いまひとたびと鳥は鳴く シアとレン 1
楸 茉夕
1
彼は木刀を二本構えた弟子を見下ろした。
「……レン。一応訊くが、なんの真似だ、それは」
「これなら師匠に勝てるかと思って!」
「―――…」
はきはきとした弟子の答えを聞いて大きな溜息をつき、彼は木刀を片手で構える。誘うように揺らすと、レンは嬉々として打ちかかってきた。それを受け流して足払いをかけ、地べたに転がす。
「剣一本でも勝てないのに、なんで二本なら勝てると思ったんだ」
「二本なら手数も二倍じゃないですか!」
元気に跳ね起きたレンは、迷いのない瞳で言い切った。彼はもう一度溜息をつく。
「基礎ができてないのに応用ができるか? できないだろう? 一桁の足し算ができないのに二桁の足し算はできないんだ」
「でも、一本じゃいつまで経っても師匠に勝てません!」
「弟子に負けたら立つ瀬がない。俺がおまえの何倍生きてると思ってるんだ」
「三倍です!」
「二・四倍くらいだ。ともかく、二刀流は諦めろ。そういうのは基礎を固めてからだ」
「いやです!」
「はきはきと拒否するな。……まったく」
レンは妙なところで頑固なので、なんらかのかたちで納得しなければ、そこから動かなくなる。短くはない付き合いで身に染みている彼は、なんとか説得しようと
「ちょっと待っていろ」
自分の木刀を立てかけ、彼は稽古用の人形を引っ張ってきた。二体並べ、腕の部分に適当な枝を水平に渡す。
「二刀でこれを折ってみろ」
「はい!」
レンは謎の構えを見せ、
「やあっ!」
右手の木刀を振り下ろした。彼の予想と違って枝は軽い音を立てて真っ二つに折れる。
「折れました!」
「待て待て待て。今のはなしだ」
「どうしてですか! 折れましたけど!」
まっすぐなレンの疑問には答えず―――答えられず、彼は別の、もっと太い枝を持ってきた。二体の人形の腕に渡す。
「これを折ってみろ」
「はい!」
レンは素直に返事をして、再び二本の木刀を構えた。
「えい!」
今度は枝を折ることはできず、木刀を跳ね返されたレンはよろめく。構え直し、両手の木刀を順に叩き付けても、枝は弾むだけで折れない。
思惑通りになって、彼は胸をなで下ろす。
「折れないな。じゃあ、一本を両手で構えてやってみろ」
「はい!」
レンは素直に木刀を一本手放し、教えた型どおりに構えて振り下ろした。今度は二つに折れる。
「折れました!」
「うん。両手で構えた方が力が入りやすかっただろう? 見たとおり、威力も高い。まずは基本の型を、目を瞑っても出せるようになれ」
しばし考え込み、胸中での折り合いが付いたようで、レンはぱっと顔を上げた。
「わかりました! 師匠のことは別の手を使って倒そうと思います!」
「明るく倒す宣言をするな。あと、できれば手段は選べ。剣でどうにかしろ」
* * *
曇天の下、黒々とした大地が広がる。時折風が埃を舞い上げる以外、動くものはない。通常、戦場跡は烏などが煩いほどなのだが、今はそれすらも見当たらなかった。
半ばから折れた剣を見つけ、彼女は手を伸ばす。刀身は焦げてぼろぼろだったが、辛うじて形を保っている柄と鍔には見覚えがあった。しかし、持ち主の姿は見えない。あるいは、傍らの黒い塊がそうなのかもしれない。
遠雷が聞こえる。雨が近い。炎が呼んだのだろうかと、彼女は空を見た。
まだ降らない。雨ではない。けれど彼女の頬を雫が伝う。
「……勝ち逃げはずるいですよ、師匠」
微かな呟きに、応えるものはない。
了
いまひとたびと鳥は鳴く シアとレン 1 楸 茉夕 @nell_nell
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