王師

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 王宮に入った斎家は書物の包みを手に経筵が行われる部屋に急いだ。支度に手間取り、開始時間が迫っていたのである。そんな彼に背後から声がかかる。

「次修どの」

声の主は知っているので振り向かない。素早く横に並んでしまったからである。

「急ぎましょう、懋官どの」

 斎家の同僚・李德懋だった。

 まもなく二人は目的地に着いた。

 部屋に入りながら斎家は

「間に合ったようですね」

というと

「私たちも先程来たのですよ」

と穏やかな声が返ってきた。秀才と名高い丁若鏞だった。

二人が自身の席に着くとすぐに入口が開き、主宰の国王が姿を現した。一同は平伏した。

主宰人が席に着く。

「では始めようか」

 こうして、この日の経筵は始まった。

 本来の経筵は、学問に秀でた者が王に指導する場だった。しかし、現国王はあらゆる学問に通じていたので教授の必要はなかった。そのため経筵も王が臣下の指導したり、また王を中心とした政策その他についての研究機関の役割をするようになった。

 現在の経筵では武術書を作るための調査、研究を行なっている。

「さて、清国の武芸についてはかなり判明してきた。次は日本についてだな。朴検書官」

王に指名された斎家は持参した冊子を開き話始めた。

「周知の通り、日本は剣術が盛んで様々な流派が存在します。雲光、天龍、龍飛等の流派が我が国に知られていますが、現在、それらは絶えて無くなったそうです。柳生流が盛んとのことです。優秀な剣客も古くから多く現われましたが、個人的には宮本武蔵という人物が興味深く思います」

「あの二刀流の名人か」

王の反応に斎家は内心驚いた。主上は本当にあらゆることに通じていらっしゃる。

「はい、多くの名勝負を行ない、それらは今でも人々の間で語り継がれています」

「晩年には『五輪書』を著したらしい」

「はい、この書も現在でも広く読まれているようです」

「わしも一度目を通しておかねばならぬな」

「これだけ人々に親しまれている武蔵ですが、彼が始めた二刀流の方はあまり普及していないようです」

「日本の二刀流は、丈の長い日本刀を両手に持って戦うのだから難しいのだろう」

「はい、清国等では短刀や小型の武器なので両手で扱うに不自由がないのでしょう」

 その後、しばらくの間、日本の二刀流についての話が続いた。斎家は十分な下調べをしたつもりだったが、王の方がやはり詳しかった。主上は「王師」すなわち国王であり民の師匠になるよう努めているといわれているが頷ける話だ。

 この王に仕えることが出来て幸福だと斎家は実感するのだった。

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王師 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

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