第一八話 判断ミス


 バスメドが大戦斧を振るい、最後の一匹であったジャイアントアーミーアントの首を断ち切る。すると、戦場にグール達の勝鬨が一斉に上がった。


「勝った……勝ったぞぉ!」

「村を守れた……俺達が守ったんだ!」

「「「うぉぉぉ!」」」


 一度苦汁を舐めさせられた怨敵に勝利を収めたのだ。その喜びもひとしお。

 遠吠えするかのように天に向かって、グール達は誰もが勝利の咆哮を上げていく。


「お疲れさま」


 そんな中、俺が声を掛けたのはバスメドだ。意外にも静かに佇んだままだったので、ちょっと気になったのだ。


「クラウ様……」

「勝ったのに、一体どうしたのさ」


 いの一番に勝鬨を上げそうな性格なのに、何故か思い詰めた表情をしていたのだ。何か気になる事でもあるのだろうか。


「少し気になる事がありましてな」

「気になる事?」

「ええ。クラウ様もご存知でしょうが、分隊のことです」


 あー、やっぱりそれは気になるよな。未だ姿を見せていないし。


「やっぱ、バスメドも気になる?」


 そう問い掛けると、バスメドは深く頷いた。


「五十匹程とはいえ、到底見過ごすことは出来ませんな。脅威であることには変わりませんので」

「そうだよなぁ。潜伏でもされたら堪ったもんじゃないし」


 たった今、二五〇匹もの軍勢を殲滅することが出来たんだ、たった五十匹くらい問題ないだろう、と思うかもしれない。けれど思い出して欲しい。今回は特別なケースだったと。


 今回、圧倒的な勝利を得られたのは、自慢するわけじゃないけど、俺が『圧制者』を行使して、戦場をコントロールしていたからだ。もし、俺がコントロールしていなければ、敗北を喫していただろう。それも多数の死傷者を出しての大敗北だ。

 たった五十匹とはいえ、グール達にとって未だ脅威であることは間違いない。


「うむ。確かにバスメドの言う通りじゃのぅ。直ぐにでも捜索するべきじゃな」

「あぁ。皆、激戦の後で疲労が溜まっているだろうが、捜索隊を編成しよう」


 やって来た村長にバスメドはそう答え、近くにいた者に早速指示を出している。


「なら、俺も手伝うよ。俺は一切戦っていないし」


 今回の戦いで、俺がやったことと言えば、『圧制者』によるサポートのみ。戦ってすらいないので全く疲れてないし。


 因みに、スフィアは一応戦ったよ? 一応と言ったのは、あれは戦いと呼べるものじゃなく、ただの食事だったから。「サイズ変更」によって巨大化し、ジャイアントアーミーアントを十匹近く体内に飲み込んで捕食していたのを、戦ったと言っていいのか判らないけど。


「いえいえ、クラウディート様はお気になさらず、お休みなられて下され」

「捜索など、俺らにお任せ下さい」


 捜索隊に名乗り出たんだけど、案の定、遠慮されてしまった。だが、今回は引き下がらないよ、俺は。

 激しい交渉の末、幾人かのグールを連れることを条件に許可を得られた。


 護衛なんだろうけど、どんだけ過保護なんだか……。俺、君達より強いよ? まぁそれは言わないけど。


 戦勝の宴はお預け。出来れば何の憂いも無く楽しみたいからね。さっさと後顧の憂いは無くしておこうか。


 ということで、早速俺達はジャイアントアーミーアントの分隊の捜索を開始することに。

 俺のお供は、バスメドと次期村長候補の女性、更に三人のグール達だ。


「バスメドが俺に付いて来ていいの? 戦士長だろ?」

「問題ありませんよ。村長が付いて行くよりマシですから」

「あー……」


 ちょっと前の事を思い出して、口籠る俺。

 バスメドが言う様に、最初村長が俺に付いて行くと言い出したんだ。あれには本当にビックリしたわ。

 流石に村の長が俺の供をするわけにいかず、結果としてバスメドと次期村長候補の女性が俺に付いて行くことになったのだ。

 戦士長もダメだろうと思ったのだが、村長よりは幾分かマシだし、結構時間が掛かってしまっていたので、抗議するのを俺は諦めたのである。


 まぁ気を取り直して、出発だ。


「助さん、角さん。行きますよ」

「えっと……スケサンとは?」

「私がカクサン? はっ⁉ もしや、名付――」

「――ストーーーーップ! それは違うから!」


 ちょっとした冗談のつもりが、危うく取り返しのつかない事になりそうだった。俺は慌てて言葉を遮る。

 あぶねぇー……。もう少しのところで、次期村長候補の女性の名がカクサンになるとこだったわ……。ネーミングセンスは無いと自覚している俺だが、流石に女性にカクサンは付けないぞ。


