国最強のパーティを幼馴染によって追放された俺、美少女に拾われ魔王討伐の使命を背負う。 今更真実に気がついても……もう、遅い……

猫山知紀

国最強のパーティを幼馴染によって追放された俺、美少女に拾われ魔王討伐の使命を背負う。 今更真実に気がついても……もう、遅い……

「ハル、お前をこのパーティから追放する」


 パーティの拠点で俺を待ち受けていたのは、パーティのリーダーであるヴォルフからのそんな言葉だった。


「えっ?」


 なんで、このタイミングで……。


 動揺する俺を、ヴォルフは冷たい目で見つめている。そんな彼の表情を俺は今まで見たことがなかった。

 ヴォルフと俺は幼馴染で、将来は世界を股にかける冒険者になるのだと一緒に誓いあった仲だった。


 だからこそ、ヴォルフの言葉が俺は信じられなかった。


「聞こえなかったか? さっさと失せろ……」

「ま、待ってくれ! これからだろ!? これから魔大陸に行って、魔王を倒そうっていう時じゃないか!? なんで今――」

「今だからだよ」


 俺の言葉をヴォルフが遮る。その威圧感に、寒くもないのに震えていた俺の体の震えも止まる。


「これから魔大陸に行って魔王を倒す。魔大陸での戦いは熾烈なものになるだろう。だから、今ここで足手まといは切り捨てなければならないんだ」


 ヴォルフの言葉は俺の心を抉った。


 実際、感じてはいた。徐々に開いていく俺とヴォルフの実力。剣を取り勇猛果敢に先陣を切るヴォルフに対して、剣に劣る俺ができることは支援魔法をかけることだけ。

 ヴォルフだけじゃない、もうひとりの幼馴染のユキナも超威力の魔法と、精霊を使役する力で後方支援を行うエキスパートだ。


 そして、そんな二人を灯火として、光に集まるように俺よりも優秀な仲間たちが集まった。

『紅の月』というこのパーティはそうして大きくなった。


 俺の実力は、今ではこのパーティの中でも下から数えたほうが早いだろう。それは分かっている。

 でも、それでも俺は……!


