11.捕まる
踊りを終えてふわふわした気持ちだったのに、監視兵の怒鳴り声で急激に現実に引き戻される。
……やっぱり見つかった!!
初は全速力で逃げ出した。軍人はどすどすと追い縋ってくる。初を捕まえようと手を伸ばす。初はサッとその手をかわした。
「このっ、すばしっこいガキだな!」
だが後ろから加勢がきた。三人もの男を相手に追いかけっこできるほど、初には体力が無かった。踊りの時とは打って変わって、日頃の疲れも一気に体に押し寄せていた。じきに初は腕を強引に掴まれた。
「やだっ、やだやだやだっ」
「黙れ、殺すぞ」
「……!」
初は軍人に引きずられながら、暗い中をどこかへと連れて行かれた。行く先に見えるのは白い建物。拷問部屋だ。
初は鳥肌が立つのを感じた。
……絹。助けて、絹。
絹が駆け寄ってくる。軍人に捕まれているのと反対側の手をぺたりと掴む。そして渾身の力で初のことを引っ張った。
「!?」
軍人たちは異様なものを見る目で初を見た。
小さな少女が腕をめいっぱい広げながら、恐るべき力強さでその場に留まろうとしているのだ。
「抵抗するな! おとなしくしろ!」
軍人は更に引っ張る。反対側から絹が引っ張る。
「うう、痛い、痛い、痛いよ!」
初の呻きを聞いた絹は、今度は初の体に抱きついて、その場で踏ん張った。だが軍人は腕を引っ張るのをやめない。
ガゴン!!
引かれている方の肩に激痛が走った。脱臼したのだ。軍人が勢い余って初の腕を離し、すっころんだ。
「何をやっている!?」
二人目の軍人が初を捕まえようとする。絹はその軍人に体当たりした。二人目の軍人は、目に見えない謎の力によって吹き飛ばされ、白い壁にぶつかった。
「なっ!? 何だ!?」
三人目の軍人が驚きながらも、初を小脇に抱えた。初は暴れた。絹も戻ってきて、三人目をボカスカ殴り出す。
「痛っ、痛いんだよ! 何すんだクソガキが!」
「何でこんな力が強いんだ、ドチビのくせに!」
「三人がかりでやれ! 部屋にぶちこめ!」
いかに絹の力が強くとも、三人の訓練された大の男には敵わなかった。初は白い建物の中に蹴り込まれた。バタンと扉が閉まる。ガチャンと金属の音がする。
初は両手首に、鎖付きの金属の輪っかをはめられていた。
「おいおい、随分と暴れたなあ。ま、俺は根性があるガキは嫌いじゃないぜ。さあ、さっさと歩け!」
白衣を着た男性が初の背中をドンと押す。初は肩の痛みで「うっ」と言った。
「ん? 何だあ? 脱臼してんのか? まあ被験体の骨の状態なんざ関係ないだろうが……まあいっか。それ」
ガゴン、と雑に肩をはめられて、初はまた「うっ」と言った。
「ほら、行け。とっとと行け。俺は忙しいんだよ」
初は白い壁の部屋を、よろよろと奥へと進んだ。奥には白衣の女性がいて、初の腕輪の鎖を掴むと、大股で歩き出した。
やがて建物内に見えて来たのは、狭い檻が並んでいる様子だった。檻の中には人が入っている。ぐっすり眠っている人もいれば、起きて震えている人もいる。何か喋っている人もいる。
「うぅ……おぉぉぉぉ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「皇帝様万歳、天神様万歳、皇帝様万歳、天神様万歳、万歳、万歳、万々々々々々々々々々々歳いぃぃぃ」
「うがっ! ……げぼっ! つらっ! つらいっ! ……つらいつらいつらい。ひいいいい!! つ、ら、いいいい!! つらいつらいつらいよう。だ、だ、だ、だ……だずげでぇぇぇ……」
「あはははやあお嬢さん新しい子だねこんにちはこんにちはようこそねえねえ仲良くしましょうこんにちはお嬢さんねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえあははははははははははははははは」
「うぅぅ……おぉぉぉぉぉぉぉああぁぁぁ……えいいぃぃぃぃぃぃぃ……おぉぉぉぉぉぉ……」
初は身を縮めながら白衣の人の後に続く。何か番号の書かれた、空きの檻の前まで辿り着く。初はそこに押し込められた。
白衣の人は鍵を閉めると、何も言わずにそこを去った。
せめてこれから何が行われるのか知らせてほしかった、と思いながら、初は白い壁に寄りかかった。身体中が恐怖でカタカタと震えていて、そのせいで手錠がガチャガチャとうるさく鳴っていた。
そこに、てくてくと絹が歩いて来て、檻を平然と通り抜け、初の隣にまで来てしゃがみこんだ。
「絹」
「ごめんね、初」
絹は赤い目で初を覗き込んだ。
「助けてあげられなかった」
「……お祭りなんてしなければ……」
初は小さい声で言った。
「こんなところには連れて来られなかったのに……」
絹はじっと初を見ていた。
「でもニギ神様は喜んでいらっしゃった」
「そんなの……。私はマガ神様より拷問部屋の方が怖い」
絹の目が大きくなった。
「そんなことを言ってはいけないよ」
「だって……絹は私が死んでもいいの」
「よくないけど、駄目だよ」
絹は立ち上がった。
「マガ神様を軽んじたら駄目だよ、初」
くるりと踵を返して檻を出る。
「ま」
初は手錠のはめられた手を差し伸べた。
「待って、絹」
絹は何も言わずに、しずしずとどこかへ行ってしまった。
それからしばらく、絹が初の前に現れることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます