喫茶 はと いつまでも…
「素敵な結婚式になりました、ありがとうございました!」
「いえいえ♪」
「微力ながらですよ」
そして、ウエディングケーキは大好評だったそうだ。
「ぐうちゃんのこと、聞きました。お忙しい時に、すみませんでした…」
「ううん、気にしないで!ね?」
突然だった。
まさか、不思議な体験が、ぐうの旅立ちを意味していたなんて。
1週間、どうしてもツラかったから、店を休みにした。
気持ちを落ち着かせて、なんとか前を向く気になった所で、店を再開した。
あれよあれよと、季節は春となり、今は5月31日。
明日から6月だ。早いものだ。
「美歩ちゃん、綺麗で素敵で可愛かったなぁ♪」
「ありがとうございます」
朝歌の褒め言葉に照れる美歩さん。
相変わらず、仲が良いな。
「朝歌さん、そろそろですね」
美歩さんは朝歌のお腹をチラッと見た。
「うん、やっとここまで来たよ」
本当にそうだ。
「なんか、大きいですね?」
「うん、なんかね?」
1人にしては、大きいような。
でも、定期的に診てもらうと、エコー写真には1人しか写っていない。
「何はともあれ、無事に産むだけ!元気に出てきてねー!」
お腹を撫でながら、朝歌は赤ちゃんに話しかけた。
すると、「うっ…」と、朝歌は顔を歪めた。
「朝歌?」
「朝歌さん?」
「んー…いったぁ…」
えっ、もしかしてー…
「救急車呼ぶから、美歩さん朝歌に着いて下さい!」
「は、はい!」
店内は慌ただしくなった。
美歩さんの他に客が居なくて良かった。
※
まだかー…まだかー…
俺は椅子から立ち上がり、廊下を右に左に歩く。
落ち着かない、緊張する、心配も。
救急車が来てから、美歩さんには帰ってもらい、今は俺1人だけ。
あぁ…どうしよう…。
何にも出来ないのにな。
頭も体もぐるぐる回っていると。
赤ん坊の泣き声が、廊下にまで響いた。
「あっ…」
やった…やった…やったやったやった!
ガッツポーズをする。
分娩室から看護師が出てきた。
「お父さん、もう少し待ってて下さい」
「えっ?」
「もう1人、生まれるので」
「…」
そう言って看護師は分娩室に戻って行った。
数分立ち尽くした後、じわりじわりと熱い感情が湧いてきた。
「双子…てことか!?」
つい大きな声を出してしまった。
※
「朝歌、ありがとう」
「ううん、赤ちゃんたちが頑張ったからだよ」
まさか、双子だったとは。
男の子と女の子。
「隠れていたのは、女の子だって先生が言ってた」
「そうなんだ」
シャイなのか、はたまた男の子が目立ちたがりか。
「初めての子育て、いきなり双子だね」
「まっ、良いだろ」
「うん!」
1人だろうが、双子だろうが、俺らにとって喜ばしいこと。
あの子との約束、守んないとな。
「名前、考えた?」
「なかなか」
浮かんでは消え、浮かんでは消え、決まらない。
「候補は?」
「こんな感じ」
鞄から手帳を取り出し、開いて見せた。
「どれどれ~」
じっくりと見ると朝歌。
「どれも良いね~♪」
楽しそうに見ていると、「あっ!」と朝歌はある候補に指差した。
「いつき、さつき、これにしよう!」
明るく朝歌は言った。
「いつきは男の子、さつきは女の子。うん、決まり!漢字を決めよう♪」
「だな」
双子の名前が無事に決まった。
漢字は、
5月生まれ、唯一無二の存在に、彩り豊かな人生に、なるように願って。
※
カランコロン…
「「いらっしゃいませー!」」
元気にお客様を出迎えた子供たち。
「こちらにどうぞー!」
お客様を案内する唯月。
「足元に気を付けて下さい!」
気遣う彩月。
「偉いねー!」
すっかり看板息子の唯月と看板娘の彩月だ。
「メニューはこちらです!」
メニュー表を渡した唯月。
「ありがとう♪」
2人は小学校に入ってから、店の手伝いを率先してやっている。
今は、部活に入れる小学4年生なのに、部活より店の方が楽しいというから、嬉しいなと思いつつ。
「はい、お水です」
「朝歌さん、可愛いですねお子さんたち」
「ありがとうございます!」
双子の子育ては大変だった。
1人が泣き止むと、泣いてなかった方が泣き、2人同時に泣いたり。
夜泣きはなかっただけ救いだったが、本当に大変で。
1ヶ月は店を一旦休業にして、子育てに向き合い、2人で乗り越え、その後は親の力も借りて、保育園に通うようになってから、ようやく朝歌は店に復帰した。
楽しいことを中心に、すくすく育つ子供を見て、日々幸せだ。
これからも、大事に守る。それだけだ。
バタッ!
ポポーッ!ポポーッ!ポポーッ!
パタン!
午後4時のお知らせをしてくれた、鳩時計。
電池を換え、時に修理に出して、今日も時計は動いている。
これからも、よろしくな。
おわり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます