第122話

 次の日から、毎日宗くんがうちに来るようになった。しかも午前中の、なかなか早い時間から。



 部活は?って聞いたら、あまりの暑さにお盆明けまで休みになったって。



 遅番の冴ちゃんや出勤前の実くんが居る8時前から居るのは、同じく出勤前の政さんが宗くんを車で送って来ているから、らしい。

 政さんは宗くんをうちの前でおろしてそのまま出勤するから会わないのだけれど、前日の夕飯に持って行ったタッパーや大量の宿題、意外と読書家な宗くんが何冊も本を持って来ているのが、車で送って来てもらっている何よりの証拠だろう。



 宗くんは朝からうちに来て、夜、辰さんか政さんが来るまで居た。



 辰さんの新しい病院兼住居が完成したら、これが普通になる。宗くんが毎日居る生活が。

 これがごく日常になるし、意外と宗くんは色々と………ちょっとした片付けとか、お腹に双子が居る冴ちゃんのサポート的なこととか、ご飯を作る実くんの手伝いとかをさっとやってくれるから、我が家的にすごくありがたい存在になりつつあった。

 ご飯を食べるときにぽろぽろ落とすから、もっとものすごく不器用なのかと思っていた。



 僕はどちらかというと何もしない……というか、明くんは無理しちゃダメって、やらせてもらえないから、これからはもっとありがたい存在になって行くんだろう。



 それが頼もしくもあり、羨ましくもあった。



「宗くん、うちに来るとゆっくりできないんじゃない?」



 せっかく部活が休みなのにって思って、冴ちゃんの寝る部屋兼居間で向かい合って宿題をやりながら聞いた。



 宗くんが来始めて3日目。

 そして、あおちゃんが来なくなって3日目。



 あおちゃんは、ちゃんと宿題をやっているんだろうか。やれているんだろうか。



「………邪魔?俺」

「違うよ‼︎そっ…そうじゃなくてっ………」



 僕が聞きたかったのと全然違う答えが返って来て、思わず大きい声が出た。

 そんな僕を見て、ふっと宗くんの顔が緩んだ。



 ………宗くんは、ぱっと見キツい顔立ち。

 奥二重というか、切れ長というか、ちょっと吊り気味の目で、普通にしていても怒っているように見える

 しかも照れや緊張や人見知りが炸裂すると不機嫌に見えるのもあるから余計。



 その宗くんが、こうして緩める顔が、好き。



「部活がないってだけで身体がなまりそうなぐらいゆっくりできてる」

「………ならいいけど。宗くん、うちで色々やってくれるから、大丈夫かなって」

「大丈夫。毎日食わせてもらってるのに、俺は親父や政のように食費が出せないから、その分できることをやろうってやってるだけだ」



 食わせてもらってるって………。



 増えた食費の宗くんの分は、辰さんが実くんに渡しているはずなのに。



 ………でも、色々やってくれていることが、宗くんなりの実くんへの対価なのかって謎が解けた。



 ご飯を作ってくれる実くんに、食費を払ってくれる辰さんに、ただ甘えるだけじゃなく、自分にできることで返す。



 それってなかなか、できることじゃないような気がする。



「………とか言って、明の前でいいカッコしたいだけ」

「………え」



 カリカリと、問題集にシャープで答えを書いていた宗くんが、書きながらぼそっとそう言った。



 どきんって、そういうのに、なるよね。僕の前でって………。



 不意打ちに、どきんって。



「………宗くん」



 宗くんが来るようになってから3日。



 僕たちは宿題をひと段落させると、決まって冴ちゃんの寝る部屋兼居間から移動して僕の部屋に行った。手を繋いで。



 移動して、そして僕の部屋で。



「………宗くん、そろそろあっち行こ」

「………禁断症状?」

「………うん、そう」



 宗くんの、さらに緩んだ顔に、僕の心臓がさらにどきんって、跳ねた。

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