第3話 完璧なデートの相手

 もうすぐ大型連休を迎えようという頃、私はミサがセッティングした「ブラインド・デート」の現場に向かっていた。


 時刻は午後六時。待ち合わせを夕方にしたのは、万が一相手と合わなくて、退屈なデートの時間を長々過ごさせられるのは避けたかったからだ。


 表参道を歩きながら、ショーウインドウに映る自分の姿を横目で見る。薄化粧に見えるがしっかりと時間をかけたメイク、あざとさを極力感じさせないようにしつつ、女性らしさと知的さを意識したくすんだピンク色のとろみブラウスに、ホワイトカラーのハイウエストパンツ。細い足首を見せるために、裾はくるぶしが見えるものにした。歩き回ることを考えて、靴は踵の低いパンプスだ。


(我ながら、なんか意識しすぎて気持ち悪いかも)


 ピカピカに磨かれたガラスに映る自分を見て、そう思った。そして、完璧に装った自分がなんだか滑稽に見えて、耳や首につけた装飾類を、道端で外して財布のポケットに突っ込んだ。


(今日は、気晴らしに、ちょっとスリルのあるデートを楽しみに来たんだから。だいたい思い起こせば、ミサが紹介してくる男なんてろくな男がいなかったし)


 実はミサが男性を紹介する、と言ってきたのは、今回が初めてではない。ブラインド・デートという形式は初めてだったが、男女四人で遊ぼうとか、合コンしようとか、そういった形での紹介なら何度かあった。そして回数を重ねるうちに気づいたのだ、彼女は自分が「素敵だ」と思うような男を、絶対に私には紹介しないということに。


(結婚したからって、性根がそんな簡単に変わることもないだろうし。期待するだけ無駄だわ)


 待ち合わせ場所の表参道ヒルズの入り口に着いた。この辺りも自分が十代の頃に遊びに来ていた時とはだいぶ街並みが変わった。古い建物は壊され、不可解な形をしたデザイナーズ・ビルディングに次々と差し変わっていっている。


(ええと相手の服装は……紺色のジャケットに、白いカットソー、黒のパンツに……)


「山並さん?」


 頭上から降ってきたその声に、驚いて飛び退いた。どうやらスマホの画面に夢中になって、彼の近づいてくる気配に鈍感になっていたらしい。そして声の主を見上げて、私は息を呑んだ。

 そこに立っていたのは、漆黒の短髪に形の良い高い鼻、若干吊り上がっているが二重の綺麗な瞳を持つ、メガネの男だった。服装はミサから連絡があった通り。間違いない、この男だ。


(なんか、想像してたのと違う。こんなに整った顔立ちの男を紹介するなんて、ミサらしくない)


 ミサが紹介する男は、どこかしら「この人は彼氏にはちょっとな」という部分のある男だった。ファッションがいけてないとか、会話のセンスがないとか、とにかく何かしら欠けているところがある男が多かった。そしてミサはとんでもなく面食いで、イケメンは絶対に自分が狙うというタイプだったのだ。


(いくら結婚したからって、友達に自分の好みのタイプを紹介するようなやつじゃないと思うんだけどな)


 そんなことをぐるぐると考えていたら、男が再び声をかけてきた。


「あれ、違う? 服装からして、そうだと思ったんだけど」


「あ、はい、すみません。山並です。ちょっとこういうの慣れてなくて。なんて返事したらいいかわからなかったので」


 慌てて返事をして、改めて相手の顔をまじまじと見る。体つきまでジロジロ見たら、なんだか変態みたいなのでやめておいたが。肩幅がしっかりあって、スポーツか格闘技でもやっていそうな感じだった。


「俺の顔になんかついてる?」


「ああ、いえ、なんでもないです」


 ここまで完璧な男に来られてしまうと、なんだかいたたまれない。ちょっと冒険してそれなりに会話を楽しんで、美味しいお酒をいただいて、あと腐れなく今日は別れてそれでさよならのつもりだったのだが。


 なんだか緊張感のあるデートになってしまったことに、私は心の中で密かに、頭を抱えていた。

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