喫茶 はと いつまでも…

「素敵な結婚式になりました、ありがとうございました!」

「いえいえ♪」

「微力ながらですよ」


 美歩みほさんの結婚式は大成功だった。

 そして、ウエディングケーキは大好評だったそうだ。


「ぐうちゃんのこと、聞きました。お忙しい時に、すみませんでした…」

「ううん、気にしないで!ね?」


 朝歌あさかはニコニコしていた。

 突然だった。

 まさか、不思議な体験が、ぐうの旅立ちを意味していたなんて。

 1週間、どうしてもツラかったから、店を休みにした。

 気持ちを落ち着かせて、なんとか前を向く気になった所で、店を再開した。

 あれよあれよと、季節は春となり、今は5月31日。

 明日から6月だ。早いものだ。


「美歩ちゃん、綺麗で素敵で可愛かったなぁ♪」

「ありがとうございます」


 朝歌の褒め言葉に照れる美歩さん。

 相変わらず、仲が良いな。


「朝歌さん、そろそろですね」


 美歩さんは朝歌のお腹をチラッと見た。


「うん、やっとここまで来たよ」


 本当にそうだ。


「なんか、大きいですね?」

「うん、なんかね?」


 1人にしては、大きいような。

 でも、定期的に診てもらうと、エコー写真には1人しか写っていない。


「何はともあれ、無事に産むだけ!元気に出てきてねー!」


 お腹を撫でながら、朝歌は赤ちゃんに話しかけた。

 すると、「うっ…」と、朝歌は顔を歪めた。


「朝歌?」

「朝歌さん?」

「んー…いったぁ…」


 えっ、もしかしてー…


「救急車呼ぶから、美歩さん朝歌に着いて下さい!」

「は、はい!」


 店内は慌ただしくなった。

 美歩さんの他に客が居なくて良かった。



 まだかー…まだかー…

 俺は椅子から立ち上がり、廊下を右に左に歩く。

 落ち着かない、緊張する、心配も。

 救急車が来てから、美歩さんには帰ってもらい、今は俺1人だけ。

 あぁ…どうしよう…。

 何にも出来ないのにな。

 頭も体もぐるぐる回っていると。


 赤ん坊の泣き声が、廊下にまで響いた。


「あっ…」


 やった…やった…やったやったやった!

 ガッツポーズをする。

 分娩室から看護師が出てきた。


「お父さん、もう少し待ってて下さい」

「えっ?」

「もう1人、生まれるので」

「…」


 そう言って看護師は分娩室に戻って行った。

 数分立ち尽くした後、じわりじわりと熱い感情が湧いてきた。


「双子…てことか!?」


 つい大きな声を出してしまった。



「朝歌、ありがとう」

「ううん、赤ちゃんが頑張ったからだよ」


 まさか、だったとは。

 男の子と女の子。


「隠れていたのは、女の子だって先生が言ってた」

「そうなんだ」


 シャイなのか、はたまた男の子が目立ちたがりか。


「初めての子育て、いきなり双子だね」

「まっ、良いだろ」

「うん!」


 1人だろうが、双子だろうが、俺らにとって喜ばしいこと。

 あの子との約束、守んないとな。


「名前、考えた?」

「なかなか」


 浮かんでは消え、浮かんでは消え、決まらない。


「候補は?」

「こんな感じ」


 鞄から手帳を取り出し、開いて見せた。


「どれどれ~」


 じっくりと見ると朝歌。


「どれも良いね~♪」


 楽しそうに見ていると、「あっ!」と朝歌はある候補に指差した。


「いつき、さつき、これにしよう!」


 明るく朝歌は言った。


「いつきは男の子、さつきは女の子。うん、決まり!漢字を決めよう♪」

「だな」


 双子の名前が無事に決まった。

 漢字は、唯月いつき彩月さつき

 5月生まれ、唯一無二の存在に、彩り豊かな人生に、なるように願って。



 カランコロン…


「「いらっしゃいませー!」」


 元気にお客様を出迎えた子供たち。


「こちらにどうぞー!」


 お客様を案内する唯月。


「足元に気を付けて下さい!」


 気遣う彩月。


「偉いねー!」


 すっかり看板息子の唯月と看板娘の彩月だ。


「メニューはこちらです!」


 メニュー表を渡した唯月。


「ありがとう♪」


 2人は小学校に入ってから、店の手伝いを率先してやっている。

 今は、部活に入れる小学4年生なのに、部活より店の方が楽しいというから、嬉しいなと思いつつ。


「はい、お水です」

「朝歌さん、可愛いですねお子さんたち」

「ありがとうございます!」


 双子の子育ては大変だった。

 1人が泣き止むと、泣いてなかった方が泣き、2人同時に泣いたり。

 夜泣きはなかっただけ救いだったが、本当に大変で。

 1ヶ月は店を一旦休業にして、子育てに向き合い、2人で乗り越え、その後は親の力も借りて、保育園に通うようになってから、ようやく朝歌は店に復帰した。

 楽しいことを中心に、すくすく育つ子供を見て、日々幸せだ。

 これからも、大事に守る。それだけだ。


 バタッ!

 ポポーッ!ポポーッ!ポポーッ!

 パタン!


 午後4時のお知らせをしてくれた、鳩時計。

 電池を換え、時に修理に出して、今日も時計は動いている。


 これからも、よろしくな。


                 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る