第二話 転生したら神様に呪われました


 想像していた神様となんか違う……。もっとこう清らかで美しい女神だと想像していたんだけど。それか立派な顎髭が蓄えられた老人とか。


 今、俺を掴んでいるナニかは、蛇がのたうち回るような髪に、死神が着ていそうな黒い襤褸ローブを纏い、所々黒い靄が噴き出しているという形容しがたい悍ましい姿をしていた。

 顔は歴戦の猛者のように厳つく、青白いというか真っ青だし、爛々と光る瞳は爬虫類の瞳孔のように縦長だ。


 うん。あれだね。これは、神は神でも邪神の類だね、絶対。


『忌々しい勇者が召喚されるとあっては黙っているわけにはいかん。召喚される魂を掠め取り、召喚自体を台無しにしてやるつもりだったが……まさか同時に五つもの魂が選ばれるとはな。想定外だ』


 ふむふむ。なるほどなるほど。

 ホントにあった勇者召喚。びっくりだよ。


 どうやら俺が大好きなライトノベルの定番設定である勇者召喚が行われたみたい。『五つもの魂』って言っているから、多分さっきまで一緒にいた白い球がそうなんだろう。


 ということは……俺も勇者召喚されていたかもしれないってことぉ⁉

 まじか……危なかった。勇者召喚とか勘弁願いたいよな。勇者とか究極の便利屋じゃん。物語として傍から見ている分にはいいけど、実際に自分が勇者になるとか絶対嫌だ。断固拒否する。


 そんな運命から救ってくれたこの神様(?)は、悍ましい見た目と違って、案外いい神様なのかもしれない。


『今の我に出来る干渉は、たったの一つだけか。忌々しい。しかし、たった一つとは言え、戦力を削ぐことには成功している。それで納得するしかあるまい』


 途端に尋常ならざる怒気を発す神様だったが、頭を振り、落ち着きを取り戻したようだ。


 あっぶねぇー……。あのまま神様が怒り続けたら、その怒気だけで消滅しかねなかった。魂だけの存在だからか、脆弱性が際立っているな。


 ともかく、この神様は勇者召喚を阻止したい側らしい。想定外だったのか、勇者召喚に選ばれたのは俺を含めた五つもの魂だった為に、阻止に失敗したようだ。少ない戦果として、俺の魂だけ確保出来たみたいだけど。


 さて。勇者召喚されるはずだった俺は、この後どうなるのだろうか。この神様の下僕になるか。それとも消滅させられるのか。


『出来ればこのままこの魂を砕いてやりたいところだが――』


 やめてぇー! その選択肢だけはやめてぇー!


『――それは残念ながら出来ん』


 セーーーーフ! 滑り込みセーーーフ! あっ、あっ、危なぁー。ふぅ、良かった。どうやらこのまま消滅しなくて済みそうだ。


『この魂を砕けば、他の勇者候補が追加で選ばれるかもしれん。そもそも我には魂を砕く権能は持ち合わせておらんがな』


 何だよぉー。ビックリさせんじゃないよ、あんた。

 召喚される魂に干渉出来たからと言って、魂を砕くことは出来ないみたいだ。良かった良かった。


 ということはだ。それならもう一つの選択肢であるこの神様の下僕になるのかな? と思ったけど、残念ながら(?)それ以外の選択肢が存在したようだ。


『通常の転生とは異なるが、この魂は勇者に選ばれる程の魂だ。当然勇者としての力を得る事が出来る器でもある』


 そう、だよね。確かに勇者として召喚される予定だったんだ。勇者としての器は充分に足りているはずだ。


『魔神様に忠誠を捧げる我ら邪神、悪神に牙を剝く存在をそのまま放逐するわけにもいかん』


 あーやっぱり見た目通り邪神だったか……。


『予定通り、呪いを込め、野に放つとするか』


 ……え? の、呪い? マジ? 俺呪われるの⁉


 邪神のもう一方の手から黒い靄が放たれ、身動きの出来ない俺は回避する事も出来ず、呪詛を浴びてしまう。


 身体の中に何か異物が入り込んでくる。それも激痛を伴って。


『一つ、『勇者スキル取得不可』の呪い。二つ『勇者覚醒不可』の呪い――』


 がぁぁあああああ! 痛いイタイいたいッ! 全身に蛆虫が這っているようで気色悪いぃぃ!


