獣と恋

織宮 景

第1話 前

 山奥の川辺で鹿が水を赤子のように飲んでいる。ふと、耳を立たせて辺りを見回す。

 次の刹那、鹿の頭を鉛球が貫く。森の中に鳴り響く銃声。それに驚いた鳥達が木々から飛び立つ。


「今日はこいつ1匹か」


 銃を肩にかけ、仕留めた鹿の元へ行く。倒れた鹿は脳を貫かれ、微動だにしない。手を合わせてお祈りをした後、バッグから取り出したナイフで血抜きを行う。そして足に縄を括り付けて小屋まで運んでいく。


「あんちゃん。うめぇっぺな」


 銃を背負った平均年齢60歳越えのおじいさん達が歩いてきた。


「はーわしらは足がついてこねぇだ。そろそろ引退も考えないげれば。熊を狩ったあんちゃんにならわしらの後を任せられるだ」

「技術においてはまだ未熟ですよ。正輔さん達だってそう言いながら、道の途中で鹿3匹狩ってたじゃないですか」

「はー謙遜すんなよ。はっはっは!」


 正輔さん達の大きな笑い声につられ、青年も笑う。

 笑っていると、近くの草むらから物音が聞こえ、一瞬で場が凍りつく。草むらにいる何かが出てくるのを一同が構えながら待つ。その目の鋭さは一流のスナイパーのようだ。


「うぅぅ………」


 草むらから聞こえてきたのはか細い女の声。一同を銃を下げ、声をかける。


「おんなってーか?」


 だが反応しない。もしかしたら訛りがわからないのではと思い青年も声をかける。


「人か?」

「はいっ!」


 手を挙げて草むらから女性………よりかは少し背丈が低い少女が出てきた。服は汚れていて森を走り回ったことが伺える。葉や枝がついた乱れた長い髪で顔が見えなくなっている。


「おい、大丈夫か?」


 青年が少女の髪についた汚れを取り、前髪を上げる。すると一瞬青年の動きが止まった。


「あんちゃん、どぅーした?」


 おじいさんの声を聞いた青年が我に帰る。


「なんもねぇ。ところで君はどこから来たんだ?」


 質問するが、何も話してくれない。青年はあることに気づく。


「一旦、みんな銃をしまってくれないか?」


 青年の言うことを聞き、おじいさん達は銃を肩にかける。

 

「改めて質問するけど、君はどこから来たんだい?」

「私はこの森の中の家から来たの………」

「そうか。道は分かる?」


 少女は首を横に振る。混乱していて来た道を忘れているようだ。


「一度下山して、小屋まで戻ろう」

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