 変な冷や汗をかいてしまったが、気を取り直して捜索開始だ。


「さて。まずはジャイアントアーミーアントが別れたであろう地点に行こうか」

「はい! クラウ様、質問が有ります!」


 元気よく手を上げたのは、次期村長候補の女性だ。戦いの後なのに、大変元気がよろしい。

 俺が視線で促すと、女性は小首を傾げながら質問をしてきた。


「何でわざわざそこまで行くのですか?」

「そりゃあ勿論、分隊の痕跡を探す為だよ」

「痕跡、ですか?」

「そう。もし足跡なんかが残っていたら、凡その進行方向が判るでしょ?」

「あー、なるほど。その跡を追っていけばいいって事ですか」

「そういうことさ」


 納得した様に、うんうんと頷く女性。いや、他の者達も同様に納得顔を浮かべている。


「確かに、それならば行先も推測出来ますな。そこのお前、場所は判っているな?」

「勿論ですよ、バスメドさん。案内します」

「あぁ、頼む」


 バスメドも納得したようで、部下に先導する様に指示を出した。報告があった場所まで先導してくれるようだ。


 先導するグール男性の後に続き、魔の大森林を進む俺達。

 どうやらジャイアントアーミーアントの進軍経路を遡っているみたいだ。所々木々が押し倒されている箇所が多く散見された。


 暫く進むと、先導していたグール男性が立ち止まった。


「着きました」

「案内ご苦労。クラウ様、如何なさいますか?」


 バスメドが軽く労った後、俺の方へ向き直り指示を乞うた。


「んじゃあ、ちょっと手分けして痕跡を探そうか」


 俺がそう指示を出すと、一斉に辺りを捜索し出す一同。


「まだ一日と経っていないし、足跡なんかが残っていたらいいんだけど」


 そんなことを呟きながら、詳しく辺りを調べていると。


「ありました!」


 声を上げたのは次期村長候補の女性だ。もう見つかったのかと驚きながらも、俺は彼女の元に駆け寄った。


「これ、足跡じゃないですか?」

「どれどれ……」


 女性が指し示す箇所を見てみると、確かに足跡っぽい所があった。


《照合した結果、種族名ジャイアントアーミーアントが残した跡で間違いありません》


 サポートAIさんもそう言っているし、これがジャイアントアーミーアントの分隊が残した跡で間違いないだろう。


「これは間違いなく分隊の残した跡だね。方向は……あっちに続いているみたい」

「ふむ。見る限り、ほとんど左右に別れたようですな」

「そうだね。村から遠ざかる方向だ。とにかく行ってみよう」

「「「はい」」」


 分隊が残した痕跡を見失わないよう、俺達は慎重に進む。


「この先に何があるか、誰か判る?」


 何か心当たりは無いだろうかと、問い掛けると。


「村から離れていることは判りますが、それ以上は……」

「んー、何かあったっけ?」

「いや、俺に聞かれても……」

「特に何も無いんじゃない?」

「……」


 ほとんどの者が判らないと答えた中、次期村長候補の女性だけが何やら考え込んでいた。そして、神妙な表情を浮かべながら口を開く。


「……多分ですけど、この方向にコボルトの集落があったはずです」

「コボルト?」


 コボルトって、あのコボルトかな? 犬のような頭部をした、ゴブリンと並んで弱い魔物として有名なアレ。


「はい。少し頭の中で場所を整理してみたんですけど……うん、やっぱり間違いありません。この先にはコボルトの集落があります!」


 もう一度確かめるように辺りを見回した後、女性は一つ頷き、はっきりと断言した。


「コボルトか。もしや、村に訪れる奴らのことか?」


 バスメドが訊ねると、女性は深く頷く。


「そうよ。時々色々な作物を持って、物々交換に来ているわ」

「ふむ。何をしに、と思っていたが、そんなことをしていたとはな」

「バスメドは、村を守る事にしか興味が無いものね」


 ちょっとした皮肉を込めながら女性が言うと、バスメドはサッと視線を横に逸らした。


「あ、あぁー、あのコボルトですか。あいつら、いい出来の作物を持ってきてくれるんですよねぇー」

「そうそう。気の良い奴らだよな」


 バスメドをフォローするかのように、他のグール達が各々そんな事を口にするが、それってフォローじゃなく、バスメドを更に追い詰めていないかな? 部下でも知っていたことを知らなかったバスメドが落ち込んじゃっているし。


