第98話 勝負パンツと決別した男

ある若い外国人女性のインタビュー記事を読んだ。

何年間か住んだ日本から帰国するのだとか。

最も好きな日本語は何か、という質問に答えていた。


「『勝負ぱんつ』デース」


なんじゃそりゃ?

オレがその場に居たらきくぞ。


「あんた、今、それをいているのか?」とか。

「そもそも『勝負』ってのは何の事かね」とか。


するとこう返されるだろう。


「ソノ質問ハ sexual harassment デース」


たちまち追い込まれながらもオレは切り返す。


「つまり『勝負』ってのはセクシュアルなものなのか?」


彼女はたたみかけてくる。


「トボケタッテ駄目デース。せくはら相談窓口ニ報告シマース」


何でもかんでもセクハラとかパワハラとか言われてたまるか。


「言うとくけどな、オレも勝負パンツを履いてるぞ」

「Oh! アナタニモ勝負ノ時ガアルノデスカ?」

「あるよ、もちろん!」



実は週2回、オレは勝負パンツを履いて出勤している。


手術のある日だ。

何も悪い事が起こりませんように、とゲンをかついでいるわけ。


というのも、数年前に新品のパンツでのぞんだら難しい手術がうまくいった。

以来、手術の日はそのパンツを履いて出勤している。


しか~し。


特定のパンツばかり週2回も履いているとどうなるのか?

洗濯し過ぎてだんだん色褪いろあせる上にボロボロになっちまう。


まるで柔道や空手の白っぽくなった黒帯みたい。

同じ黒帯でも年季が入っているわけだ。


とはいえ、あまりにもボロボロのパンツだと気合が入らない。

更衣室で人様ひとさまに見られると、ちょっと恥ずかしい。

見ている奴もいないと思うけど。


だからオレは勝負パンツと決別することにした。

履くのは、その時その場で1番気持ちよさそうなものだ。



その一方、以前からオレは神仏にすがってきた。

手術日の朝は思いつくすべての神様に祈りながら出勤していたのだ。

でも、いつの間にか以前ほど神仏に祈らなくなっていた。

その時間を打ち合わせや手順の確認に使っている。



もう勝負パンツにも神仏にも頼ることはまれになってしまった。

オレも新しいステージに進んだのかもしれない。

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