喪女ごはん

霜月このは

第1話 喪女と姐御

 部屋の窓は開けない。カーテンも閉め切ったまま、こもった空気もそのままで。さっき空けたポテチの袋とコーラの缶と、昨日空けたビールの缶とがちゃぶ台の上で散乱している。


 めんどくさいからそのままにして、カーペットの上にごろんと横になる。スマホを片手に、背中をボリボリ。着ているのは、中学時代からそのままの、「小森萌香こもりもか」という名札のついた、ゴムの伸びきったジャージである。


 ちなみに私はこの名前が嫌いだ。ブスに付けられた「萌」という字はもはや何かの嫌がらせに近い。どうせなら「喪香もか」のほうがよかったと思うくらいだ。


 そのまましばらくあてもなくネットの記事を眺める。特に用事があるわけでもない。SNSもやってない。


 別に引きこもりというほどではないけれど、いや引きこもりか。一応平日は働いてはいるので、社会生活を営んではいるとは言えるだろうが、週末のこの有様は、どこからどう見ても引きこもりである。


 そのうちにネットサーフィンにも飽きて、スマホを閉じた。そのタイミングで腹の虫がぐう、と鳴く。こうなっては、仕方がない。


「……起きますかね」


 孤独ゆえについ飛び出してしまう独言を吐き出しながら身体を起こす。くっそ重い。私のBMIはギリギリ35にいかないくらいの、医学的にみて充分すぎるくらいの肥満であった。


 冷蔵庫の中をあさる。なんもねえな。今夜の分のビールと卵2個くらいしか入ってない。


 卵だけでできるものなんて、卵かけご飯かゆで卵かそんなもんだろ、と思いながらも、私は今すぐどうにかして腹の膨れるものが食べたくて仕方なかった。


 そして気づいたら検索していた。「卵だけ レシピ」と。


 適当にスクロールして見つけたのは、「玉子飯」なるレシピ動画。どうやら、ローカルな食べものらしい。さっそく動画を見てみることにした。


 動画を再生すると、いきなりくっそテンションの高いお姉さんが、でっかいグラスを片手に料理を始めるところだった。


 目を疑った。私は料理動画を選んだつもりだったんだけど、間違えただろうか。


 タイトルを二度見したけれど、間違えてはいなかった。


 これが、私と、料理の姐御「りょうこ」との出会いだった。




 じゅうっ、っと卵の焼ける音を聞いていると、よだれが出てくる。腹の虫もぐうぐう鳴いて止まらなくなる。


 初めは、なんだこの女は、と思ったけれど、腹が減って仕方がないから、もう行くしかない。


 私はさっそく、りょうこのレシピ通りに玉子飯を作りはじめた。結論から言うと、りょうこの玉子飯は最高だった。あっという間に完食した。


 しあわせでいっぱいになった。


 あんまり美味しかったものだから、なんだか急に、他にも美味しいものを食べたくなってしまった。


 私は、ごろごろと寝転がって、りょうこの他の料理動画を見始める。りょうこは料理研究家のYouTuberで、他にもたくさんの料理動画をアップしていた。


 私の食欲は止まらない。さすがデブである。


 翌日の日曜日は、食料品を買い込んで、りょうこの動画にあった別の料理を試してみることにした。


 りょうこの料理は、初心者でも作りやすいレシピで、何より酒に合う。うちにある何でもない材料でも作れるのが魅力的だった。


 来週はあれを作ろう。これを作ろう、と、いつのまには頭の中はりょうこの料理のことでいっぱいになっていった。


 引きこもりのデブは今、料理をするデブへと進化しようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る