彼女の才能とぼくの夢

幽八花あかね

彼女の才能とぼくの夢

 ぼくには、最近悩みがある。幼稚園の頃から大好きなはずの仲良し幼馴染――なぎに対して、ときたま悪感情を抱いてしまうことだ。


 彼女の才能に嫉妬して、いっそ嫌いになりたいと思うこともある。彼女に純粋に憧れることができた、あの頃のぼくは何処に。


 いつもどおりに凪彩のことを考えながら、ぼくは演劇部の基礎練習を終えた。部員たちは、これから制作と稽古に入る。


 ぼくと凪彩はメインキャストなので、稽古組。よく通る彼女の声に聞き惚れながら、ぼくは今日も彼女の恋人役を演じている。


 普段から眩しいほどに美しく可愛らしい凪彩は、役に入ると一層輝きを増す。

 前の冬の大会では、なんと個人演技賞をとっていた。このブロックでは、他の参加校を含めても、一年生での受賞は凪彩ただひとりである。まさに天才だ。


 神さまが凪彩に与えた二つの才能を挙げるとするならば、一つは演技力。そしてもう一つは文才だ。


 凪彩は、小学生の頃から文才のある子だった。作文で賞をとったこともあった。その才能は、この演劇部でも発揮された。


 我が演劇部では、次の大会の演目を決める際、やりたいと思った脚本を一人ひとりが任意で持ち寄る。

 ネットで公開されている作品を持ってくる人もあり、図書室の脚本集から一作選んでくる人もあり――自分で脚本を書いてくる人もあり。


 演目決めの話し合いの際は、部員が書いた創作脚本は、作者名が偽名になっている。色眼鏡で見られることがないようにと、顧問の先生が名前の部分だけ変えておくのだ。書いた本人と先生以外は、その作品が誰のものなのかわからない仕様。


 そんな状況で、なおかつ先輩たちが希望していた他の作品もいくつかあったうえで、冬の大会の演目に選ばれたのは、凪彩の作品だった。


 作者が凪彩だと知ったとき、正直驚いた。胸に変な悲しみと、悔しさと、モヤモヤが生まれた。

 ぼくも自分で書いた脚本を密かに候補に出していたのだが、それとのクオリティの差が歴然としていてショックだった。


 実際、彼女の脚本は面白い。それを裏付けるように、冬の大会では創作脚本賞も受賞している。外部からも認められる出来映えだ。


 今度の春の大会も、また彼女の作品を演じることになった。また負けた。どうして――


「休憩時間だよ。いつまで死体なの〜?」

「うん……?」


 サイコパスなレディを演じているはずの彼女が、ほわほわとした雰囲気でぼくに話しかけてきた。ああ、そうか。休憩か。


「はい、麦茶。ぼーっとしてるね。大丈夫? ……あっ! もしかして、倒れる演技のときにどこか打ったり――」

「いや、大丈夫。ありがと凪彩」

「無理しないでね、たすく


 小説書くのも大事だろうけど……と彼女は、ぼくらにしか聞こえないような小声で言って、続けた。


「夜ふかしはダメだよ。あと、部活中に余計なこと考えるのも厳禁。この私に殺される恋人役として、しっかり役に入りなさい。悩みがあるなら、あとで聞いてあげるから」


 ああ、とぼくは曖昧な返事をした。ぼくの悩みなんて、突き詰めればすべて凪彩に関することだ。


 ぼくは小説家になりたくて毎日文章を書いているのに、演じることが一番好きな彼女に、脚本で負けている。演劇にしか興味がない彼女の書くストーリーのほうが、ぼくの書くストーリーより何倍も面白い。


 これが才能の差かと、打ちひしがれそうになる。凪彩のことも執筆も大好きなのに、脚本のことを考えると、どっちも大嫌いだ! と叫びたくなる。


 パンッと手を叩く音が響いて、演出の先輩の声が聞こえた。ぼくのそばで励ますように手をさすってくれていた凪彩が、すっと立ち上がって前を向く。彼女にとって大事なのは、ぼくよりも演劇だ。