「納得できないって顔だな」

「……ああ」

「なら、はっきり言ってやるよ。お前みたいな奴がいるだけで邪魔なんだ。お前さえいなければ、俺達はもう魔王を倒せていたはずなんだ」

「そ、そんな言い方はないんじゃないか!?」


 俺は思わず声を上げる。だが、俺の言葉にヴォルフは冷笑を浮かべただけだった。


「ふん、支援魔法しか使えないお前が何を言っている? いい加減現実を見ろよ。お前は弱い。お前はこのパーティにいる誰よりも弱い。お前はお荷物なんだよ!」

「……っ」


 ヴォルフの言う通りだった。俺は強くない。

 俺には特別な力があるわけでもないし、天才的な頭脳や優れた身体能力を持っているわけでもない。

 ただ少しだけ他の人より支援魔法が使えただけだ。


 そんな俺がこの世界で生き残るためには、このパーティでみんなを支援するしかなかった。

 それでも、みんなの力になれていると思っていた。


 現実を突きつけられて全身から力が抜ける。


「……分かった。出て行けばいいんだろう?」


 なんとか絞り出せた言葉はそれだけだった。

 俺は自分の無力を知っていた。幼馴染3人でパーティを結成してから、いやもっとずっと前から感じていた劣等感の正体がこれだとしたら、きっと耐えられない。


 俺は拳を強く握りしめながら『紅の月』の拠点を出た。


 ◆ ◆


「あんな言い方でよかったの?」


 ハルが去った部屋で、ユキナはヴォルフにそう声をかけた。


「これでいいんだ。ハルには生きてもらわないとならない、魔王を倒すために……」

「そうね……」


 ユキナとヴォルフ、そしてハルは幼馴染で親友でもあった。三人は夢を叶えるために共に歩んできたのだ。

 しかし、今は違う。


「それにしても、まさか追放なんて手段に出るとは思わなかったわ」

「これしかなかった……。魔王討伐の王命が出てしまったからな」

「そう……」


 徐々に力を増している魔王、それに脅威を感じ焦った国王は、この国一との呼び声の高い冒険者パーティであるヴォルフ達『紅の月』に王命を出した。


『今すぐに魔王を討伐せよ』と……。


 魔王という存在はそれほどまでに強大な敵なのだ。

 だから、ヴォルフにはわかっていた。今魔大陸に乗り込んでも


 ――ただ殺されるだけだ、と。



 ◆ ◆


「くそっ!」


 パーティの拠点を後にした俺は、街中を当てもなく歩き回っていた。


「どうしてこうなったんだ……?」


 上手く行っていると思ってたんだ。

 俺の魔法でみんなをサポートして、順調に魔大陸へ乗り込む計画も進めてきた。

 なのに、なぜ突然こんなことに……。


「あっ」


 歩いているうちに、気づけば街外れまで来てしまっていた。

 街の喧騒から離れたそこは人気がなく、まるで世界に一人ぼっちになってしまったような感覚に襲われる。


「はは、バカみたいだな」


 ふと笑いがこみ上げてくる。

 俺なんかが、この世界を救う英雄になれるはずがないじゃないか。

 だって、俺には特別な才能も、特別な力も、特別な運命も何一つなかったんだから。


「どうすれば良かったんだろうな……」


 答えのない問いだけが口からこぼれる。


「――ん? あれは……」


 ふと、遠くに小さな人影を見つけた。

 子供かと思い目を凝らすと、そこにいたのは美しい少女だった。

 俺よりも少し年下だろうか?


