第十四章 恋は思案の外(1)
総督府の来訪によって大いに動揺し、ともすれば弱腰になりかけた城内を、一学及び新十郎が叱咤したことで、城の中は落ち着きを取り戻したようだった。
新十郎は城の広間に集う老臣らを前に、会津が謝罪降伏の条件を呑み、嘆願書を提出するにまで取り付けたことを報告する。
その場には藩主長国の代理として世子五郎君も同席し、また瑠璃もその傍らに席を宛てがわれていた。
「各々方、ここからが正念場よ。会津の降伏をなんとしても受理させねばならぬ」
「奥羽の諸藩が一致団結してこの嘆願を届け、今も攻撃をせっつくばかりの総督府を黙らせてやりませんとな」
新十郎はちらと五郎と瑠璃を順に見て、鷹揚に頷く。
会津へ赴き、新十郎は勤王の志を盾に降伏を説いたという。徳川方に味方すると方針を定めはしたが、帝に敵対しようというわけではない。それは会津も同じである。
和左衛門の
「我らはまたすぐに白石へ出立せねばなりません。奥州の二十七藩を白石に集め結束を呼び掛けることになりましょう」
そこで、と新十郎は居並ぶ重臣の顔を眺め回した。
中には和左衛門の姿もあったが、静かに瞑目し、事の次第を粛々と受け入れているようにも見える。
「若君を立て京に上るという話が俄に持ち上がったこと、今この場において正式に棄却を決定すべきと存ずる。皆様方の中に、異存は御座いませんな」
強く念押しするように、新十郎の目が鋭く光る。和左衛門が喉の奥で微かに唸るのを聞き取った者はいなかった。
会津が降伏し、総督府がそれを容れるのなら何も問題は無い。
そこに口を挟む者はなく、和左衛門本人も口を噤んだままであった。
「しかし、やはりいつ兵を動かす事態になるやも知れぬ」
「総督府の目も依然厳しい。となれば、白河の守備隊は無論のこと、国境へ配した兵も現状を維持せざるを得ませぬな」
「殊に若い者の薩長に対する反感は強まる一方であるし、軍の強化は引き続き急務となろうの」
「だが、総督府は会津の降伏を受け容れるのだろうか」
「なればこそ、奥羽全土で会津を擁護せんとするものぞ」
騒めく一同の声を制するように、一学は声を張ったのであった。
瑠璃はちらりと義弟を横目に覗い、話の進んだところで適当に場を抜けようと試みた。
五郎に対しては敵意も何もないが、度重なる呼び出しを断り続けているという後ろめたさもあり、先に退座することで散開した後に呼び付けられるのを未然に防ごうという魂胆である。
が、それは新十郎によって敢無く阻止された。
「瑠璃様、今暫しお留まり頂けますように」
「えっ!? ま、まだ何かあるのか……?」
「瑠璃様も励んでおられます砲術並びに新式の調練についても、お話がございますのでな」
にっこりと微笑む新十郎の顔には得体の知れぬ迫力が漲り、有無を言わさぬふうであった。
***
「奥羽諸藩が団結などすれば、それこそ総督府側は更なる強硬策に出るやもしれませぬ。一層、奥羽鎮撫に躍起になりましょうぞ」
「しかし奥州の諸藩が集う中にただ一国、異を唱え足並みを乱す真似をすればただでは済まぬ。座上が自らそなたの策を持ち出し、それ自体を中止と宣言したからには、慎まねばならない」
まだ声も変わらぬ若い世子が、老齢の臣を窘める。
奥御殿に下がるや否や、和左衛門は苦渋の色を隠すでもなく若殿五郎君の側に心中を吐露したのだった。
「義姉上様はどうお考えなのかな。義姉上様とはいつお話し出来るだろう」
ぽつりと溢れた声に、和左衛門ははっとして頭を垂れた。
「も、申し訳ございませぬ。瑠璃様は日々、やれ砲術だ、お忍びだ、談義だとご多忙にあらせられ……」
「私は何か、知らぬ間に義姉上様に嫌われるようなことをしてしまったんだろうか。先程も、話は愚か、ろくにこちらをご覧にもなっては下さらなかった」
朝の挨拶に同席しても素っ気なく、近付くことを拒まれている気さえする。と、そう言って品の良い顔を曇らせて俯く傍らに、和左衛門は咄嗟に口を挟んだ。
「いえ! 決してそのようなことはございませんぞ。それがしが必ずや、瑠璃様にお引合せ申し上げまする」
「よい、和左衛門。いずれは義姉上と夫婦となり、共にこの国を守り行かねばならぬと思っていたが、どうもあまり好かれてはいないらしい」
寂しげに肩を落として力なく笑った顔は、どこか痛ましさを感じさせる。
相当の覚悟を持って丹羽家へ入ったであろうその心情が憂いに染まりつつあるのを目の当たりにし、和左衛門は伏して顔を歪めたのであった。
***
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