『――三つ『下級魔物転生』の呪いだ。精々苦しみ、その果てに絶望に苛まれながら朽ちるいい! フハハハッ!』


 哄笑する邪神の手から零れ落ちていく俺の魂。


 クソ野郎がッ! この恨み、絶対忘れねぇからな!

 重力に引かれるように落下していく途中で、俺の意識は闇に閉ざされたのだった。


 ◇


 暗い……何も見えない……どこだ、ここ?

 なんかベッドが固いし。寝ぼけて床に落ちたか?

 それになんか痛いし――ってか、めちゃくちゃ痛ぇッ⁉

 全身がジクジクと痛み、そこで俺の意識は覚醒した。


 人生最悪の目覚めだ……。いや、もう人生は終わったんだったか。

 全部思い出せる。俺自身のことも。交通事故に遭い、死んでしまったことも。

そして、薫を救うことが出来なかったということも。


 今ならはっきりと判る。あの真っ白な空間に漂っていた白い魂達。その一つが薫の魂だったってことが。


 咄嗟の出来事にうまく対処出来たと思ったんだけどな。あぁ……ちくしょう……。

 大切な家族を一人も守れやしない……なんて俺はちっぽけなんだ……。


 苛む無力感。溢れ出しそうになる悔し涙。


 あぁ、このままじゃダメだ。過去を悔やんでも、もうどうにもならないんだから、気持ちを切り替えないと。

 ふぅっとひと息。気持ちを切り替える。リセット完了!


 薫は死んで輪廻に還った訳じゃない。あのクソ神の言う通りなら、勇者としての第二の人生が待っているはずだ。

 勇者召喚っていうのがちょっときな臭いけれども……薫はしっかり者で賢いし、勇者としていいように利用されるなんてことにはならないだろう。心配ない。大丈夫だ。

 それにあの真っ白な空間には、他に三つの魂があった。多分あれらが陽菜さん、滝沢くん、浅木くんだろうし、一緒に召喚されるはず。


 ちょっと心配になってきた。初対面だったから彼らがどんな性格をしているのかは分からないけど……。

 陽菜さんは薫と仲が良かったし、ちゃんと協力してくれそう。

 滝沢くんは好青年っぽかったし、一番勇者っぽいのは彼ではないだろうか。変に正義感を拗らせないといいんだけど。

 浅木くんはヤバイな。初対面の年上男性に絡んでくるほどの狂犬だ。トラブルのオンパレードな気しかしない。


 ……うん。ちょっとどころか、かなり心配になってきたぞ。大丈夫か、薫⁉

 いやいやいや。大丈夫なはずだ。ここは年長者として、若者を信じてあげないといけないよな、うんうん。


 それに今、俺には薫にしてやれることは何も無いんだ。神に祈って……チッ、出てくんな、クソ神ッ! テメェのような邪神は御呼びじゃないんだよ!

