第303話 コロナを疑われた男

 病院にとってのVIPと言ったらどのような人を思い浮かべるだろうか?


 病院の建っている土地の地主。

 OBの偉い先生。

 地元選出の代議士。

 監督官庁の担当者。

 有名企業の社長。

 新聞・テレビなどのメディア関係者。


 あげていったらキリがない。


 今回、夜中に電話で相談されたのは上記のどれでもない。

 けれどもまぎれもなく病院にとっては重要人物だった。

 ま、自分以外のすべての人はVIPと思っておけば間違いないのだけど。


 前日から咳が出始めた。

 熱が38.5度出た。

 酸素飽和度が93%。

 倦怠感がある。


「コロナじゃないでしょうか。すごく心配なんです!」


 そう奥さんに電話で泣きつかれた。


「分かりました。ウチで対応できるかどうか、確認してから折り返します」


 それで夜間救急担当の当直医に電話をかけた。

 ちょうどオレが総合診療科で熱血指導している研修医だった。


「VIPなんで対応してくれないかな」

「分かりました」

「ありがとう。ところで、自宅からそっちまでどう行ったらいいのかな、コロナ疑いの場合」

「えっと、コロナ専用タクシーか救急車ですかね」


 研修医もよく分からないみたいだった。

 オレたちは来た患者に対応するが、どうやって来るかには関わっていない。

 だから研修医もオレも知識が曖昧あいまいだ。


 公共交通機関を使うべきでない、というのは分かる。

 自家用車がベストというのも、その通りだろう。


 しかし車を持っていない患者はどうしたらいいのか。


 タクシーを使うといっても運転手にうつしたら大変な事になる。


「受診可能です。でも、行く時は救急車かコロナ専用タクシーを使ってください」


 自家用車を持っていなかったので、患者にはこのようなアドバイスをした。


 が、後で調べてみるとコロナ専用タクシーなどという気の利いたものは滅多にない。

 あるとしても東京・神奈川だとか、まったく別の地域だ。


 救急車を使うほど重症でもないがコロナが疑われる患者。

 このような人の搬送手段が全く整備されていないことが問題になっている。

 軽症コロナ搬送問題とでも言おうか。


 結局、普通のタクシーを使うしかないのかもしれない。

 まだコロナと決まったわけではないが、運転手・乗客ともにマスクをする。

 そして、少々寒くても窓を開けて走ってもらう。

 運転手を感染リスクにさらすことに心が痛む人もいることだろう。

 そういう場合には、多少のチップを渡してゆるしてもらうしかない。



 それはともかくとして、くだんの重要人物はコロナ陽性で入院となった。

 奥さんの方は陰性だったそうだ。


 どうやって病院まで行ったのかは、あらためて確認しておこう。

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