おくりもの

 ーーーー誰か助けて。


「はぁ、何でこんなもん買っちまったんだよ……俺」


 そう項垂れる男の前には、体は黒ずみ薄汚れているのに、髪だけは新品と疑うほどに綺麗なブロンドの、何年もいや何十年も前の物と思わしき西洋人形が佇んでいた。


「仕舞うかぁ……」


 中々の出費だったのもあり、捨てるのも忍びない。


 スペースは有ったかな、と押入れを漁っている最中、後ろからガタッと音が鳴った。


 ……丁度人形が居る所だ。


 ゆっくり振り返ると、人形は横に倒れてこちらをじっと見つめていた。


「えぇ……」


 この人形は友人から半ば無理矢理に売られた物で、あいつとは思えない程に金を欲してたからつい買ってしまった。


 今思うとあの異常さはこの人形のせいなのかもしれない。


 そんな邪推をする程にこの人形からは肌寒い不気味さが漂っていた。


「ま、そん時はそん時だよな」


 再び押入れの整理を始めたら、後ろからドンっと何かにぶつかられ、俺は吸いとられる様に意識を失った。


 ーーーー寒いーー熱いーー痛いよ。


 眼が覚めた時俺は、アスファルトの床に横たわっていた。


 起き上がっても何も見えない、肌寒い風が吹く暗闇だ。


 冷たい、凍え死にそうだ。


 体を擦ってたら、段々夜目が効き、ここが何処だか分かった。


 俺が居たのは、檻の中だった。


 どうなってるんだ? 拉致られたか?


 混乱する脳内を落ち着かせ対策を練る。


 そう、俺はいつだって、どんな事だって切り抜けて来たじゃねぇか、この俺に負けはあり得ない!


 キンキンに冷えきった体とは裏腹に、心へ灯火が宿ったのを確かに感じ、口角が上がっていく。


 これが開けられなきゃどうしようもねぇが。


 立ち上がり、鉄格子を揺らすがガシャガシャ言うのみで開く気配は一切ない。


 ま、開いてるわけないよな。


 ため息をつく俺を嘲笑うように、キイィと隣から錆びた扉の開く音が鳴った。


 どうやら他にも牢が有ったらしい。


「やった! やっとこの糞みたいな場所から出られる!」


 男が現れ、俺の檻の前にある扉を勢いよく開けた事で、漏れだす光により部屋が鮮明に見えた事により男の顔が見えた


 なっ


 俺に人形を売ってきた友人だった。


 お前! 待てよおい! 俺だよ!


 俺の声が聞こえてないのか、振り向きもせず扉の向こうへ行ってしまった。


 鉄格子をいくら揺らしても、気付き戻ってくる気配は一切ない。


 ……まて、あいつは何で出られた? 何か有る筈だ。


 ここから出るためのトリックが。


 手のひらの感触だけを使って部屋中を探す。


 壁際を指で探っていたら、何か冷たくて固い物に触れた。


 これは、鉄の棒?


 握ると、前の壁が光り、鉄の棒……改め、とても刃零れしたナイフが照らし出された。


 壁はモニターになっているようで、画面端から眼がボタンで出来た熊のぬいぐるみがゆったりと歩いてきた。


 熊が中央へ着くと、引くほど不釣り合いなファンシーな曲が流れ、少女の声とポップな字幕で『つかいかた!』 と流れた。


 手をブンブンと振って踊る熊は、手元から手品師の様にポンッと花吹雪を咲かせ、ナイフを取り出した。


 そのナイフを両手に持つと、そのまま心臓部分へと突き刺すと、赤黒い液体を垂れ流しながら倒れた。


 そこで映像と音楽はブォンというノイズと共に消え、牢屋が静寂と暗闇に包まれた。


 …………これで自分を刺せっていうのかよ。


 ナイフを眺め、1つ深呼吸をした。


 大丈夫、俺はいつだって何とかしてきた、今回だってその内の1回に過ぎないさ。


 ナイフを両手に持つと、そのまま勢いよく胸へ落とした。


 胸に刺さったナイフは、痛みこそ無いが、その傷口からは無尽蔵に黒い液体が流れだし、液体は焼けているかの様に熱く、部屋中を覆っていく。


 熱い熱い熱い熱い熱い!


