お母さんも! お父さんも! お姉ちゃんも!

南木

お母さんも! お父さんも! お姉ちゃんも!

 魔神王が勇者リーズに倒されてはや数年――――

 あの後も紆余曲折あったが、世の中には平和が戻り、リーズもアーシェラとの甘い結婚生活を遠慮なく謳歌していた。


 そんな平和な世の中にあっても、リーズは剣の訓練は怠っていない。

 毎朝日の出とともに目が覚めると、町の中心から少し北にある村長宅から南の郊外にある森へと赴き、愛する旦那様が最高の朝食を作ってくれるまでひたすら訓練に励むのである。


 ある日のこと……リーズがいつも通り朝練のために森まで走っていこうとしたところ、いつもはまだ寝ているはずの娘がリーズの後についてきた。


「おかあさん……」

「あら、エスティ? もう起きたの、今日は早起きだねっ! えらいえらい……ってどうしたのその木剣?」


 娘のエスティはまだ5歳で、いつもは父親のアーシェラに起こされているのだが、この日はなぜか子供の訓練用の木剣を2本腕に抱え、若干眠そうにしながらもリーズの後について来ようとした。


「私ねっ、今日からお母さんといっしょに剣のくんれんしたいのっ!」


 父親似のクリーム色の髪の毛はまだ寝癖が飛び出し、母親譲りの金と銀の瞳はまだとろんとして眠そうだが、表情は真剣そのものだった。


「私ね、お母さんみたいに強くなりたいから……そのっ! だめ、かな?」

「ダメじゃないよエスティっ! えっへへ~、エスティは可愛いねっ! そんなこと言われたらお母さん嬉しくなっちゃうっ!!」

「あううぅ~」


 健気に剣を抱えながら首をちょこんとかしげるエスティが可愛すぎて、リーズは思わずぎゅっと抱きしめ、猛烈な勢いで頬ずりし始めてしまった。


「こらこらリーズ、そんなに強く抱きしめたら、エスティが苦しいって」

「あ、ごめん、つい」


 するとそこに、台所からエプロン姿のアーシェラが出てきて、エスティーをあまり強く抱きしめ過ぎないように注意する。

 もう母親になって何年もたつというのに、結局リーズの抱き着き癖は治るどころかむしろ強くなっているようで……


「早起きして訓練するのは偉いけど、怪我はしないようにね?」

「はいっ、お父さんっ!」

「うんうん、せっかくだから今日の朝ごはんはいつもより豪華にするから、楽しみにしててよ」

「「はーいっ!!」」

「ふふっ、エスティは将来はやっぱりリーズみたいになるのかな?」


 いつもより豪華な朝食と聞いて、リーズもエスティも目を輝かせ、あっという間に家の外に駆け出して行った。

 こんなところまで母娘そっくりなことが、アーシェラには微笑ましく覚えた。



 ×××



「エスティも双剣を使いたいの?」

「うん! お母さんが剣2本つかってるから、私もやりたいっ!」


 エスティがリーズの朝練に付き合うのは初めてだが、昼間の訓練や時々起こる魔獣との戦いで母親がどんな戦い方をするのかはよく知っていた。

 ゆえに、エスティもリーズと同じ戦闘スタイル……両手に剣を持って舞うように動き回る戦い方にあこがれるのも当然だった。

 とはいえ、リーズのこの戦い方はほぼ我流であり、正式な剣術スタイルでない以上、教えていいものかどうか迷ってしまう。


「普通は剣1本の方が戦いやすいんだけど」

「ううん、私は絶対に剣2本がいいっ! 私はお母さんみたいになりたいのっ!」

「お母さんみたいに……わかった」


 あくまで母親の剣技にこだわるエスティに、リーズは若干不安を隠せなかったが、娘がやる気になっている以上、無下にすることはできない。


「そのかわり、厳しくても、、ヤダって言わないようにね!」

「はい、お母さんっ!」


 そう言って始まった訓練は、意外と地味なものだった。

 リーズはエスティの両手に剣を握らせると、あとはその辺に生えている大木に向かってひたすら左右交互に刺突の素振りを繰り返させた。


「一、二、一、二」

「いっちにっ、いっちにっ」

「そうそう、リズムリズムっ!」


 一見簡単そうに見えるが、軽い木剣とはいえ訓練を始めたばかりの子供には連続の素振りはかなりきつい。

 10分もしないうちに、エスティは腕が動かなくなってしまった。


「はっ……はっ、はひっ……」

「初めてなのによく頑張ったよエスティっ! 少し休んだら、今度は足の訓練ね!」


 手が使えなくても足がある! ということで、次はリーズに続いて森の中をランニングする。

 なるべく木の根っこがないところをはしるが、それでも高低差があり、見た目以上に足への負担がかかる。

 近くを一周するころには、エスティの脚はがくがくになり、まるで生まれたばかりの小鹿のようになってしまった。


「あう……あうあうあう……」

「いいよエスティ! 疲れるのは訓練が効いてる証拠っ! お父さんがいっぱい朝ごはん作ってくれるから、もう少し頑張ろうねっ!」

「あさごはん……!」


 この後さらに、腹筋や背筋なども加え――――1時間たったころには、エスティは疲労困憊でとうとう寝てしまった。


