二つ救の騎士

ホイスト

二つ救の騎士

 剣を握る手が震え、視界がぼやける。

 目の前には血の滴るレイピアを右手に持った男が立っていた。

 足元には、先ほどまで共に歩いていた騎士。血を流し、ピクリとも動かない。


「西国と東国の騎士が一緒にいるとはなぁ。お互いの装備はお互いの国に高く売れる。こりゃぁラッキーだ」


 男は下卑た笑い声を上げ、腰に提げた短剣を抜いた。峰が櫛の様に凸凹している短剣、ソードブレイカーだ。バツ印の様な紋章が彫られている。


 私の剣────バスタードソードの柄にある環に指を掛け、力を籠める。

 

「傷が付くと値が下がるからさ、あまり抵抗しないでくれよなッ」


 男が疾駆する。レイピア、ソードブレイカー共に後ろへ流した状態の為、どちらから攻撃してくるか読みづらい。

 間合いに入ったタイミングで左足を踏み込んだ。右手のレイピアからの突きと判断し弾く準備を行う────が、そのまま左手のソードブレイカーを突き出してきた。

 急いで持ち手側を突き出して合わせるが、男はそのまま右足を踏み出しレイピアで突きを放つ。

 突き出した持ち手を懐辺りまで引くと同時に左足を半時計に回し、上半身を右に傾ける。ギリギリ突きを躱せた。

 反撃だ。切っ先を少し上げ、懐まで引き溜めた力を前に突き出す。

 仕留め────られない。男は踏み込んだ力を使い、斜めに飛ぶ。

 だが、明確に体勢を崩した状態だ。好機ととらえる。男を追うように剣を下から後ろへ切り払おうとする。

 そこで急に左足がカクンと曲がる。男が渾身の力で左の膝裏を叩いたのだ。

 右足で何とか地面を蹴り転がる。

 立ち上がると、男も同じように立ち上がる。

 ……長い闘いになる。


 

 男のソードブレイカーが私の剣────月の紋章が彫られたバスタードソードを櫛の様な峰で捉えた。

 まずい、と思った時には、何度も打ち合い疲弊したバスタードソードがパキンと折れた。

 後ろに飛び距離を取る。

 男は追撃せず、下卑た笑い声を上げ、嘲る。


「気持ちよく折れたなぁ! お前の心も折れたんじゃねえか? じっとしてれば痛みなく殺してやるからよぉ、じっとしてくれや」


 リーチの差は有利不利の差だ。短い方が、圧倒的に不利になる。折れた私の剣に比べて男の剣は倍ほど長くなるだろうか。

 おまけに長い闘いで疲弊している。私の死が見える。

 だが

 闘いの末に立ち位置が変わり、男の向こうに死した騎士が見える。

 鎧には太陽の紋章。

 二人して森を彷徨った、つい先日の記憶がよみがえる。


────森、のなか、迷った。戦う意思、無い

────あの実、食える。肩、貸す

────言葉も、文化も、殆ど同じ。なぜ、戦う、のか


 お互い部隊からはぐれ、争っている場合じゃ無いと助け合い、話し合った。

 お互い長く続く戦争に疑問を覚えた。

 お互い戻れたら、戦争を留めるために尽力しようと誓い合った。

 太陽と月の位置を見ながら歩みを進め、そろそろ大通りに出られるかもしれない所だったのに。


 折れたバスタードソードを左手に持ち、右手で腰に提げた短剣を抜く。


 騎士の最後の慈悲────スティレット。柄には太陽の紋章が彫られている。


「おぅおぅ慈悲の剣とは! 自分に慈悲を与えるつもりか? 最期のなぁ!」


 左の折れたバスタードソードを前に出し、スティレットを右の懐に構える。

 

 太陽の紋章を指でなぞり、騎士の言葉を思い出す。


────この、剣、遠い国、の技術で、作られた


 とても自慢したかったのだろう。嬉しそうに我らの剣とどう違うのか説明してくれた。


────とても、するどい


「おまえら東西はほんとにバカだよなぁ」


────とても、丈夫


「お互いの喧嘩の火種を、誰が作ったのか全く考えねぇし」


────そして、とても、硬い


「ま、お陰で俺らはたらふく飯を食えるんだがな!」


 男が疾駆し、レイピアの突きを放つ。

 極限状態だからだろうか、その動きが綺麗に予測できる。

 レイピアの切っ先を、バスタードソードの環に通す。


「なに!?」


 右手のスティレットを突く────ソードブレイカーの峰に向けて。信じて。

 男はそれを見て、「学ばないバカめ!」と叫びながらソードブレイカーを捻る。

 パキン、と剣のかけらが飛び散る。


「なに……?」

 

 飛び散ったのはソードブレイカーだ。

 バスタードソードを捻りレイピアを折り、呆けた男の胴に蹴りを入れ押し倒す。

 そしてバスタードソードを振り上げる。


「貴様にこの剣の慈悲は与えぬ!」


 

 騎士の体を綺麗に寝かせ、黙祷を捧げる。

 少しして立ち上がった青年は沈み行く太陽を暫し見つめ、背を向けた。




「この黙祷してる銅像は『二つ救の騎士』っていうんだって」


 隣に立つ金髪の少女が指さしながら説明する。

 

「んで、あの手に持ってる折れた剣って、柄の部分だけ本物なんだって」


 その部分をよく見てみると、確かに他と色が違う気がした。


「刃の部分は、当時は死んじゃった騎士の剣を持ち帰って打ちなおして使ってたらしいよ。闘いで使ううちにどんどん折れちゃって、最終的に短剣レベルになっちゃったらしいけど」


 金髪の少女は私にぴったりとくっついてパンフレットを広げて見せる。

 近い。


「あっ向こうの博物館に現存してる太陽の紋章が彫られたスティレット……短剣があるんだって! 見に行こう!」


 金髪の少女はそういうと銅像の向こうに見える博物館へ走り出す。

 遠い。


 風に揺れる黒髪を抑え、『二つ救の騎士』を見上げる。

 出会った盗賊との闘いに勝利した青年は、母国へ帰り戦争への第三者の関与の疑いがあることを告げた。

 それは国の上層部にとっては周知であり秘密の事実だったらしいけど、それを大勢の前で報告した青年は望んでか望まずか、戦争が隠す秘密に巻き込まれていったそうな。

 

「おーい! はやく……って、お?」


 金髪少女が振り返ってこちらに催促をするが、銅像の裏に何か発見したらしく「こっちこっち!」と手招く。

 ……親し気にしてくるけど、同じ班になったのも話したのも今日が初めてだよね? いいけど。


「見て! 『二つ救の騎士』が最期に友へ向けたメッセージだって!」


────あの時の誓いを、何とか果たすことができた。

────……あの時、救ってやれなくてすまなかった。

────代わりと言ってはなんだが、お土産話は沢山用意できた。

────楽しみにしていてくれ。



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