 仕方がない。神がクソだから、ここは明日香姉さんに祈ろう。明日香姉さん大丈夫かな……。


 さて。現実逃避はこの辺にして。そろそろ耐え難い現実と向き合うとしますか。

 まず、ここは何処なのかということなんだけれども、本当にここは何処なんだろうか。

 これが真っ暗で何も見えないから分からないんだよね。どっかの室内とかではないことは確か。だって床が土臭いんだもの。

 若干空気がひんやりとしているかも。寒いと震えることは無いけど、肌寒い感じ。

 問題は音。特に何も聞こえないのだ。何も聞こえないから問題ないじゃないかと思うかもしれないが、よく考えてみればおかしいんだよね、これが。

 生き物の声も、木々の騒めきも、何も聞こえないなんて――いや、微かに風の音が聞こえるな。ちょっと安心。

 以上の情報から推測すると――うん、洞窟だなこりゃ。むしろそれしか考えられない。


 見知らぬ場所、それも洞窟に放置とか勘弁して欲しい。ベリーハードどころじゃないぞ。俺に死ねってか、あの邪神め。

 邪神で思い出したけど、気付けば全身を刺すような痛みがいつの間にか消えていた。


 あの痛みって、邪神から呪いを受けたからだったよな。

 邪神の呪い、かぁ……。邪神がどんな呪いか言っていた気がするけど、あの時めちゃくちゃ痛くてそれどころじゃなかったんだよね。

 なんて言っていたっけ? んー、思い出せん。

 仕方ない。いつか思い出せるだろうし、このままこの場所で悩み続けても無意味だな。


 とにかく移動しよう。出来れば誰かしら人と会って、情報収集をしたいところ。

 生き返ったはいいが、ここが元の世界なのか、それとも異世界なのかさえ分からないんだから。


 よし! 思い立ったが即行動。まずは出口を探すことから始めますか。

 ということで、意気揚々と立ち上がろうとした俺だったが――邪神の悪意は留まる事を知らないらしい。


 え? マジ……? そんな……嘘だろ……。


 地面に手を付いて起き上がる。そんな単純な行動さえ出来なかったのだ。

 何故なら、あるはずの腕が無く、代わりに黒い羽が生えていたから。


「ピピビィィィィ(なんじゃこりゃー)!」


 ――ッ⁉ は? え? 何今の? 

 すわっ、敵襲か⁉ と驚いて周囲を見回す俺。だが、特に生き物の気配は感じられず、シーンと静まり返っていた。


 ふと過る嫌な予感。もしかして……と、試しに声を出してみると。


「ピィー……ピィピ……(あー……マジだ……)」


 甲高い鳴き声。それは俺から出た声だった。


 腕の代わりに生えた黒い羽。小動物のような甲高い鳴き声。


 おふぅ。もはや人間じゃなくなっているのね、俺……。

 鋼の精神力を持つと有名な俺でさえ、あまりにもあんまりな事実に打ちのめされ、ノックダウン。冷たい地面が気持ちいい……と、思わず現実逃避。

 しばらく地面の冷たさを感じる俺だったが、どうにもならない事実に屈し、なんとか心を立て直した。


 さて。どうやら人間じゃなくなったみたいだけど、人間じゃないのなら一体何に生まれ変わったのか考えてみる。

 黒い羽……動かしてみる。パタパタパタ――ッ⁉ う、浮いた⁉

 もっと羽を動かせば、このまま飛べそう。だが、ここは安全第一だ。真っ暗闇の中、飛行に挑戦するのは危な過ぎるだろうし。

 それに俺が何に生まれ変わったのかも分かった。


 洞窟、黒い羽、飛べる、甲高い鳴き声。

 これらの情報で思い付くのは、蝙蝠だ。なんと俺は蝙蝠に転生したのだった。


 わぁーい、蝙蝠に生まれ変わったぁーって、なるかぁー!

 いやいやいや。ライトノベルとかでさぁ。魔物に転生する作品ってあるじゃん。そういう作品結構好きだよ? 

 でもさ、自分がなりたいか? と聞かれれば、否! と九割くらいの人は即答するよね。俺もその九割の人と同意見。

 けど、認めるしかないのかもしれない。俺は蝙蝠に転生してしまったと。


 全くなんてことをしてくれたんだ、あのクソ神はッ! 蝙蝠に転生とか、ふざけんじゃねぇぞ、コラァッ!

 ……ふぅ、ステイクール、ステイクール。ナイスガイな俺は冷静沈着だと定評のある男。落ち着こう。まだ慌てる時間じゃないはずだ。


 それにまだ希望は残されている。ステータスだ。

 そう、ステータス。異世界転生系のライトノベルではお馴染みのステータスさんだ。このステータスによって全てが決まると言っても過言ではない。


 ……あるよね? ステータス。たまにステータスがないラノベもあるし。というかそもそも異世界に転生していない可能性も若干だが残されているんだよな……あぁ不安だ。

 緊張する俺はゴクッと生唾を飲み込み、覚悟を決める。


 開けてみよう、パンドラの箱! あるのは希望か、それとも絶望か!


