第十二章 恭順の翳り(4)

 


「………」

「二本松が早々に恭順を示せば、攻撃の前に会津も降伏するだろう。恭順した後に、謝罪降伏を受理するよう総督府へ働きかけることは出来るはずだ」

「諸藩に先駆けて恭順すれば、幕府や会津に同情的である奥州の諸藩が黙っているとは思えぬ。だからこそ藩主自ら姿勢を示し、今も一学らが奔走しておるのじゃ」

「しかし……!」

「中島殿!」

 銃太郎が再び黄山を遮った。

「……すまん。だが、姫さんなら殿様や執政を説得する術もあるかと思っている。それは町の奴らも同じだ」

 続けて非礼を詫びる言葉を残し、黄山は暖簾の奥へ引き下がった。

 その間も銃太郎は瑠璃の前を空けず、背後に隠したままだった。

 

   ***

 

 山へ帰る鴉の声と暮六つの鐘が谺するのを聞きながら、瑠璃は足取り重く城に程近い新丁まで戻ってきていた。

 黄山と別れてからここまでも、銃太郎は律儀に付き添ってくれたが、瑠璃が口を開かなければ実に静かな道行きであった。

 藩校前の通りを過ぎれば、城の門はもうすぐそこである。

 日は西の山脈の影に隠れ、入相に浮かぶ月が輝き始めると、残照の中に白い城壁が浮き上がる。

「さっきはありがとう」

 瑠璃は門へ続く道の手前に足を止め、銃太郎を振り返ると頭を下げた。

 黄山に悪意や敵意があるわけでないことは承知しながらも、ああも言い迫られるとどうにも気が萎縮してしまう。

 いつもなら二つも三つも言い返すところだが、藩是に掛かることとなると、下手なことも言えなかった。

「間に入ってくれて、助かった」

「……いや、礼を言われるほどのことじゃない」

 微かに宵の風が吹き、瑠璃は顔を上げる。

 視線の先では何故か銃太郎のほうが気落ちしたような暗い顔をしていた。

 日没のせいだけではない、昏い翳りがあった。

 恐らく先程の黄山と瑠璃のやり取りの中に、何かを感じ取ったのだろう。

 そこに触れることを憚っているらしいが、感情がそっくり顔に出ていた。

「こらこら、なんで銃太郎殿が傷付いたような顔をしておるのじゃ」

 瑠璃が軽く笑いかけると、銃太郎ははっと気が付いたように慌てて苦笑する。

「す、すまない。少し考え込んでいた」

「私が茶々を入れぬと、そなたはほんに無口じゃな。そんな暗い顔をしていては、明日篤次郎に何を言われるか分からぬぞ?」

 努めて朗らかに笑いかけると、銃太郎もまたぎこちなく微笑み返す。

「案ずるでない、新十郎殿や一学殿も悪いようにはせぬはずじゃ。私も今は報せを待つしか出来ぬ」

「瑠璃──」

「そういうわけじゃ、明日も道場へ参るからの! 宜しう頼むぞ、若先生!」

 思い詰めたような顔で言いかけた銃太郎を、瑠璃は意図して遮った。

 憐憫を向けられてよよと涙するような柄ではないし、人の良い銃太郎が親切心を見せたとしても、彼の立場で何かが出来るものでもないことは明白であった。

 

   ***

 

 総督府参謀・醍醐忠敬付きの長州藩士野村十郎が二本松を訪れ、会津への攻撃を開始するよう督促したのは、その翌日のことであった。

 これを受けて二本松藩は藩境の一つ、土湯へ六個小隊の兵を分けて配し、また仙台藩も総督府下参謀・世良修蔵の強硬な督促によって会津藩境へ兵を進めたのである。

 加えてその直後、醍醐忠敬並びに世良修蔵が二本松藩を訪れ、世子と会見した。

 その日、藩老丹羽丹波は腹心の羽木を従えて藩領南の郡山宿へ馬を駆り、代官役宅において仙台藩士と談判したのである。

 この事を皮切りに、二本松藩も急速に渦中へと引きずり込まれていくのであった。



【第十三章へ続く】

 

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