 長く伸びた白銀の髪に、宝石のような碧眼。肌は雪のように白く、いやに小綺麗だったが、冒険者然とした格好をしていた。

 どこか幻想的な雰囲気を感じさせる彼女は、俺の視線に気づくと微笑みかけてきた。


「こんにちは」

「えっ!?」


 突然話しかけられた驚きと、彼女の美しさに俺は固まってしまう。


「あの、どうかされましたか?」

「いや、なんでもない!」


 慌てて頭を下げてその場を去ろうとする。


「待ってください! あなたは、冒険者の方ですか……?」

「そうだけど……」


 俺の返答に、なぜか少女は嬉しそうな表情を浮かべる。


「お願いします! 私達を指導してください!!」

「はぁ……?」


 唐突な申し出に、俺は間抜けな声を上げていた。


 ◆ ◆


「こちらです」

「あ、ああ」


 先ほど出会ったばかりの少女に連れられて、 俺達は森の中を進んでいた。


「ところで、君は一体誰なんだ?」

「申し遅れました。私はソフィアと言います。実は冒険者を始めようと、同い年の子達とパーティを組んだのですが、弱いモンスターにも手こずってしまって……」

「なるほど」

「それで、冒険者の先輩である貴方なら、何か教えてもらえるかと思って連れてきちゃいました」

「はは、それは光栄だな。でも、俺はついさっきパーティを追放されたばかりで……」


 俺は先程の顛末をソフィアに話す。


「そうなんですね……。でも、こう言ってはなんですが、ちょうどいいかもしれませんね。私達のパーティに入ってくれませんか?」

「俺が?」

「はい。この森にいるモンスターくらい楽勝で倒せるように鍛えてほしいんです!」

「うーん、確かに俺は支援魔法が得意だが、 戦闘はあまり得意じゃないぞ?」

「大丈夫ですよ! 私が守ってあげますから!」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……」

「ダメでしょうか……?」


 悲しげな顔を浮かべるソフィアに俺は言葉を詰まらせる。


「分かったよ。君がそこまで言うのなら協力するよ」

「本当ですか!?」


 ぱっと花が咲いたような笑顔を見せる彼女に、俺は思わず見惚れてしまう。


「ちょうど、着きました。他のふたりを紹介しますね」


 森の奥、少し開けた場所に小屋が建っていた。


「ここが私達が拠点にしている家なんですよ」

「へぇ、こんなところに……」

「さぁ中に入りましょう」


 促されるまま扉を開けると、そこには赤髪を短く切り揃えた女の子がいた。


「あっ、おかえりなさい」

「ただいま、リーネ」

「そちらの方はどなたかしら?」

「紹介するわ。この人はハルさん、 新しく私達のパーティに入ってくれることになったの!」

「ハルです。よろしく頼む」

「俺はルークだ。あんたが俺たちを指導してくれるのか?」


 部屋の奥の席に座っていた少年が、俺を見据えながらそう尋ねてくる。


「ああ、そうだ。といっても、俺はそんなに強くないけどな」

「ソフィア、この兄さんで大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ、だって……」


 ――星がそう言っているもの。


 意味はわからなかったが、ソフィアのその言葉には妙な説得力があった。


 その日から、俺は三人組の指導を始めた。


 ◆ ◆


「よし、今日はここまでだな」

「はい、ありがとうございました」


 俺が指導を始めて二ヶ月、三人はみるみると強くなっていった。

 正直言うと始めは自信がなかったが、追放された身とはいえ俺も元は『紅の月』の一員だ。

 冒険者を始めたばかりのソフィア達を指導するのは造作もなかった。

 なにより、ヴォルフの剣技とユキナの魔法を間近で見ていたことが、彼らを指導する上で大いに役立った。


「それにしても、随分と上達したな」

「はい! 私もみんなも、とても強くなりましたよね」

「ああ、そうだな」


 本当によく頑張っていると思う。彼らを見ていると、冒険者を始めたてだった頃の自分たちを思い出して、俺の指導にも熱が入った。


 ヴォルフと剣技を競い合って、俺が負けて、やりすぎだとヴォルフがユキナに叱られて。

 あの頃は楽しかったよな――。


 懐かしい記憶に思いを馳せながら俺は街を歩いていた。

 今日の稽古を兼ねた仕事を終え、俺達は報告のために冒険者ギルドへと向かっている。


「あの、『紅の月』が……」


 街の喧騒の中で、誰かの声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこにいたのは冒険者達だった。ただの世間話という風でもない、彼らは一様に青い顔をしていた。

『紅の月』という言葉に拒否感を覚えた俺だったが、嫌な予感が頭を過り、思わず足が動いていた。


「おい、何があった!」


 俺は冒険者の一人に声をかける。


「あ、ああ……、あんたも冒険者か? いや、それより聞いてくれよ。『紅の月』が壊滅しちまったらしいんだ……」

「なんだと!?」

「なんでも、魔大陸で全滅したとか……」

「……ッ!!」


 俺はその場を駆け出した。


 ◆ ◆


「そんな……」


 俺は唖然としながら立ち尽くしていた。


『紅の月』魔大陸にて全滅――。


 冒険者ギルドに貼られた掲示。そこには間違いなくそう書かれていた。


「嘘だろ……」


 俺の脳裏に、かつての仲間達の姿が浮かぶ。


「どうして……」


 俺はその場に崩れ落ちた。


「ハルさん……」


 ソフィアが心配そうな表情を浮かべてこちらを見る。しかし、今の俺には何も返すことができなかった。

 あいつらが全滅? ヴォルフとユキナが、みんなが?

 それに、なんでこんなに早く攻め込んだんだ。計画では魔大陸へ行くのは半年後だったはずだ。疑問が次々に頭に浮かんでくるが、どれも答えが出なかった。


『アイツらは俺を追放したんだぞ、何を悲しむことがある』


 俺の脳裏にそんな言葉が浮かぶ、俺を追放したパーティが、驕り高ぶった勇み足で魔大陸に乗り込み全滅した。


 ただ、それだけじゃないか。


「……ざまぁみろ」


 震える喉で絞り出した声は、誰の耳にも届かず。

 俺の目からは涙が溢れ続けた。


 ◆ ◆


「――大丈夫ですか?」


 冒険者ギルドで泣き崩れた俺をソフィア達三人は介抱してくれた。

 ギルドの部屋を借りて、ひとまず落ち着くまで休ませてもらうことにしたのだ。


「ありがとう。もう落ち着いた」

「そう、よかったです」


 ソフィアがホッとしたように息をつく。


「それで、どうするんですか?」

「……」


 リーネの言葉に沈黙する。

 確かに、これからのことを相談しなければならない。

 俺は目を閉じて思考を巡らせる。


「……ざまぁみろって思ったんだ」


 言葉を絞り出す俺に、3人の視線が集まる。


「俺を追放したパーティだ。魔大陸に行って壊滅? 当たり前だ、計画では魔大陸へ乗り込むのは半年後だった! 装備を整え、剣技と魔法を磨き、足りてなかった仲間を入れて! それで、それで……」


