8.夢か現か
絹が他の子どもたちと一緒に広大な土地を歩かされている。ここには、目や手足や色んなところに障害がある子たちばかりが集められている。
絹は前がよく見えないから、よくぶつかったり転んだりしては、見張りの軍人に怒鳴られている。
良かった、絹は殺されていない。生きている。でも、どこへ向かっているのだろう? 日が昇ったばかりの、こんな朝早くに。
悪い予感がする。そっちへ行ってはいけない。だってそっちには……死体を埋めるための大きな溝があるはずだ。
死体処理に向かっているのだろうか。そうに違いない。きっとそうだ。土をかぶせたりとか、溝を広げたりとか、そういう作業をこれからやらされるのだ。絹にできるだろうか。ぼんやりとしか周囲を見ることのできない絹に。
絹たち一行は溝の前に横一列に並ばされていく。軍人が銃でそうするようにと脅したのだ。絹たちはちょっともたもたしながら、それに従って並び終えた。
ダダダダダァーンッ!!
あの骨の髄まで凍りつくような音が轟き渡った。
絹の綺麗な真っ白い頭部から真っ赤な鮮血が吹き出した。絹は溝の中に転がり落ちた。
「ああああああああああああああああああああああ!!」
初は絶叫しながら飛び起きた。何事かと周囲の子どもたちが迷惑そうに起き出す。
「な、何かあったのか」
「うるさい……軍人に聞こえたらどうすんの」
同じ小屋で眠る仲間たちが言ったが、初は聞いていなかった。
はあはあと荒い息を吐きながら、目尻の涙を拭う。そして何となく気配を感じて、横を見た。
そこには絹がいた。
「……?」
絹が膝立ちになって、初のことを見下ろしていた。
お祭りの時のような、白くて袖の長い着物と赤い帯を身につけている。
「絹? 生きてるの? どうしてここに……」
初がそう言うと仲間たちは怪訝な顔をしたが、構っていられないとばかりに各々再び眠りについた。
絹はにこっと笑った。
「私、ニギ神様の使者になったの」
初は首を傾げる。
「それは……生きてるの……?」
「魂はね、生きてるよ。肉体が死んだだけで」
「それは……」
初は悲しむべきか喜ぶべきか分からず、絹の目を見た。その色は以前より赤味が増して見えた。
「だからね、これからはずっと初のそばにいるよ。いいでしょう」
絹は依然としてにこにこしていた。
初は恐る恐る絹の手を取った。
ちゃんと触れる。温かい。
初はぽろっと涙をこぼした。ぽろ、ぽろ、ぽろぽろぽろと止まらなくなった。
「可哀想な絹」
初は言って絹を抱きしめた。
「でもこれからはずっと一緒なんだね?」
「そうだよ、初」
「もう離れ離れにならない?」
「そうだよ。もういなくなったりしない」
「う、うああ、うあああん」
初は声を押し殺して泣いた。
カンカンカンと鍋を叩く音が近づいてくる。
仲間たちは再び起き出した。
「……初、何で腕で輪っか作ってんだ? 何の格好だ?」
男の子が心底意味不明だというように問う。
「あんた本当に大丈夫? さっきから、誰かと喋ってるみたいな独りごとを言っていたけど」
女の子が眠そうに言う。
「うん……うん。そうなんだね」
絹の姿は他の人には見えないし、絹の声は他の人には聞こえないらしい。
初は絹から手を離した。
「何でもない。怖い夢を見ただけ。迷惑かけてごめん」
彼らはやれやれというふうに溜息をついた。
やがて、「起きやがれ、クソガキども」という怒鳴り声が小屋に飛び込んできた。
絹は、初が働いている間、ずっとそばに立っていた。それだけで初は元気が出てくる気がした。たとえ死んでしまっていたとしても……大切な人がいるということは、これほどまでに生きる力になるものなのかと、初は感動した。
「ありがとう、絹」
初は呟く。その度に気味悪そうに仲間たちが見てくる。心配そうに見る子たちもいる。だが無駄口を叩いたら殺されかねないので、みんなは無視して自分の仕事に集中する。
そうこうしているうちに、一月が経とうとしていた。
お祭りをしていたおじいさんたちが逮捕されて連れ去られてから、ちょうど一月。月の最初の日。
「明日はニギ神様のお祭りをしようね」
絹は寝る前に初の横に座って言った。初は目を丸くした。
「どうやって?」
「ニギ神様から笛をいただきました」
絹は懐から、朱色に塗られた笛を取り出した。初は更に目をまん丸にした。
「私が笛を吹くから、初は踊りを踊ってね」
「でも、そんな暇なんてないし、もし見つかったら……」
「マガ神様が来てもいいの?」
絹は真顔で言った。何だか強い圧のようなものを初は感じた。初はごくりと唾を飲んだ。
「よ、良くない……」
「だからお祭りをしよう。今お祭りをできるのは私たちだけなんだよ」
「……わ、分かった……」
「じゃあ、今日はゆっくり休んでね。お休み」
絹が初の目に手をかざした。初はすとんと深い眠りに落ちた。
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