 まるで熱湯でもかけられたかの様に熱く、その熱さの中数多の人の声、いや叫びが脳を駆け巡り精神を犯していく中、俺は意識を失った。


ーーーー絶対に許さない。


 意識を取り戻した俺に、体を突き刺す様に眩しい人工の光が浴びせられていた。


 壺、人形、書物に様々な雑貨、ここは店、それもアンティークショップか?


 さっさと取り憑く相手を探さないとな。


 …………?


 気のせい……か。


 持ち前の精神力でモヤモヤを取っ払い、取り憑く相手を探す。


 といってもここは棚の上部らしく、手に取ってもらうのは中々に難しい。


 それにこの高さ、人形の体で落ちればそのまま割れてしまうだろう。


 何か無いか隣を見たら、同じ様な西洋人形が並んでいるのに気付く。


 そうだ! これを落とせば誰か来るんじゃないか?


 ガタガタと体を動かす。


 手は短く使いものにならないので、仕方なく横になり頭で小突くと、人形はバランスを崩し、頭から真っ逆さまに落ちて行った。


 ガシャン!!


「大丈夫ですか?」


 店の奥から青年の声が響く。


「あっちゃー割れちゃってるよ、ってあれ? 驚いて帰っちゃったかなぁ? 困るなぁ……」


 現れたのは腰の曲がった、憎たらしい老人だった。


 この位置なら、このまま落ちれば取り憑けるな、失敗したら即御陀仏。


 だが。


 俺なら行ける。


 少し後ろへ下がり、勢いをつけて棚から転がり落ちた。


 いけぇーーーー!!


 飛び降りた先は老人の背中、可動域の狭い腕で背中に触れた。


 よっしゃ、触れた!


 床に落ちる直前、俺はまたあの黒い液体に飲まれていく、だが今回は前回とは違って何だか心地良い。


 液体から抜けたら、また元の牢の中へと戻った。


「成功した、のか?」


 俺の問いに答えるようにキィィと檻が開く。


 「やった! これで出られるぞ!」


 俺は暗闇に慣れぬまま、体をあちこちにぶつけてもなお急いで扉の先へと向かう。


 扉を抜けた先は、赤い絨毯の敷かれた豪邸の一室だった。


 パチパチと燃えた暖炉の前で先程の老人が安楽椅子に座り、ギィギィと揺れていた。


「あの小娘、一切自分が魔女だと認めん、いい加減認めれば楽にしちゃるのにな」


 また鳴り出す椅子、どうやらこちらには気付いていないらしい。


 俺はナイフを構え、今度は外側へと向けて勢いよく落とした。


「グッ 小娘! どうやって抜け出した!」


 老人の腕から髪だけでなく全身が綺麗な西洋人形が床に落ち、飛び散った黒い液体が人形にかかった。


 まだ息がある。


 俺達は背中に向けて何度も何度もナイフを突き刺した。


 背中に刺さったままのナイフからは黒い液体が流れだし、その液体はそのまま部屋中を沈めてゆく。


 老人の息はとっくのとうに切れていた。


 心地よい液体から抜けると、そこは先程のアンティークショップで、隣には西洋人形が1つ。


「これは……」


 カランカランと入口から音がなった。


「いらっしゃいませ」


 俺は反射的に声を出し、隣に落ちていた西洋人形を拾い、次の標的へと向かう。


「すみません、娘にプレゼントを買いたくて……」


「でしたらこちらの人形オススメですよ」


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覗き窓 天空 @amasorasyuou

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