第2話 異常な光景!


 いよいよ予約の時間になり、桃李は店に足を踏み入れた。森の中をイメージしている店内は、木造造りで観葉植物など緑がたくさん置いてあり、店内のBGMは小鳥の鳴き声でとても落ち着く雰囲気だ。先ほどの青年がこの場にいたら、とても馴染んだだろうなとぼんやり思う。

 案内された席へ座り、桃凜ははて、と疑問に思い首を傾げた。店内はお客がとても少なくがらんとしている。桃凜の他に、確認できるだけで一組しかお客がいなかった。

 おかしい、確か日曜はいつも沢山のお客で賑わっていたはずだ。だから桃凜は必死の思いで予約したのだ。

 桃凜は困惑しながらも、店員さんに悩みに悩んで決めたメニューを注文する。色々思う所はあったものの、やっとあのパンケーキが食べれるのだという慶びの方が勝った。


 ドキドキしながらパンケーキの到着を待っていると、桃凜以外の唯一のお客である3人のご婦人達の会話が聞こえてきた。

 ご婦人達の席は桃凜から3つほど離れたテーブル席で、どうやら食後のコーヒーを、のんびり口に運びながら会話を楽しんでいるらしかった。

 桃凜は決して聞き耳を立てたつもりはないが、ご婦人達の声は大きく自然と会話が耳に入ってくる。


 「前はこのお店ももっと混んでたのにねぇ」


 「あれでしょ、あのクレープのお店」


 「そうそう、みぃんなあのクレープ屋さんにお客さん取られちゃったんですって」


 だからこの辺の飲食店、皆閑古鳥が鳴いてるそうよ、と続く会話に、桃凜の頭の中に再び疑問が浮かぶ。

 食べたから分かる、あのクレープはそんなに美味しくはない。決して桃凜がグルメだからとか、食に厳しいからとかではなく、ただ単に作った人間の愛情が感じられなかったのだ。


 食べることの大好きな桃凜にはある持論があるのだが、作り手が一生懸命気持ちを込めて作っていれば心が美味しく感じる、というものだ。調味料を間違えてしょっぱくなったり、うっかり焦がしてしまったり、美味とは決して言えなくても、心のこもった料理は美味しい、桃凜はそう思う。


 けれど、あのクレープにはそれが全くなかった。相手を思いやる気持ちが全く込められてないように感じた。桃凜にもはっきりとは分からないが、あのクレープは、何かがおかしい。

 だから何故あんなにミラクレが人気があるのか分からなかった。テレビの力だろうか。行列が出来ていたら並びたくなる人の心理か。

 桃凜がそんなことを考えていたら、店員さんが出来たてほかほかふわふわのパンケーキを運んできてくれた。


 桃凜は結局、一番ノーマルな、この店一番の人気メニュー、ハッピーパンケーキを頼んだ。ふわっふわのパンケーキが四つ重なり、その上にバニラアイスと生クリームが乗り、甘い蜂蜜シロップがかかったとてもシンプルなパンケーキだ。


 桃凜はじゅるりと口内に唾液が溢れるのを感じる。いただきます、と手を合わせ、ふわふわのパンケーキにフォークを入れ、その柔らかさに驚く。きっと、雲もこれくらい柔らかいのではないだろうかと想像しながら、その雲の様なパンケーキを口に運ぶ。口に入れた瞬間、まるで綿菓子の様に舌の上でふわっと甘く溶け、その優しさと滑らかさにまるで繭の中にいるような心地よさを感じた。

 ああ、これが幸せ、と桃凜は恍惚としながらどんどん食べ進め、あっという間に完食してしまった。

 ご馳走様でした、と手を合わせる。幸せだったと思うと同時に、もう食べ終わってしまった、と残念に思う。そして、また食べたい、と。


 そう、これだ。このパンケーキを作った人はきっと、食べた人に幸せを感じてほしい、また食べたいと思ってほしい、そんなことを考えながら作ったのだろう。

 その気持ちは確かに桃凜に伝わった。やはり料理に込められた気持ちは、心は、食べた人に伝わる。

 こうして人は、美味しい物を食べたらまた来たいと思い、美味しかったよと周りに伝え、それを聞いた人が店に訪れる。この連鎖が店に人を呼ぶ。美味しく食べてもらいたいという作り手の想いは、必ず届くのだ。

 桃凜はそう改めて感じると共に、やはりあのミラクレはおかしいと不信感を抱いていた。そんな桃凜の心の中を現すかのように、先程まで空に浮かんでいた美味しそうな雲は姿を消し、分厚い雲が青空を隠し始めていた。




 幸福感半分、不信感半分で桃凜が帰路に着くと、李がリビングで大好きなアイドルのLIVE映像を観ていた。

 シャラン・ランという7人組のグループで、李はオレンジ色の髪の男の子、蜜柑くんが推しだ。蜜柑くんは男の桃凜が見ても愛くるしく、いつも笑顔で明るい太陽な様な存在だ。

桃凜は照れくさくて李に伝えてはいなかったが、蜜柑くんのファンだ。いつもこっそり元気をもらっている。

 そしてシャラン・ランの代表曲、Sunshineという曲が大好きで、桃凜は李と共にこのダンスの振りを完コピし、カロリーの高い物を食べた後は必ず踊る様にしている。

 桃凜が帰ってきたことに気付いた李は、兄の顔を見て無言で頷き、Sunshineまで早送りしてくれた。

 そう、桃凜はチートデイとは言えカロリーを大量に摂取してしまっている。それを消費するべく、李と共にキレッキレのダンスを踊るのであった。




 次の日、桃凜は信じられない光景を目にする。

 朝、登校し教室に辿り着くと、既に登校していた生徒の半数ほどが教室でクレープを食べていた。

 色々疑問はある。何故朝からクレープ、だとか何故教室で食べているんだ、だとか。けれど桃凜が気になったのは、クレープを食べている生徒が明らかに先週よりふくよかになっていたことであった。


 桃凜は別に太っている人に対して嫌悪感を抱いたり馬鹿にしたりすることはない。何故なら桃凜もかつてはぽっちゃりしていたからだ。

 桃凜はスキニーパンツが履きたくてダイエットしたが、太っていることが悪いことだとは全く思ってはいなかった。ただ健康にはあまり良くはないので太り過ぎには気をつけないと、と思う程度だ。

 なのでただふくよかなだけなら問題視はしないのだが、明らかに急激に増量し過ぎていると感じた。

 そういえば、学校に来る途中もクレープを食べているふくよかな人が多かった気がする。まさかと思いながらも一番近くにいたクレープを食べている生徒に、どこのクレープか聞いてみる。すると、「ミラクレのだよ」と。嫌な予感が的中した。

 まただ。

 ここまでくるとぞっとする。

 流石にこれは何かがおかしい、そう思っていると、ピコンッとスマホがメッセージの訪れを知らせる。桃凜がちらりと差出人を確認すると、李からだった。さっきまで同じ家にいたのに、一体なんだろう。疑問に思いながらもメッセージを開く。そして、愕然とした。


 『お兄ちゃん、どうしよう。友達がずっと、クレープ食べてるの』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る