「はい、休憩おわりー。じゃ、23ページの殺人鬼エリカの台詞から、恋人殺すシーン通していくよ」

「はいっ!」

「はい!」


 ハツラツとした凪彩の返事に重なるように、ぼくも威勢よく返事する。このぼくは、これから彼女に殺される。





 帰り道。今日も凪彩と一緒に帰る。幼馴染カップルだと冷やかす声も聞こえるけど、それが現実だったらどんなにいいか。


「佑。やっぱ今日、元気ないね?」

「別に、そんなことないよ」

「……やっぱり、まだ納得いかないの?」

「なんのこと?」

「今回の演目。……二番目に票が多かったやつのほうが、うちらの部活には合ってたのかもしれない。って、思って」

「いまさら言うの、良くないと思うよ。凪彩。もうあれで進んでるんだから」

「ん、ごめん」


 どことなく気まずい空気が流れる。春の脚本決めの話し合いでは、二番目に人気になったのは、実はぼくの書いたものだった。


 正直に言うと、凪彩の前回の脚本に雰囲気を寄せていた。こうすれば選ばれるかな、なんて気持ちで書いていた。


「ばいばい、たっくん」

「うん、また明日。凪彩」


 彼女を家まで送り、手を振って別れた。ここから歩いて二分の距離にぼくの家はある。……そういえば、「たっくん」って帰り際に呼ばれたの、久しぶりだな。


 夕食やお風呂を終えると、宿題を猛スピードで片付けて、ぼくはノートパソコンと向き合う。毎日必ず、数行でも小説を書き進めるのがマイルールだ。


「ねえ、佑」

「なに、凪彩」

「今日、ここで泊まってもいい?」

「ああ――って、はっ!? え、なんでいるの……?」


 見ると、ラフな格好をした凪彩が、なぜかぼくの部屋の中にいた。


「おばさんに頼んで入れてもらった」

「いや、そういうことじゃなくて」

「私は寝相は悪くないって、幼稚園のお泊り会のときから知ってるでしょ? 今夜だけ隣にいさせて」

「なんで、そんなこと」

「役作り」

「やくづくり」

「そう、殺害シーンの表現に納得できてない。恋人らしく、同衾する経験を求めます。説得力のために」

「はあ……」


 真っ直ぐに請われて、そのうえ「お願い」と上目遣いで甘えられてしまえば、もう断れない。なんてったって好きな女の子からの頼みである。


「まだしばらく寝ないけど」

「うん、待ってる。ひとりごと言ってるけど、気にしないでね」

「ああ」


 好きな女の子のひとりごとなんて、声なんて、聞こえたら気になるに決まってるだろ。とは思ったものの、言わないでおく。彼女の声をBGMに、ぼくは執筆を進めた。


「私ね、たっくんの小説すきだよ」


 知ってる。ぼくが今も小説を書いているのは、初めて書いた拙い小説を、彼女が褒めてくれたからだ。


 でも、最近は嫌いになってしまいそう。凪彩のことも、執筆のことも。みんな醜い嫉妬のせいだ。


「たっくんのお話が面白くてね、私も書いてみるようになったんだよ。私は、小説じゃなくて脚本だけど。見様見真似でやってね、小学五年の頃から書いてるの」

「そんなに長く?」

「うん。……佑は、私が演技も脚本もできるって思ってるだろうけど、そんなことないんだよ。ずっとお姉ちゃんに負けっぱなしだよ。お姉ちゃんが芸名使ってるから、妹ってバレずにいられてるけど、知ったらみんな失望するよ。『大ヒット映画女優の妹が、こんなもんか』って」

「そんなこと、ないよ」


 彼女らしくない、弱々しい声色が気になって、もう執筆どころではなくなっていた。数百文字でも進んだから、今日はこれで良しとしよう。凪彩のことのほうが、大事だ。


「凪彩、寝よっか」

「小説、いいの?」

「うん、今日はこれでいい。おいで」

「……うん」


 いま考えるとなかなかなことだと思うけど、ぼくらは小学六年の夏休みまで、こうして一緒に寝ることがままあった。あれから一年以上経ってるから、ちょっと緊張はするけれど……まあ、ただの幼馴染だし、別に?


「佑、ごめん。怒られるかもだけど、言うね。今回の脚本、佑の影響めっちゃ受けてる」

「へえ、そうなんだ」

「うん。私の書くストーリーは、中学生向けって考えて作ってるものだし、わかりやすいとは思うんだけど……佑の作品にある深みとか、サスペンス的な意味のドキドキとか。そういうのが足りない気がして」

「ぼくも、今回は凪彩の影響受けて書いたよ」

「うん、なんとなく察してた。冬のときも春のときも……脚本、偽名でもすぐに佑のだってわかったよ」

「そっか」

「だって私、佑の物語のファン第1号だもん」


 こんな些細な言葉にときめくと、ああバカだなって思う。どんだけ凪彩のことが好きなんだ、ぼくは。


 仄暗い部屋の中、彼女がじわりと瞳を潤ませて、ぼくを見る。あまりに扇情的で、ぼくは思わず息を呑んだ。


「佑。さみしい」

「なに、が?」

「佑が最近、私と距離をおこうとしてる気がする。私、別に完璧超人でもなんでもないのに」

「ぼくにとっては、凪彩は演技も脚本も天才的な、すごい女の子だよ。……最近は、嫉妬もするくらい。こんな自分が嫌にもなる。無意識に避けてるのかも」

「たすく、すきだよ」

「ぼくの小説が、だろ。公募も二次落ちと最終落ちばっかりなのに、嫌味かよ」

「私は佑のことが、好きだよ」


 とん、と凪彩は、ぼくのからだに軽く抱きついた。危うく脳がショートしかけた。どうしよう、やわらかい。


「私さ、佑と一緒に過ごしたくて、共感したくて、書きはじめたの。でも、女優めざすのと両立するの、しんどくてさぁ」

「……うん」

「だから、次はいっしょに書こう? 私は女優めざして、佑は小説家めざして……間の脚本は、いっしょにがんばろーよ。いっしょにかけば、もっとおもしろくなるしー……いっしょに、いたいし」

「うん、いいね。そうしよう。ぼくも――あれ?」


 せっかくの機会だ、ぼくも彼女に「好きだ」と言ってしまおう……と思ったら。彼女は、すやすやと寝息を立てていた。


 ということは、今のは寝言か? いつから?? すきだよ、も寝言!? いやそれはない……か?


 ぼくは凪彩のぬくもりと言葉にドギマギとしつつ、なんとなく布団をかけなおした。


「ぼくは……いつか、凪彩が映画で演じてくれる脚本を書きたいよ」


 そう呟いて、目を瞑る。


 ああ、どうしよう。夢が増えてしまった。ぼくは、小説家と脚本家に、なることができるだろうか。

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