散歩

しょうわな人

第1話 とある家族の風景

 私は四十二歳だ。妻は三十八歳。一人娘は十八歳。

 この度、県外の大学に進学した娘が引っ越しする為に、現在は荷物をまとめて独り暮らしをするアパートへと車で向かっている。


「お父さん、コテツの散歩にちゃんと毎朝晩に行ってやってね」


「ああ、父さんに任せておけ」


「そんな事言って、いつも最後は私に投げるんだから」


 助手席の妻からはそう言われたが、何よりも可愛い娘の頼みだ。コレばかりは私は必ず行こうと心に誓っている。


「お母さん、そんな事ないよ。お父さんならちゃんと行ってくれるよ。ね、お父さん」


「ああ、ちゃんと父さんが行くぞ」


 妻とは最近少し仲が悪い。理由は太りすぎた私にあるのは分かっている。結婚して五年くらいは体型を維持できていた。しかし、六年目ぐらいから少しずつ増え始めた体重は軽く動けば落ちていたのに、年齢を重ねると落ちなくなってしまった。


 今や長年の蓄積で九十キロを超えてしまった。家の体重計には怖くて乗ってないが、毎年の健康診断で嫌でも現実を突きつけられる。


 医者からは痩せましょうと言われるが、私は運動が苦手だ。だから少し高いがサプリメントに頼ってみた。が、九十キロをきる事は出来たが、八十キロ代をキープしている。食生活も何も変えていないからしょうがないかも知れないが……


 


 娘が居なくなった我が家は少しばかり居心地が悪い。妻と二人では会話もなく、食事の用意はしてくれるが、別々に食べていた。


 私は毎朝五時に起きて娘の愛犬コテツの散歩に行き、仕事から帰ってきて18時半に夕方の散歩に行くのが日課になった。餌をやるのは妻だ。

 だからなのか、散歩に行く私よりも妻に懐いているように思える。


 しかし、私は娘から頼まれたのだ。必ず娘が大学を卒業して帰ってくるまでは私が散歩に行く。


 その日の朝は体調も良く、体がいつもより軽く感じたので、コテツの散歩の帰り道、家まであと百メートルの地点で走って帰ってみた。


 息が切れる。ゼエゼエハアハア言いながら家に入ると、妻が言った。


「ちょっと、大丈夫? 無理しないでよ」


 うん? 心配してくれてるのか? 私はそう思ったが、何も言わずに頷いておいた。


 そして、夕方の散歩である。コテツは朝の出来事を覚えていた。朝と同じ場所に来たら急に走り出したので、私も釣られて走り出す。

 また、ゼエゼエハアハアだ。


「どうしたの? 走ったりするの苦手なクセして?」


 妻から問われて私は正直に答えた。


「一度そうしたなら、もうこれからはずっとしないとコテツちゃんが可哀想になるわね。でも急に無理して走って膝とか痛めないように気をつけてよ」


 妻からは私を気遣う言葉が出て来た。何年ぶりだろうと思いながら、その日は二人一緒に晩御飯を食べて、同じベッドで寝た。


 次の日から私とコテツの競争が始まった。百メートルで始まったこの競争が、一ヶ月後には二百メートルになり、二ヶ月後には三百メートルになった。

 

 そして、サプリメントも止めずに続けて飲んでいた私にも変化が現れた。八十キロ後半だった私の体重が、三ヶ月たった頃には八十キロを切った。


 それにより体型が見た目で変化した。何よりも今まで履いていたズボンがガバガバになった事で、妻もニコニコ笑顔が増えてきた。


 それから更に半年が過ぎた。

 

 今は家まで五百メートルという地点からコテツと一緒に走って帰り、息もそんなに上がらなくなっている。体重は既に六十キロ前半になり、適正体重になっていた。

 ある日、突然に帰省してきた娘が私を見てから妻に言った。


「ねっ、お母さん。私が言った通りだったでしょう。お父さんは私が頼んだらちゃんとしてくれるって。コテツにもお父さんの運動のお手伝いをしてねって頼んでたし」


 コテツにまとわりつかれながら妻にそう言う娘を見て、ああそうかと気がついた。

 二人とも私を心配してくれていたんだなと。娘がアパートに帰った日に妻から話があった。


「貴方は人から言われて動くのは嫌いじゃない。だからあのに相談してみたの。そしたらコテツの散歩が良いって言うから。私は半信半疑だったけど、今こうして健康な体になった貴方を見て、ホッとしてるのよ。太ってた頃に冷たくしてたのは、気がついて運動でもしてくれるかなと思ったからなの。ゴメンナサイ」


「いや、謝るのは私の方だ。心配してくれてるのに気がつかなくてすまなかった。これからは、この体を維持して行くよ」


 その日は穏やかに過ぎていき、三ヶ月後、妻から衝撃の事実を告げられた。


「貴方、妊娠しちゃった」


 どうやら私は散歩以外でも、まだまだ走り続けないとダメなようだ。

 


 

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