「ピピィーピピピ(ステータスオープン)」


 ブワンッと表示されるステータス。まずは第一段階成功。どうやらステータスが存在する異世界に転生したみたいだ。

 恐る恐る表示されたステータスを確認していく。その内容は――


名前:――

種族:レッサーバット

年齢:0歳

称号:邪神に呪われし者

技能:「吸血」「音波利用」「飛行」「弱視」

呪い:「勇者スキル取得不可」「勇者覚醒不可」「下級魔物転生」


 ――終わった。全てが終わった。

 あは、あはははははー、はぁ……。

 酷すぎて笑えてくるまである。なんだこの弱ステータスは……。

 某有名ゲームの最序盤に、最弱の代名詞スライムと一緒に出て来る敵キャラか、俺は。 


 絶望だ。絶望しかない。こんな弱さでどうすれば……。

 チートスキルなんて贅沢は言わないからさ。せめて普通に生きていける強さが欲しかったよ、とほほ……。


 絶望に打ちひしがれる俺。その時、唸り声じみた重低音が耳朶を打った。


 グルルルゥゥ。


 ん? 何、今……のお……と……。

 気になって振り向けば、そこには視界いっぱいに映るナニカ。「弱視」だったとしても関係無い程、目と鼻の先にいるソイツは、巨大で醜悪なムカデのような魔物だった。口腔から盛大に涎を垂らし、ギチギチと牙を鳴らす。


「シャァァァァアアア!」


 それは単なる威嚇か。それとも餌を見つけた歓喜の声か。


「ビビィィィィイイイ(ぎゃぁぁぁあああ)!」


 つられて悲鳴を上げる俺は、反射的に逃げ出した。


 ヤバイヤバイヤバイ! く、喰われるッ⁉

 本能的に羽ばたいて、飛行する俺。飛べたことに感動する暇はなく、逃げる、逃げる、只管逃げ続ける。 


 さっきは交通事故で、今度は魔物の餌かよ⁉ 短期間に二回も死んでたまるかッ!

 冗談じゃないぞ⁉ 魔物に、それもムカデに喰われるなん、絶対にイヤ――ひぇ⁉ 今掠めた! 今、何か掠めたって! 当たったら死ぬぅー!


 背後から感じる魔物の圧力。魔物が放った牙による攻撃が、時々身体を掠める。


 クソッ。なんでこんな仕打ちを受けないといけないんだよ。あんまりじゃないか……。

 俺が何かしたってのか? 一度目の人生は、品行方正だったとは言わないけど、何も罰を受けるような悪事は働いていない。ごく普通に生きていただけだ。今の人生――コウモリ生だって、ほんの数十分しか経っていない。


 理不尽だ。不条理だ。横暴だ。

 悪いのは邪神だ。……そうだ! 全ての元凶はアイツだ!

 弱い蝙蝠に転生したのも。こんな洞窟に放逐したのも。今魔物に追われて必死に逃げているのも! 全部邪神のせいだ!

 勇者召喚されずに済んだことは感謝しよう。だがな、それ以外は全部許さねぇ!


 今頃あのクソ神は、せせら笑っている事だろう。呪った相手――俺が今にも死にそうになっていることに。思惑通りに進んでいることに喜んでいるのだろう。

 そう想像しただけでムカついてくる。ぶち切れそうだ。


 勇者スキル取得不可の呪いだって? 勇者スキルなんて、そんなもん端からいらん。

 勇者覚醒不可の呪い? 勇者なんてこっちから願い下げだ。

 下級魔物転生の呪い? 弱者を舐めるんじゃねぇ。


 決めた。今決めた。呪いなんかに負けず、絶対幸せになってやる! そして、いつか強くなって俺を呪った邪神をぶっ飛ばしてやるッ!

 その為にもまずは――。


「ピピピピィ(逃げ切ってやるぅ)!」


 決意を胸に秘め、俺は背後から迫る死から逃げ続けるのだった。


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