推理と盗みは助手の仕事です
宇枝一夫
二刀流助手 ここに水産! い、いや、推参!!
― 私立
ひときわ目を引く美少女が二名入学してきた。
一年A組、
黒髪ロングに高校一年にして男子生徒を前屈みにさせる豊満な肉体。
クールビューティーと思いきや、始業式にクラスで行われた自己紹介では、無垢な笑顔を披露し、
”一人を除いて”
クラスの男子を虜にさせた。
もう一人は同じく一年A組、
クォーターだがその金髪は
”一人を除いて”
ひときわ目を引き、モデルのようなスレンダーな体型は、クラスの女子から感嘆のため息を漏らさせた。
そんな優子と真莉愛、二人の美少女の視線を一身に浴びる男子もまた、一年A組に存在していた。
この二人によって縄で縛られて、体育館裏でレジャーシートの上に正座させられて……。
― 春一番が吹き荒れる、始業式後の体育館裏 ―。
黒山優子はその胸を持ち上げるように腕を組み、白川真莉愛はその細い腰に両手を当て、ある男子生徒を見下ろしていた。
一年A組、
その名の通り空気のような存在感の男子高校生。
おそらく彼の自己紹介はほとんどの生徒が覚えていないだろう。
……目の前に立つ空貴の幼なじみの女子二人を除いては。
「えっとぉ……優子ちゃん、真莉愛ちゃん。僕が縛られている理由をきかせてほしいなぁ……。あと、この状態だとスカートの中が見えそうなんだけど……」
優子が「……あら、それがどうかしたの?」
真莉愛が「別に。今更空貴に見られてもどうってことないし……」
と、意に介していなかった。
「僕が何をしたか知らないけど、逃げないからほどいてくれないかなぁ?」
「……それは、あなたの返答次第ね」
優子が目を細め
「……まさか、忘れたとは言わせないわよ」
真莉愛が唇をとがらせた。
「えっ!?」
二人は大きく息を吸うと、若干前屈みになり、リップの塗られた唇から春一番に負けない息を吐き出した!
「「私の助手になりなさい!!」」
「へっ?」
黒山優子の父、黒山
『名探偵。
を執筆するベストセラー作家であり、幼い頃よりドラマを見ていた優子は
『こうこうせいになったらめいたんていになるぅ~』
を口癖にしていた。
そして白川真莉愛の母、白川
『華麗に参上!
の作者であり、彼女も幼き頃から
『こうこうせいになったらかいとうになるぅ~」
を口癖にしていた。
二人の”ごっこあそび”に付き合わされた空貴が、波乱の少年時代を過ごしたことは想像に
そして両主人公には、同級生の男子が助手についているのである!
『くうきくん。めいたんていゆうこのじょしゅになって!』
『くうきちゃんは、かいとうまりあのじょしゅになるんだよね?』
困った少年時代の空貴は
『ぼくたちまだこどもだから、こうこうせいになったらきめるね』
『やくそくだよ』
『ゆびきりだよ!』
「……あ~そんなこと言ったような気がしないでもないなぁ~」
呆けた空貴の口から声が漏れた。
優子が「……どうやら思い出したようね」
真莉愛が「ほんと、指切りまでしたのにさ」
「いやぁ~あの頃の優子ちゃんと真莉愛ちゃんってかわいかったなぁ~」
これ以上ひどいことにならないようと、空貴は話題を変えた。
”うっ!”と二人は息を止め頬を染めるが
「そ、そうねぇ、猫かぶりの真莉愛より私の方がかわいいだなんて、さすが私の助手ね!」
「腹黒の優子よりピュアな私の方がかわいいだなんて、私の助手にふさわしいわ!」
”キッ!”っと両者の間に火花が散る。
「や、約束を忘れていたのは謝るけど、僕の体は一つしかないし……」
優子が「まぁそう言うだろうと思って、真莉愛と淑女協定を結んであるのよ」
真莉愛が「優子が月水金、私が火木土ね。今週は実力試験があるし、とりあえず来週からね」
「よかった。日曜は休めるんだね?」
「「はぁ? じゃんけんで勝った方に決まっているでしょ!!」」
……二刀流助手の誕生である。
翌週の月曜日の放課後、空貴は優子の家へと向かう。
「さっそく今朝、事件が発生してね。助手の手も借りたいのよ……って、なんで真莉愛もついてくるのよ?」
「別にぃ。おじさまとおばさまに最近会ってないから挨拶ついでよ」
”ガチャッ!”と玄関のドアを開けると
「おかえり……あらあら二人ともお久しぶり~。空貴くん、おおきくなったねぇ。真莉愛ちゃんもきれいになって!」
優子の母が出迎えた。
「「こんにちは。おじゃまします」」
(……この匂いは?)
