第45話
高校に入ってすぐの頃、宗くんのクラスも受け持つ先生に、宗くんと双子?とか親戚?とかよく聞かれた。
双子説だけはきっぱりと否定して、でもその後どう説明していいのか分からなくて、えっと………って口ごもっている間にまあいいやって授業が始まる。いつもそのパターンだった。
宗くんが何て答えていたのか僕は知らない。でも、最近では特に突っ込まれなくなっていたし、学校で僕と宗くんが絡むこともないから、ああ、同じ名字のやつが居るんだなっていう認識で落ち着いたんだと思っていた。宗くんにもその方がいいのかなって。
それが今になって。宗くんが学校で僕を訪ねて来るなんて。
保育園時代は仲が良かったらしい宗くんと僕。
宗くんは僕のことを覚えていてくれているっぽいのに、今日までほぼ会話というものをしていない。なのに教室にって。
………何かあった?
手にしたお弁当を持ったまま、クラスメイトの好奇の視線を感じつつ、僕は宗くんが待つ廊下に出た。
「ど、どうしたの?宗くん。何かあった?」
変に緊張して、声が上擦った。
廊下の向こう、窓の方を見ていて僕を見ない宗くんに思う。………僕はやっぱり嫌われている?
聞いたのになかなか答えてくれない宗くんに、じゃあ何でわざわざ訪ねて来たんだろうと悲しくなる。
「………英語」
「え?」
「英語」
「英語?」
「え、英語の教科書、あるか?」
勝手に悲しくなっていた僕に、英語の教科書あるかって、それは意外な言葉だった。
こっちを見ない宗くんの耳が、どんどん赤くなっている気がする。
もしかして、宗くんの顔や耳が赤くなるのは、相手が実くんだから、じゃ、ない?
「だから英語の教科書」
「あっ………え、英語の教科書?あるよ?3時間目英語だったから………って、もしかして宗くん、忘れちゃった?」
「………」
「持って来るよ。ちょっと待ってて」
教科書を忘れた、とは言わない宗くんがちょっとかわいかった。
そして、教科書を忘れたから僕に借りに来たということが、嫌われてはいないのかもしれないって、嬉しかった。
宗くんの顔が赤くなるのも、単なる赤面症なのかもしれないと思ったら………何故か、安心している、僕。
僕はわたわたと自分の席に戻って、鞄から英語の教科書を取り出して、またわたわたと廊下の、宗くんが居るところに戻った。そのままはいって、英語の教科書を渡す。
「………返すの、帰りでいいか?」
「うん。いいよ」
「じゃあ帰り、持って来る。教室に居てくれ」
「うん。分かった」
ぼそぼそとこっちも見ないまま、それでも宗くんはありがとって言った。そのまま、結局僕の方を一度も見ないまま、自分の教室の方に行こうとした。そのとき。
きゅるるるるるるる………
宗くんのお腹が、今日も元気に盛大に、空腹だと叫んだ。
「お腹すいたね」
「………」
「宗くんもお弁当?」
「………パン」
「パン?」
「俺いつもコンビニのパン」
見ていた後ろ姿。見ていた耳がさらに赤くなったのが分かってつい話しかけた返事に僕は驚いて、え?ってなった。いつもコンビニのパンって。
「え、足りるの?」
「………全然」
「あ、朝は?」
「パン」
「朝も?」
「食パン」
「それじゃあ余計に全然足りないんじゃない?」
「………食った気はこれっぽっちもしねぇな。でもうち、誰も料理できねぇから」
「え⁉︎」
あんなにすごい勢いで実くんのご飯をかき込む宗くんが。
ぼろぼろとこぼしつつ、そのこぼしたご飯粒まで食べる宗くんが。
朝も昼もパンで、しかも宗くんの家の誰も料理ができないなんて。
「た、辰さんも?」
「できねぇ」
「じゃあ夜ご飯はどうしてるの?」
「平日は弁当取ってる」
「お弁当⁉︎」
政さんも、実くんのご飯をおいしいおいしいとたくさん食べていた。辰さんも褒めていた。
それは単純に実くんが料理上手だからと思っていた。
もちろんそれもあると思う。実くんが作るご飯はおいしい。
でも、それよりも。それ以上に、手料理に縁がないから………?
「あの、宗くん。僕今日おにぎりいつもより多めに持ってきたから、あげるよ」
気づいたら僕はそんなことを言っていて、持っていたお弁当を入れてある保冷バッグからおにぎりを取り出して宗くんに渡していた。
え?って、びっくりしている宗くんに、我にかえる僕。
………これ絶対、余計なお世話なやつだ。
なんて後悔は、先に立たず、だ。
「あ、ご、ごめんねっ。あの、これっ………実くんが作ったんじゃなくて、僕が作ったやつなんだけど」
「………」
「………ごめん。やっぱり実くんが作ったやつの方がいいよね。でも僕、体調がいいときはおにぎりだけ作らせてもらってて」
お昼ご飯のおにぎりは僕が作る。
これは中学の頃からそうだった。
僕が通う中学校は、給食かお弁当かを選べて、あおちゃんはいつも給食を食べていた。
でも僕は、実くんが作ったもの以外お腹が受け付けてくれないから、実くんにお弁当を作ってもらっていた。
実くんは仕事もあるのにって、毎日のそれが申し訳なさすぎて、おにぎりだけは、体調の良いときだけなんだけど、おにぎりだけは僕が。
思わず宗くんの手に持たせてしまったおにぎりをどうしようと思っていたときだった。
「食う」
宗くんが。
「え?」
「もらう」
「え、いいの?僕が作ったやつだよ?」
「明が作ったやつなら、余計に食いたい」
「………え」
僕が作ったやつなら。
言葉の内容とは裏腹なぼそぼそとした声に、僕はすごく………すごくどきんって、した。
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