 ――絶対に一人も死なずに帰ろう。


 そう言っていたのに、あの日にすべてが崩れてしまった。


「あんなにひどい別れ方をしたのに、『ざまぁみろ』って思いたいのに、俺は……あいつらの死が悲しくてたまらないんだ」

「ハルさん……」


 ソフィアが優しく俺の手を握る。


「ハルさんは、『紅の月』のみなさんが、ヴォルフさんとユキナさんが、大好きだったんですね」

「…………」


 長い沈黙が続く。やがてソフィアが口を開いた。


「ハルさん、私達で魔王を倒しましょう」

「えっ?」

「私達はまだ弱いかもしれませんけど、でも、絶対に強くなれます! 私達と一緒に頑張りませんか?」

「ソフィア……」


 リーネも、ルークも決意を秘めた目で俺を見ている。


「みんな、……いいのか?」


 これは、俺の勝手な弔い合戦だ。3人まで付き合う必要などないはずだ、なのに――。


「私達はもう仲間です。仲間の大切なものを奪った魔王を、許せませんから!」

「そうだぜ! オレたち4人だってもう仲間だろ! 一緒に戦おうぜ!」

「みんな……」


 俺は再び涙を流しながら、大きくうなづいた。


「……ありがとう」

「はい!」


 3人が笑顔で応えてくれる。

 その瞬間、心の中にあった悲しみが、温かい何かに溶けていくのを感じた。


 そうだ、まだ終わっていない。

 もう一度、ここから始めよう。

 俺の冒険は、再出発したばかりなんだ。


 ◆ ◆


 ――十年後


「ソフィア、左だ!」

「はい!」

「ルークは前方に壁を作れ!」

「おう! お前ら陣を組め!」

「リーネ、弓隊の一斉照射!」

「おっけー!」


 あれから十年が経った、俺たちは魔大陸に乗り込み、群がるモンスターを相手に戦っていた。


 徐々に仲間も増え、パーティも随分と大きくなった。

 今ではかつての『紅の月』に勝るとも劣らない名声を得ている。

 そして、入念に準備を整えた俺達は『紅の月』がなし得なかった、魔王討伐に挑んでいた。


「これで終わりです!!」


 ソフィアが最後の一体を切り伏せると、あたり一面に一時の静寂が訪れる。

 遠くに魔王の居城が見え、その周囲にはわらわらとモンスターが集まっている。


「あれを相手にするのは骨だな」


 俺はパーティを二つに分けることを提案する。

 城の周りに群がるモンスターを蹴散らす隊と、城へ乗り込み魔王を討つ隊だ。


 城の外は指揮に慣れたリーネとルークを中心に、パーティの8割ほどの人員を割く、そしてソフィアと俺を中心とした少数精鋭で城へ乗り込むことにした。


「じゃあ、俺たちが突っ込むぞ。他のメンバーは援護してくれ、行くぞ!」

「はい!」


 ソフィアを先頭に城へ乗り込む隊は走り出す。


 途中現れる魔物や魔獣をなぎ払い、暴れまわって戦場を掻き回すルークたちの支援を受けながら、俺達一行は城の入り口へとたどり着いた。


 城の中はしんと静まり返っていた。


 魔物たちが建物を整備することなどなく、中は荒れ放題となっている。

 元は人間が使っていた城なのだろう。朽ち果てているが、豪奢な装飾品などがそこかしこに見て取れる。


「魔王がいる場所はおそらく最奥でしょう、急ぎましょう」


 ソフィアがそう言って歩き出そうとした時だった。


「――待て」


 俺は思わず足を止める。


「どうしました?」


 城の中、廊下に倒れ込んでいる人の姿があった。


「これは……」


 それは、白骨化した遺体だった。

 かつて、魔王討伐に挑んだ戦士の亡骸だ。


 視線を先に向けると、奥へ進む廊下に同じような遺体がいくつも確認できる。

 自分たちの未来の姿とは思いたくないが、警戒を怠ればこうなるという魔王からの警告のようにも思えた。


「……行きますか?」

「ああ、行こう」


 俺達は慎重に歩みを進める。

 時折、床に落ちている折れた剣が目に入る。

 どれもこれも使い古されたボロボロのものだ。


「……」


 俺は複雑な気持ちになる。

 彼らはこの城に、どんな思いを抱いて戦いに臨んだのだろうか。

 仲間との思い出? 家族への想い? それとも、ただ魔王を倒すためだけにやってきたのだろうか?


