第193話 クジラ構文を駆使する女
医学生のマッチング試験だったか、看護学生の就職試験だったか。
面接官であるオレに「学生時代に頑張った事は英会話です」と述べた受験生がいた。
面白そうな話だったので少し突っ込んで彼女に尋ねる。
「英語を苦手とする日本人が多いわけですが、うまくしゃべれるコツがありますか?」
「そうですね。難しい文章を使わず、できるだけ簡単に言えばいいと思います」
なるほど。
「難しい文章とは、たとえば?」
「クジラ構文なんかは難しいので使う必要はないと思います」
おっ、なかなか勉強しているな。
クジラ構文とは大学受験でよく出る難解構文の代表だ。
A whale is no more a fish than a horse is.
(クジラが魚でないのは、馬が魚でないのと同様だ)
要するに「クジラは魚じゃない」というために、わざわざ馬を引っ張りだしてきたものだ。
でも、直観的に分かりにくいので、クジラ構文という
で、オレは面接試験の受験生に訊いてみた。
「クジラ構文は日本人にとっては難しいけど、アメリカ人にとっては簡単だと思いますよ」
「でも、向こうの人もあまり使わないのでは?」
「テレビの青春ドラマで女子高生が "I'm no more a child than you are."(私だってあんたと同じように子供じゃないわよ)と言ってましたけど」
「えっ、そうなんですか?」
彼女は虚を突かれた表情になる。
女子高生がサラッと使うくらいなので、難しい言い回しではないはず。
別に受験生を動揺させるのが目的でもないので、助け船を出しておく。
「要するに、たとえアメリカ人にとって簡単であっても、日本人が難しく感じる構文をわざわざ使う必要はないって、そう言いたいわけですね?」
「そ、そうなんです!」
逆に、日本人には簡単でもアメリカ人にとっては難しい日本語ってのもあるらしい。
「食べたくなければ、食べなくていいよ」ってのがそれだ。
日本人にとっては、何がどう難しいのかさっぱり分からない。
食べたくなかったら食べなくてもいいじゃん!
が、日本語を勉強するアメリカ人に言わせればこうだ。
まず、
食べる、食べたい、食べたくない、食べたくなければ、と変化する。
次に
食べる、食べない、食べなくていい、食べなくていいよ、とこれまた何段階か変化する。
「食べる」から何段階か変化した上の句に、これまた「食べる」から何段階か変化した下の句をつなぐってのは日本語を学ぶ外国人には悪夢らしい。
が、そんなこと難しいことを考えている日本人は皆無だろう。
食べる、飲む、行く、などに
で、このアメリカ人はどうやって、この「食べなくていいよ構文」を克服したのか?
彼は「~たくなければ、~なくていいよ」というパターンを丸暗記した。
その「~」のところに「食べる」だとか「行く」などの動詞を入れるのだ。
多少の語尾変化は必要になるが、正確でなくても通じる。
「行キタクナケレバ、行キナクテモイイヨ」と外国人に言われても意味は分かる。
もちろん、「行カナクテモ」と正確な方が聞いていて気持ちいいわけだけど。
英語でも日本語でも、こういった苦労を楽しむことができれば上達するのだろう。
外国語習得は奥が深い。
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