第7話 貴族令嬢どころか姫だった

 リディがやってきて2日ほど経った。

 リディはどこかの貴族令嬢なのか家事をする習慣がないらしく、しかしそれでも健気に頑張る姿勢は見せている。

 その出来はともかく。


 ……まあ、オレも前世の記憶がなければ家事なんてできなかっただろうしな。


 いやでも今のこの状況、誘拐容疑とかかけられないよな!?

 オータム家という後ろ盾を失くした今、貴族令嬢の誘拐を疑われれば恐らくタダでは済まされないし、無罪を勝ち取るなんて不可能に近い。

 ここはそういう国なのだ。


 え? オレやばくね?


 い、いやでも、リディにも事情があるらしいし。

 もしかしたらリディも実家を追い出された――とかかもしれない。


 オレは迷い込んで早々にこの小屋を見つけられたけど、本来この山は夜になると野獣が出る危険区域だ。

 こんな女の子が1人で生きていけるような環境ではない。


 でも、あまり根掘り葉掘り聞くのもな。

 言いたくない込み入った事情があるかもしれないし。


 と悶々と考えていると、何やら外が騒がしくなってきた。

 この辺りまで人が来るなんて、この3年リディ以外になかったことだ。


 そして――


 コンコン……


 またしてもドアがノックされた。

 雰囲気から察するに、相手は男、しかも少なくとも3人はいる。

 今は午前10時。リディはまだ夢の中だ。


「……はい」

「朝から突然すまない。実は14歳の女の子を探しているのだが、この辺で見かけなかったか? 行方不明になってもう5日ほど経っていて、捜索を急いでいる」

「……失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「私はグラルディア帝国の王城で姫様の世話役を務めているカネルという者だ」


 ――え。ひ、姫!?


「実は先日、王女様と食事のメニューについて喧嘩をされたようで、泣きながら城を飛び出していってしまわれたのだ」

「食事のメニュー」

「その……姫様は好き嫌いが多いお方で、なかなか食事を召し上がってくださらないのだ。それを王女様がたしなめられて、それで」


 カネルは困った様子でため息をつく。


 ――えええ。

 もしかして「ちょっとした事情」ってこれのことか!?

 だったら怒るぞまじで。


 しかし仮にリディが王族なのだとすれば、こいつらに狙われているという可能性も捨てきれない。

 いったいどうするべきか――と思っていたが。


「あああああ! カネルっ!?」

「ひ、姫様!? 貴様、もしかして姫様を――」


 カネルはオレを睨みつけ、剣を抜こうと――


「――って待って! 待ってください違いますって! オレはこいつが空腹で倒れそうだったからとりあえず助けただけで」

「そんな言い訳が通用すると思ってるのか? 誘拐でないのなら、なぜすぐ城に連絡しなかった」


 やばい。やばいやばいやばいやばい。

 後ろの2人もなんか殺気立ってるし!!!


「ち、ちょっと待って。違うの。この人が言ってることは本当よ。剣を納めなさい。私の命の恩人に無礼を働くつもり?」


 リディはオレとカネルの間に入り、1から状況を説明してくれた。


「……なるほど。それは大変失礼なことを。無礼をはたらいたこと、どうかお許しください。姫様に万が一のことがあったらと夜も眠れずにいたもので」

「ああ、いえ。分かってくれればそれで。でもまさか姫だったなんて。野獣に襲われる前に保護できてよかったです」

「本当に。近々改めてお礼に伺います。……姫様、帰りますよ!」

「リディ、迎えがきてよかったな。この山は本当に危険なんだ。もう家出して山に迷い込むなんて馬鹿なマネはするなよ」


 これで一件落着。

 ここにいる誰もがそう思った。しかし。


「嫌よ。私は帰らないわ」


 リディは腕を組み、怒った様子でふいっとそっぽを向いてしまった。

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