第195話 ワールド・カフェを行なう男

とある感染症専門の教授の講演会に出席した。


感染に対する標準予防策スタンダード・プレコーションを実行するためにどうすればいいのか?

その大学病院では知恵出ちえだしのためのワールド・カフェを行ったのだとか。


ワールド・カフェ!

懐かしい響きだ。


10年ほど前。

病院での研修企画を担当していたオレはネタに困っていた。


そこで、「次の研修ではワールド・カフェをやります」と宣言した。

が、そもそもオレはワールド・カフェなるものを知らないし、経験したこともない。

何となく楽しそうな言葉の響きにまどわされて先走ってしまったのだ。


とはいえ、研修の日は確実に迫ってくる。

そこで、オレはネットで検索して近場ちかばのワールド・カフェに参加することにした。

フレンドリーな名前のワールド・カフェだが、一方で未知の恐怖もいなめない。

ひょっとして高価な壺を買わされることになったりしないだろうか。



某月某日。


仕事を早めに切り上げて職場から電車で2駅の会場に出かけた。

参加者は50人少々で、メインは仕事帰りのサラリーマンかOL。

中には大学生もいたり、自営業もいたり。

会場には13のテーブルが準備されていた。


ワールド・カフェの実際はこんな感じだ。


まず、ランダムに4人がけテーブルに座る。

そこで与えられたお題について対話を行う。

テーブルに置いてあるトーキングスティックを持った人間が語るのだ。


他の3人はひたすら聴く。

簡単なコメントや質問はいいが、あくまでも1問1答にとどめる。

流れを止めないことが大切だからだ。


まず最初のお題は「あなたがそばに居て欲しいリーダーは?」というもの。


約20分間、理想のリーダー像について語り合う。

基本的にトーキングスティックを持った人だけが話すので、途中で割り込んだりする人間はいない。

カフェというだけあって、残りの3人はコーヒーを飲んだりクッキーを食べたり。


1~2分ほど語ったらトーキングスティックを戻し、他の誰かがそれを持つ。

持った人間はまた短時間、前の人の意見にコメントしたり自らの意見を述べたり。


そうしながらも手の空いている人はテーブルの上に敷かれた模造紙にそれぞれ落書きをする。

絵でもいいし文章でもいい。

なんなら単語だけでもいい。


そして主催者の合図の鐘のとともにテーブルホスト1人を残して、他の3人は別のテーブルに旅立つ。

ランダムに別のテーブルの席に座り直すのだ。


次の20分間は前のお題の発展形。

「あなたがなれそうなリーダーは?」というもの。


新たな席に座ると、前に座っていた人の落書きが目に入る。

「プランBがある」とか「人間りょく」とか「スティーブ・ジョブズ」とか、はっきり言って意味不明。

落書きを拾いながら、それまでに行われた対話についてテーブルホストが説明を行う。


そして、新たに構成された4人で自分がなれそうなリーダー像について語り合った。

20分経ったら新たなテーブルで新たなお題について対話を行う。

「どのようなチームを目指しますか?」だったかな。


4つ目のセッションが最後になる。

全員が元のテーブルの元の席に戻ってそれぞれの体験を語るのだ。

ずっと同じ席に座っていたテーブルホストにとっては、すっかり成長して旅から帰ってきた3人はまぶしくうつるらしい。


同じテーブルに座った4人だけでなく、50人の会場全体が一体化してワールド・カフェの終了を迎えた。



「これだ、これしかない!」


会場の盛り上がりを実体験したオレはそう思った。


研修担当者の立場でいえば、ワールド・カフェには良いところがいくつかある。


まず、準備がほぼ不要。

あるとしたら必ず盛り上がるお題を用意することだけだ。


次に、改めて成果物を作成する必要がない。

テーブルの上の模造紙の落書きを写真にとっておくだけでいい。


そして、必ず盛り上がるのでアイス・ブレーキングにぴったり。


というわけで、以来、ワールド・カフェを多くの研修に取り入れてきた。

例外なくうまく行ったし、1回でも経験したら誰でもノウハウを持ち帰ることができる。


残念ながら、コロナの3年間、オレ自身はワールド・カフェを行う機会はなかった。


そんな中でも「ワールド・カフェ」を敢行かんこうした大学病院。

コロナが沈静化するきざしを感じ取っているのかもしれない。

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