第3章 苦痛

10.誰かが


 囚われた村人たちの思いはみな同じだった。

 「あれから一月が経つ」。

 最後に新留村のおじいさんたちがお祭りを取り行ってから、一月が。

 月の初めになる。

 でも誰もお祭りをできない。

 外の世界にも内の世界にも、監視人が大勢いて、ニギ神様信仰を禁じている。

 もしお祭りなんてやったら、殺される。

 でもお祭りをやらなかったら、マガ神様が来る。

 マガ神様が来たら大変なことになる。

 人死にも出るだろう。

 だが今だって沢山の人死にが出ている。

 皇帝様のご意向で人が殺されている。

 どうすればいい。

 どうすれば。


 ……。


 翌日、噂が壁の中を駆け巡った。

 勇敢にも、真夜中に、畑のど真ん中で、お祭りの踊りを踊った娘がいるらしい。そして監視兵に見つかった。

 その娘がどうなったのか、噂は錯綜していて真偽は明らかではない。殺されたかもしれない。

 だが誰もがほっとしていた。

 自分ではない誰かが、ニギ神様信仰の祭りを行なった。誰だか知らないが他人の犠牲によってニギ神様は守られた。これでマガ神様が来ることはない。

 ああ、良かった。良かった、良かった。自分がお祭りをしなくても、誰かがやってくれて。

 これでまたあと一月は、マガ神様を恐れることなくいられる。

 ニギ神様もさぞやお喜びだろう。


 でも、次の一月は? 次は誰がお祭りをやる? 自分はやれない。殺されたくないから。でもマガ神様は怖い。

 また次も、他の誰かがやってくれたらいいのに。

 自分ではない他の誰かが。


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