡るしかないのだ。
第二校舎に差し掛かると、ふと古田が思いついたようにつぶやいた。
「話を聞きに行くのはいいけど、そのサックスを壊された生徒は練習に参加できないだろ?今音楽室にいるかな?」
確かに言われてみるとその可能性は大いにある。しかし、いてもらわないとこちらも困るわけだが。
「部長が話やらなんやらするだろうから流石にいるんじゃないか?」
俺も一応可能性のある場合を提示してみた。
「だといいわね」
どちらの意見に賛同しているかは分からないが、そう言った桜木は、そよ風に揺れる髪を左の手で押さえながらゆっくりと歩いていた。
話しているうちに音楽室の前に到着した。音楽室は三階の廊下と向き合うようにドアを構えていた。最初から音楽室として使われていたであろうことを、扉の上部に位置してある年季の入ったプレートがそれを物語っていた。
桜木が「失礼します」と凛とした声音で扉を開けると、まばらに各々の楽器を練習している吹奏楽部の視線が俺たち三人に集まった。しかしすぐにその視線は逸らされ15名程いる部員の視線はそれぞれの楽器に注がれた。
それにしても思ったより広い。普通教室の倍はあるであろうか。その広さに負けず、部屋の角に配置されている大きなグランドピアノが目を引く。
その中で一人こちらに向かってくる男子生徒が口を開いた。
「君たち生徒会かな?」
楽器の音色にかき消されるように気弱そうな男子生徒が声を掛けてきた。一発では覚えられそうにない薄い顔に、眼鏡をかけている。多分小学校の時のあだ名はメガネ。眼鏡かけてたか知らんけど。ちなみに俺はサル。なんだ仲間じゃん。
「部長の半田さんですね。生徒会二年の桜木です。楽器が破損させられた件でお話を聞きに来たんですが」
こっちの桜木は楽器の音色に負けるではなく調和しているようだ。
「何かわかったかな?」
このメガネ…。いや部長の半田は無責任ともとれる返答をしてくる。太鼓の音におびえるようにオドオドした態度から悪気は感じられないが。だとしても分かるはずもない。こいつ大丈夫か?なんだか幸先怪しくなってきたぞ。しかし焦りのような、早くこの件を片付けたいという思いだけは伺える。
「そのために話を聞きに来ました。サックスを壊されたという生徒はいますか?」
桜木が効率重視の会話を進めると、「そうだよね」という風にポリポリと頭を掻いた。
「彼女は今日は帰ったよ」
早速一番の情報源を失った。あっさり言うからラーメンかと思ったよ。ヘイお待ち!いや向いてなさそうだなこの人。
だったらしょうがない。だとしたらまず、この部長に話を聞く方がよさそうだ。
「経緯について教えてくれませんか?」
そう俺が質問すると、戸惑ったように半田が桜木と古田を交互に見た。
「ええっと彼は」
「ああ、生徒会ではありませんが協力してくれています」
正しくは「協力させられている」だけどな。能動的ではなく受動的にである。
古田が答えると、半田は少しいぶかしげな表情を見せた。しかしすぐに諦めたように「ここじゃなんだから隣に移動しよう」と提案し音楽室を後にして、隣の空き教室に移動した。
空き教室にはさまざまな楽器が立てかけられていた。吹奏楽部の倉庫兼練習場としての役割をしているようだ。
俺たちがその空き教室に入ると三人のトランペットを持った女子生徒がいたが、軽く会釈をしてすぐにそそくさと音楽室の方へ移動していった。
彼女たち、もしくは他の部員たちは今回の件を知っているのだろうか。
「話すといっても僕は相談されただけで何かわかったわけでもないんだけど」
半田はそう切り出すと事の経緯を話し始めた。
「今日僕が朝練のために、一番早く音楽室に来たんだ。そこから少しして、ちらほらと他の部員も集まり始めたと思う。そしたら神田さん。サックスを壊された生徒なんだけど、彼女が僕を呼び出し、サックスが壊されていることを伝えてきたんだ」
確かに本当に経緯を話しただけのような内容に少しイラつく。まだまだ深堀りしていけば色々と引き出せそうだが。
「どう壊されたか分かりますか?」
桜木が背筋を伸ばし、
まずこれで事故なのか、故意なのかははっきりさせておきたい。
「リードが壊されていたみたいで…」
「リード?」
俺も分からなかったがうまく古田が拾ってくれる。
「サックスはリード楽器よ。そのリードがないとそもそも楽器として成り立たないわ」
依然として姿勢は崩さず、顔だけを俺と古田に向け答えた。音楽に詳しい者がいるとこの場において非常に心強い。
「それは取り外し可能なのか?」
ここはひとつ、遠慮なしに聞いてみる。
「当り前よ。リード自体消耗品なのだから」
当たり前なのか。知らない人間のほうが多いと思うんだが…。分かった。多分こいつ、真冬の夜中のコンビニで食べるカップラーメンのおいしさを知らないタイプの人間だな。そうに違いない。
心の中でここぞとばかりに言い返してやる。
「なるほど。つまりそのリードが壊されてあったと」
「僕が見たときは、故意的に割られたみたいにサックスの傍に置いてあったんだ」
最初からそう言ってくれよとも思ったが、確かに半田は故意的にと言った。吹奏楽部の部長であるから、素人が判断するより確実だろう。そのリードを再確認する必要はなさそうである。
「そのサックスは学校に前日から保管されていたのですか?」
桜木がまた質問に戻す。
「うん、そうなんだ。だから不思議に思って…」
「不思議?なんでだ?」
と古田が首を傾げている。これは思ったより面倒かもしれない。ちらと桜木の方を見ると、彼女もまた、今にため息を漏らしそうな表情で少し下を向いた。
「音楽室と、この空き教室は練習に使った後、必ず鍵をして職員室に鍵を預けておくんだ。だから誰かが入って壊すなんてありえないと思うんだよね」
と半田はありえないという同意を求めるようにして俺たち三人に諭すように言った。しかし乗り掛かった舟である。ここまで来て諦めるのはモヤモヤする。それにありえないという意見は、非常に有益な情報である。
「最後に練習で教室を使ったのは?」
少し前のめりになるようにして桜木は半田に問いかける。心なしかお嬢様口調が抜けているようだ。
「三日前の土曜日だね」
「じゃあ日曜日と月曜日の二日間はこの教室を使ってないと」
「そのはずだね」
「じゃあ土曜日に鍵をかけたのは?」
「それは僕だけど、やったのは僕じゃないよ!鍵をかけた時周りに部員もいたし…」
尋問にも見える桜木の圧に押されるように、半田はブンブンと大きく首を振りながら無実を訴えた。
「分かりました。それでは失礼します」
そのままスッと桜木は立ち上がり、膝丈のスカートの皺を伸ばすしぐさをして一礼した。
「もういいのかな?」
さっきとは打って変わっていきなり話を切り上げたことに驚いた様子で半田は椅子に座ったまま桜木を見上げるようにして言った。
「ではまだ何かお話しすることはありますか?」
「いやいや大丈夫だけど……」
完全に委縮した部長を尻目に、俺たちは踵を返し空き教室を去った。
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