 しばらく廊下を進んだときだった――。


「ソフィア、来るぞ!」

「はい!」


 突如として現れたモンスターにソフィアは斬りかかる。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ソフィアが雄叫びとともに斬りつける。

 しかし、ソフィアの攻撃は大したダメージを与えていないようだった。


「硬いですね……」


 ソフィアが苦虫を噛み潰したような顔で呟き、再び攻撃を加える。

 だが、やはりその一撃では倒せないようだ。


「ソフィア! 一旦下がれ!」


 他のメンバーに前に出て時間を稼ぐように指示を出すと、俺は支援魔法をかけるために詠唱を始める。


「汝に宿りし聖なる力よ、今こそ目覚めよ!」


 俺の支援魔法の光が降り注ぐと、仲間の身体が青白く光る。

 これが俺の力だ。かつて『紅の月』を支え、今は仲間たちの牙となるこの支援の光で俺たちはここまでやってきた。


『紅の月』は追放されたが、今の仲間たちは俺を必要としてくれている。


 俺はもう一人じゃない。


 ソフィアがもう一度モンスターに向かっていく。すると、今度は先ほどまで効かなかったソフィアの斬撃が敵を切り裂く。他のメンバーも剣と魔法で追い打ちをかけ、モンスターが咆哮を上げた。


 その様子に安堵し、メンバーの気が緩んだときだった。


「危ない!!」


 最後の力を振り絞ったモンスターの攻撃がソフィアを襲う。俺はとっさに割って入り、モンスターの一撃をその身に受けた。


「ぐはっ!!」


 壁に叩きつけられ意識が遠のく。なんとか、顔を上げてソフィアの方を見ると、目に映ったのはソフィアがモンスターに止めを刺すところだった。


「ハルさん! 大丈夫ですか!?」

「おい!しっかりしろ! 」


 みんなが駆け寄ってくる。

 俺は痛みを堪えて体を起こすと、大丈夫だと笑顔を作ってみせた。


 仲間の一人が俺に回復魔法をかける。


「ありがとう、助かった」


 俺がお礼を言うと、仲間もほっとした表情を浮かべる。


 壁に手をついて立ち上がろうとしたとき、ぐらりと体勢が崩れた。

 俺の手が触れた壁が崩れ、その先に空間があった。


「隠し部屋……!?」


 部屋の存在に俺は驚いた。しかし、その驚きは目に映ったものですぐにかき消えた。


 部屋には二人の遺体があった。

 廊下に並んでいたものと同じ、始めはそう思った。

 だが、俺はその遺体から目が離せなくなる。


 一人は戦士だった。

 月の紋章の入った鎧、体を支えるように突き立てられた剣。

 そして、その戦士に寄り添うようにしている精霊の杖を持った魔法使い。


 ずっと近くで見ていた。忘れられるはずも、間違えるはずもない。

 その遺体は、ヴォルフとユキナだった。


「そん、な……」


 俺はふらふらと二人の元へと、おぼつかない足取りで向かう。

 そして二人に近づいたとき、突如として地面に魔法陣が描かれた。


「これは……、ユキナの精霊魔法?」


 夢を見せるように光の粒子が舞い上がると、生きていた時の二人の姿が浮かび上がる。

 だが、すでに重症を負った後なのか、二人は苦しそうな顔をしていた。

 そんな瀕死の二人が俺に語りかける。


「これを見ている者よ。魔王とは戦うな……」


 ヴォルフからの最後のメッセージだ。


「王都に、ハルという男がいる。魔王を倒すには……ハルの力が必要だ」

「なんで?」


 俺を追放したのに、お荷物だって言ったのに。


「そして、ハルに伝えてくれ……すまなかった、と」

「なん……で?」


 俺はいらないんじゃなかったのか? なんで、ヴォルフが謝るんだ?


「ハル、ごめんなさい。あなたを国に残すには、あれしかなかったの」


 ユキナがまるで俺に向かって話すようにそう告げる。


 俺を国に残すために……? じゃあ、二人は俺のために……?

 生気が消えていく中で、ヴォルフが俺に向かって腕を伸ばす。


「ハル、俺達の夢を叶えてくれ」


 ――ハル、世界を救え。


 そう言い残して、二人は消えていった。


 精霊の光が消え、辺りは静寂に包まれた。


「…………」


 何も言葉が出てこなかった。

 何が『ざまぁみろ』だ。ヴォルフも、ユキナも、ずっと俺の仲間だった。

 だが、俺だけが何も知らなかった。俺は二人に守られていたのに。


「……すまない。みんな、力を貸してくれ」


 これはパーティのみんなには関係ない、俺のわがままだ。

 だけど、俺はどうしても果たしたい。


「当たり前です!」

「行こう!」

「やるしかないね!」


 ソフィアを始めとした、みんなの力強い声が背中を押してくれる。

 そうだ、俺は一人じゃない。


「ありがとう、行こう……!」



 ――その日、一人の英雄が生まれ。


三人の夢が叶った。

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