月並みの挨拶の後、空貴の鼻を何かがくすぐった。
「あら、やっぱり匂う。お父さんが書斎で缶詰になっていてね。ああ、そうそう、”アレ”がなくなったから買ってこないと……。母さん買い物に行ってくるけどあまり騒がないでね」
母親は申し訳ない顔をするが、真莉愛は笑顔で答えた。
「私は大丈夫です。
『一冊書くのにウイスキー十瓶必要』
といわれるほど龍二おじさまのお酒好きは有名ですから」
そして優子の部屋へ。
「意外ときれいに片付いているわね。もし私がついて来なければエロいことでもするつもりだったの? その枕の下に“アレ”を隠してあるとかさぁ~?」
「ま、真莉愛! あんた何を!?」
「それで優子ちゃん、事件ってなに?」
慌てる優子にかまわず空貴はさらっと問う。
「じ、実は、レアスィーツの『プリプリジャンボプリン』が、盗まれたのよぉ!」
空貴は横に座る真莉愛をジト目で見るが
「言っとくけど私じゃないわよ。アリバイがあるし、おばさまが『おひさしぶり』っていってたでしょ? ここ最近、優子の家にはおじゃましてないから」
「さすがエセ怪盗。自己弁護の術が
「なんですってぇ~!?」
「と、とりあえず状況を話してよ」
「状況も何も、昨日麗子お姉ちゃんが買ってきてくれたプリンを冷蔵庫にしまって、寝る前に牛乳を飲んだ時はちゃんとあったけど、今朝食べようと思ったらなくなっていたのよ」
「容器とスプーンは?」
「空の容器はキッチンのゴミ箱、スプーンは洗い桶の中にあったわ。あと、ちゃんと名前は書いておいたわよ」
「……ということは、犯人は自室ではなくキッチンで食べた可能性が高いか? プリンは何個買ったの?」
「二個よ。一人二個までしか買えないから。もう一個はお姉ちゃんね」
「ねえ、実は麗子さんが二個とも食べたってことは?」
真莉愛の推理を優子は否定する。
「それはないわね。お姉ちゃん昨日のうちに食べちゃったし、いくら甘い物好きのお姉ちゃんでも、あのジャンボプリンを一度に二個も食べる勇気はないと思う」
「おばさまは?」
「お母さんは今ダイエット中だけど、どうなんだろう? ダイエットのリバウンドでって可能性はあるけど……」
「……そして龍二先生かぁ」
真顔で考える空貴の顔を、二人の女子は頬を染めながら眺めていた。
「まずは今家にいる龍二先生の書斎へ行ってみよう」
「「うん!」」
― ※ ―
「おお! おかえり優子……って、これはこれは真莉愛ちゃん! よく来たね。何なら今日は泊まっていってもいいんだよ!」
黒川龍二は二人の女子高校生に向かって満面の笑みを浮かべていた。
あきらかに、空貴の存在を空気にしているように……。
ウイスキーの匂いが充満している書斎では、“ある匂い”がしないことに空貴は気がついた。
「お久しぶりです龍二先生」
「……なんだ”マグロの息子”か」
ちなみに空貴の父、
『
を執筆している作家である。
『丸山出版の双璧』と謳われる龍二、美月であったが、発行部数は美月の方がやや多いため、龍二は一方的にライバル視しているのである。
空貴はこれまでのことを話す。
「……なるほど、朝、優子が騒いでいたのはこのことだったのか? それで私が犯人だと?」
「ご安心を。
『犯人から最も遠い人物から事情徴収する』
のはミステリーの定石ですから……」
「ふん! 言うじゃないか。しかし、母さんは今ダイエット中だから最も怪しいのはこの私じゃないのかね? しかし私は辛党だ。”普段は”甘いものなぞ食べないが……はてさてどうする?」
思わせぶりな龍二の態度。
「ところで先生。この部屋にチョコレートはありますか?」
「“今は切らして”母さんに頼んであるが……それがどうした?」
「そうでしたか。子供の頃よく頂いていたもので……。ちなみに先生は大のお酒好き。しかしアルコールを分解するために肝臓は糖分を消費する。普段はチョコレートを召し上がってますが今は切らしている。昨晩、甘いものを求めて冷蔵庫を開けたら……」
「あぁ~わかったわかった。犯人は私だ。本当は名探偵を気取る優子への問題だったんだがな……」
「ええっ!? おとうさんひっどぉ~い!」
「優子、あとで冷凍庫を開けてごらん。激レアスィーツの『ティラ・パン・ナタアイス』があるから、真莉愛ちゃんと食べなさい。ああ、ちなみに”二個しかない”からな」
「えっ!? あの幻の!? やったあ~!」
「龍二おじさま、ありがとうございまぁ~す!」
「本当は問題を解いたご褒美だったんだが、まさかマグロの息子が解決するとはな……」
― ※ ―
「いっただきまあ~す」
「さっすがわが助手ね」
優子の部屋では二人の美少女が満面の笑みでアイスを食べていた。
「はあ。むしろ糖分が欲しいのはこっちだよ」
ため息を吐き出す空貴だが、二人の笑顔を見ることがなによりの楽しみであった。
「空貴、明日は私の助手だからね」
「それはいいけど何するの?」
「ゲーセンで『三毛ニャンコちゃん』のぬいぐるみを華麗に盗むのよ!」
「それって、ただのクレーンゲームじゃ?」
「うるさいわね! ちなみに百円玉をたくさん準備しておくのよ」
「なんで僕のお金なんだよ~!」
完
推理と盗みは助手の仕事です 宇枝一夫 @kazuoueda
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