「スヤァ……」

「よく頑張ったね、エスティ。そろそろ朝ごはんにしようか」


 そう言ってリーズはエスティの頭を優しく撫でると、彼女と彼女が持ってきた木剣を背負って、起こさないようにのんびりと家に戻るのだった。



 ×××



「お帰りリーズ、訓練お疲れ様」

「えへへ、ただいまシェラっ♪」


 訓練から帰ったリーズをアーシェラが出迎えると、エスティが背中で寝ていることをいいことに、二人は玄関で堂々と口づけを交わした。

 というか、この二人はたとえ娘の前でも口づけ程度ならあまり躊躇しないので、今更ではあるが……


「ん……んみゅ。おいしいにおいがするぅ……」

「おや、起きたかいエスティ。おかえり」

「あ、お父さんっ! ただいまっ! ご飯できてるの? お腹すいたっ!」

「食べる前に手を洗っといで。勿論リーズもね」

「「はーい」」


 家に入る前からすでに「おいしい」と断言できるいい匂いが立ち込めており、限界まで頑張って空腹になったエスティは、訓練で足が痛いのも忘れて手を洗いに行き、あっという間に食卓に着いた。

 それでも、リーズとアーシェラがちゃんと席に着くまできちんと待っていられるのは、二人の教育の成果だろう。


「お姉ちゃんおかえりー。お母さんとくんれんにいってたって?」

「うんっ!! 私も早くお母さんみたいに強くなるんだー!」

「ぼくもいきたかった」

「あはは、流石にクライスはまだちょっと早すぎるかな」


 食卓には、3歳になる弟のクライスが待っていた。

 朝起きたら姉に置いて行かれたことに若干不満だったが、アーシェラが宥めたようだ。


 この日の朝食は、リーズだけでなく子供たちの大好物のハンバーグが山盛りになり、あとはスクランブルエッグやベーコン、レタスとかぼちゃのサラダが周りを彩る。

 そして、バケットには半分に切られた丸いパンがいくつも入っており、これに好きな具材を挟んで食べることができるようになっている。

 もちろん、アーシェラ自慢のシチューも忘れてはいけない。シチューはほぼ毎日出てくるが、その日のメニューに合うように、味や具材が変わるので、飽きることはない。


「どうだい、訓練の後の朝ごはんは格別でしょ」

「うんっっ!! 今までで一番おいしいあさごはんかもっ!」

「ん~♪ もう最高っ!」

「あむあむ」


 朝ご飯を食べながら、エスティは初めての訓練のことについてアーシェラにも話した。

 思っていた訓練とは違ったけれど、それでも毎日の積み重ねが大事だから、これからも美味しい朝ご飯のために頑張る…………と笑顔で語るエスティ。

 アーシェラはエスティが娘でよかったと、改めて心の底から思うのだった。


「ふふっ、やっぱりエスティはリーズ似だね」

「えへへ、そうかもねっ」

「エスティは将来、お母さんみたいな強い人になりたいのかな?」

「うん! あ、でもっ、お父さんみたいに頭がよくておいしい料理を作れるようにもなりたいっ!」

「え?」


 てっきり将来はリーズになる方向を目指すのかと思っていたアーシェラだったが、お父さんみたいになりたいと言われて一瞬目が点になった。


「世界一強いお母さんと、世界一頭のいいお父さん、両方なれれば絶対に世界一すごいよねっ! だからお父さん、私にもお仕事教えてっ! あとお料理もっ!」

「まいったな、料理は良いとして仕事は流石に……」


 アーシェラはタダの料理が上手い父親ではない。

 かつて滅びた国を、よりよい国として生まれ変わらせるために、ほとんど国家元首のような存在になっている。

 かなりの激務なのだが、毎日の食事だけは絶対に手を抜かなかった。そんな父親の姿もまた、エスティにとっては目指すべきものの一つなのである。


「リーズとシェラ、両方を目指そうとするなんて、中々すごいこと言うのね……」

「まあ、今はエスティなりにいろいろと学んでいくのが一番だ。もしかしたら、いずれはもっと別の目標ができるかもしれないしね」

「えー、お姉ちゃん、お父さんにもなるの? お姉ちゃんがお母さんになるなら、ぼくはお父さんになろうとおもったのにー」

「えっへへー! 私はお母さんにも、お父さんにも、お姉ちゃんにだってなるもんねっ!」


 確かに、勇者と言われたリーズの武勇と、謀神と恐れられるアーシェラの知恵が合わされば、人間としてはまさに国士無双だろう。

 だが、片方を目指すだけでも大変なのに、両方目指すとなればその道は果てしなく険しいものになるだろう。


 それでも、リーズとアーシェラはエスティの無限の可能性を信じることにした。

 この子も、そしてクライスも、いつかは自分たちを越える――いや、越えてほしいと願った。


(シェラと結婚して、本当に良かった……こんなにすごい子供たちに会えたんだから)

(リーズ、それは僕も同じだよ)


 二人は目線だけで言葉を交わしにっこりとほほ笑んだ。

 そして、食欲旺盛な子供二人をゆっくり見守るのだった。

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