「そのコボルトとは細やかながらも交流はあったってことだよね?」

「ええ、そうですよ」


 俺は確認する様に問うと、落ち込んでいるバスメド以外の者達が首肯する。


「それは……まずいな」


 思わず呟く俺。次期村長候補の女性だけは意味を理解しているのか、神妙に頷いている。いや、落ち込み中だったバスメドも気持ちを切り替えたのか、真剣な表情を浮かべていた。


「クラウ様の仰る通り、かなりまずい状況だな」

「ええ。この足跡が示すように……」

「……標的はコボルトの村ってことだよな」


 口籠ってしまった女性の代わりに、俺が明確な答えを口にする。


「そんな⁉ 標的は俺らの村だけじゃないのか⁉」

「まずいぞ! コボルトは力ある魔物じゃない!」


 状況を理解した者達が、一斉に騒ぎ出す。決して深い関係では無かったものの、少しでも交流があった相手だ。彼らの心情はよく判る。


「とにかく、急いで行ってみよう!」

「「「はい!」」」


 とにかく急ぐ。まだそうと決まったわけじゃない。

 俺達はジャイアントアーミーアントの分隊が残した足跡を辿りながらも、魔の大森林を疾走する。


 そして……。


「「「……」」」


 誰もが声を失ってしまった。目の前に広がるのは、コボルトの村であったであろう残骸だ。家屋は倒され、至る所に転がるコボルト達の躯。

 そして、へばりつくように濃厚な血の匂いと、死の香りが充満していた。 


「……クソがッ!」


 やりきれない思いを吐露する様に、バスメドが悪態を付く。

 惨状を前にして、誰もがショックを受けていた。もちろん、俺もだ。


 この惨状は、間接的に言えば俺が招いてしまったものでもあるんだ。俺があの時、分隊を放置せずにいなければ……。


《それは違います、マスター》


 何が違うって言うんだよ。


《あの時の判断は間違っておりません。マスターの優先順位は、種族名グールを守る事にあって――》


 コボルトの村を守る事じゃないってか? そもそも存在さえ知らなかったのだから、俺は無罪だとでも言うつもりか?


《……》


 ふぅー。落ち着けって、俺。サポートAIさんに八つ当たりする事じゃないだろうが。

 悪い、サポートAIさん。八つ当たりなんてしてしまって。


《いえ、お気になさず》


 気持ちを入れ替えるように、腹の底から深く息を吐き出す。微かな震えを伴って……。


「クラウ様……?」


 意を決して俺が歩き出すと、次期村長候補の女性から訝し気な声が掛けられた。


「……このまま野晒しにしておくわけにはいかないよ」


 俺の判断が招いた結果だ。俺はそれを重く受け止め、せめてもの償いとして、コボルトの亡骸を丁重に葬ることにしたのだ。


「そうですね……、お手伝いします」


 俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、次期村長候補の女性が手伝いを申し出てくれた。勿論バスメドも、そして他のグール達もだ。

