第34話

「これはまた偶然なのに素晴らしくですねぇ、冴華さん」

「ええ、素晴らしく、ですねぇ」



 まさ、みの、むね、めい。



 もう一度頭の中で4人の名前をしっかりひらがなで繰り返して、本当だってそこで僕も気づいた。

 辰さんと冴ちゃんはお互いを見てのほほんと笑っている。



 僕はちょっと………どう反応していいのか。



 それは実くんもなのか、ルイボスティーを飲んでいる。政さんは言うだけ言ってうどんをすすり、宗くんはひたすらものすごい勢いで豚丼を今まさに完食して、ごとんって丼をテーブルに置いた。

 そしてごちそうさまでしたって、正座にピンと背筋を伸ばした姿勢で手を合わせている。



 ………それがちょっと………いや、かなり意外だった。ものすごく失礼な感想だとは思うけれど、もっと乱雑なのかと思っていた。適当、というか。言葉遣いから、勝手に。

 丼にはご飯粒ひとつ残っていない。キレイに完食。ものの数分で。でも、テーブルには何故かいくつもご飯粒が落ちていて、宗くんはそれを指で拾って………食べた。



 ………ティッシュ、使えばいいのに。



 ご飯粒はこれもまた何故か服にもついていて、宗くんはひとつひとつそれを指で取っては食べていた。

 そしておもむろに。



「じゃあ、次は『も』?」



 まみむめまで揃っているから、次は。

 ………次、は。冴ちゃんのお腹の、赤ちゃん。



「………宗よ。それはさすがに………」



 あれだけご飯に集中していた宗くんにも、ま行の話はどうやら聞こえていたらしい。

 確かに、見事なまでの『ま行』の流れで言えば、今冴ちゃんのお腹に居る赤ちゃんが『も』で二文字でも、実際おかしくて、おかしくはない。



 え、じゃあもし、『も』で二文字なら。



「『も』って言ったら………『もずく』?」

「………え?」



『も』って言ったら、『もずく』。



 何で。どこからもずくが。



 宗くんの発言に、辰さんと冴ちゃんは顔を見合わせて、政さんは『………宗よ』って絶句して、僕と実くんは、宗くんが笑うなって顔を真っ赤にするぐらい、お腹を抱えて笑った。






 宗くんの『もずく』発言にひとしきり笑って落ち着いてからは、また政さんの話になった。

 政さんは婚約者だったあの女の人のために、貯金をほぼ失い、多額のローンが残ったという。



 マンションを買うための頭金、結婚式場代、新婚旅行代、料理教室の授業料。そして婚約指輪、結婚指輪のローン………だけでなく、服や鞄や靴、アクセサリーにお化粧品や香水などなどなども政さんは強請られるままカードで買い与えていたらしい。



 ウソでしょ………って、実くんがそのまま絶句。貯金がなくて借金があるなんて、そんな金持ち金持ちした恰好して?あなた医者でしょ?って。



「医者だからこれだけで済んでると思うが?」

「そんなわけないでしょ。そもそも何でお金だけ渡すんですか?普通そういうのは一緒に行って申し込むものじゃないんですか?結婚式場もマンションも」

「………ちゃんとパンフレットやネットなどでは見ていた。それに結婚に関することは女性が主役だろ。俺は真美子さんがいいというもので良かったし、政さんは忙しいだろうからって言われたら………」

「それにしたってお金だけ渡すとかありえないでしょ?」

「………うるさい。放っておいてくれ。キミには関係ない」

「関係ないけど無関係ではない。親同士が再婚するんだから」

「それでも。それでもキミには関係ない」



 実くんは、うちの家計を握っていて、毎月のやりくりは冴ちゃん曰く厳しいらしい。

 僕は全然、毎日のご飯はおいしいし、スイーツ系も実くんは作ってくれる。お小遣いだってきちんともらっているし、文房具や本、服や眼鏡、あおちゃんとお出かけ用コンタクトまで買ってもらえている。何一つ不自由に思ったことはないから、その辺りのことは正直分からない。

 ただ、冴ちゃんは実くんはお金管理に厳しくて、しっかり蓄えてくれているから、最悪冴ちゃんと実くんが同時に働けなくなってもしばらくは困らないって言っていた。



 そういうのがあって、実くんは政さんのお金問題に引っかかりを感じているのかもしれない。



 バチバチと、前回顔を合わせたときと同様、ふたりの間に火花が散っているような気がする。



「父上、父上の女性を見る目のことで母上のことを出されたら、俺には何も言えない。結婚のことは父上の好きにしたらいい。でも俺は、女性はもう………信じない」



 政さんはきっぱりとそう言い切って、うどんのおつゆをごくごくと飲み干した。

 テーブルには、ネギや揚げ玉がぽろぽろと落ちていた。

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