 皆が散り散りとなって、コボルト達の遺骸を一か所に集めていく。その場所は村の中心だ。


「……こんなものかな」


 俺は廃材を使って、埋葬する為の墓穴を掘った。スキルは使わず、己の手だけで。

 こんなものは自己満足でしかない。そんなことは判っているし、偽善だとも思っている。それでもやるべきだと思ったんだ。


「――ウ様ぁ! クラウ様ぁ!」


 皆が集めてくれた遺骸を丁重に墓穴へと安置していると、微かに俺を呼ぶ声が聞こえた。

 どことなく切羽詰まったような声音。俺は作業を中止して声がした方へ向くと、慌てた様子で走って来るバスメドの姿が見えた。その腕に何かを抱えて。


「クラウ様ッ! 息がある者がおりますッ!」

「何ッ⁉」


 まさか生存者がいるとは思ってもみなかった俺は驚きつつも、慌ててバスメドに駆け寄った。

 バスメドの腕の中には、犬のような頭部を持った、小さなコボルトの姿があった。血塗れで、一見死んでいるようにも見えたが、耳を澄ませれば微かに呼吸音が聞こえる。


「でかした、バスメド!」

「ありがとうございます。ただ、このままでは……」

「あぁ、判っている」


 全滅だと絶望していた中での生存者発見の報告。つい嬉しくなって、俺はバスメドを満面の笑みで褒め称えた。

 ただ、バスメドが言う様に、辛うじて生きている状態だ。手遅れになる前に、俺は一つ魔法を行使する。


「〝死遅〟」


 放たれた黒い魔力がそのコボルトを覆う。「死属性魔法」〝死遅〟によって、死亡するまでの時間を延ばしたのだ。


「これでよし! 後はポーションを」


 しっかりと〝死遅〟が効果を発揮していることを確認して、「空間収納」から取り出したポーションを振り掛けていく、が……。


「……ポーションが効かない? いや、効果は発揮しているけど……」

「どうかしましたか?」

「死相が消えないんだ。身体はポーションで治っているはずなんだけど……」


 そんなはずはないと思いつつ、何本ものポーションを振り掛けてみるが……やはり、コボルトが目を覚ますことは無く、未だ濃密な死相が浮かんだままだった。


 一体何故? と混乱している俺に、サポートAIさんが教えてくれた。


《ポーションには、身体的回復効果がありますが、精神的な傷に対しての回復効果はありません》


 精神的な傷……? ポーションによって傷付いた身体は治っても、死に向かっている精神を癒すことは出来ない……? そうか、ポーションだけでは助からない、のか……。


 もはや手遅れと知り、ポーション瓶が手の中らから零れ落ちていく。


「クラウ様⁉」


 シャーンと砕け散ったポーション瓶。バスメドが慌てて声を掛けて来たが、愕然としてしまった俺に反応する力は残っていなかった。


 何故……、どうして……。言い表すことの出来ない混沌とした感情が心を埋め尽くす――その間際、サポートAIさんが希望を示した。


《一つだけ、その者が助かる方法があります》


 その方法は? 教えてくれ、サポートAIさん!


《それは種族進化による強制回復です。種族進化をする際、強制的にその進化個体は身体を作り替えられます。その際、同時に治癒効果が発揮される場合があります。原理的には推測の域を――》


 種族進化に強制回復……? なんか難しそうな話だ。サポートAIさんが詳しい原理を説明してくれているが、それは聞き流す。今重要なのは、その結果だ。


「――ウ様! クラウ様!」

「うぉっ⁉ ど、どうしたの、バスメド⁉」

「どうしたのではありません! 一向に何の反応もしなくなって……クラウ様、大丈夫なのですか?」

「あぁ、うん。ごめんね、もう大丈夫だから」


 素直に謝罪をして、もう大丈夫だと伝えると、バスメドはホッと胸を撫で下ろした。随分心配を掛けたようで、大変申し訳ない。


「ならば、良かったです。それでクラウ様、この者は……」


 さっきまでの俺の反応で薄々は気付いていたのであろう。バスメドは言葉尻を濁した。が、もう既に解決策は見つけているのだ。俺は心配を吹き飛ばすように笑みを浮かべる。


「大丈夫さ。助けられそうだから」

「本当ですか⁉」


 目を見開いて驚くバスメドに、俺は自信満々に頷く。


 さて。このコボルトを助ける為には、進化させないといけない。進化には確か名付けが必要だったよな? 因みに、性別はどっちだろう?


《この種族名コボルトの性別は雌です。それとアドバイスですが、マスターの血を少し分けるべきかと》


 ふむふむ。女の子なのね。それに俺の血を与える方がいいのか。スフィアの時を思い出すなぁ。


「バスメド、驚かないでね?」

「はぁ、一体何を――⁉」


 ジャキンと鉤爪を伸ばした俺は、躊躇いもなく自分の掌を切った。幸い「痛覚無効」を所持している為、痛みは感じない。

 驚くバスメドを放置して、俺はコボルトの口を強引に広げると、掌に浮かび上がった血を口内へと流し込んでいく。


「血を飲ませて……一体何を……?」

「このコボルトを進化させるんだよ。進化する過程で強制的に回復するんだ」

「進化を……。なるほど、確かにそれならば、この者も助かりますな」


 深く納得を示すバスメド。そんなあっさり納得出来るものじゃないだろうに、と思っていると、ふと気付けたことがあった。

 先程のサポートAIさんの提案の元になったのは、このバスメドの経験――過去話をもとにしているのだと。

 ちょっと引っ掛かっていたんだよね、バスメドの過去話。いくら名付けされて、パワーアップしたとはいえ、元々致命傷だったのにどうして動けるようになったのかと。


 バスメドの場合は、名付けによって進化までは行かなかったものの、苦戦していた強力な魔物を打倒する事が出来るまでに力を得た。その際に強制回復が起きたんだと思われる。


 バスメドの過去話を聞いていなければ……と、ブルリと身を震わす俺。


「サンキューな、バスメド」

「え? あぁ、はい」


 唐突なお礼に、バスメドが戸惑っている様だが気にせず続けよう。


「よし、決めた! 君の〝名〟は、カロンだ!」

「あー⁉」


 そう俺が名付けた瞬間、唐突に上がる驚愕した声が。

 振り向けば、愕然とした様子の次期村長候補の女性が、口を大きく開いたまま固まっている。

 あ、そう言えば、名付けしてほしいって言ってたっけ?


 ふと思い出したが、既に手遅れ。直後、コボルトの全身が光輝き出したのだった。


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