第58話 苦楽をともにする男

 数年来、オレは朝の割り付けってのをやってきた。


 夜間休日の入院患者は一旦、当直部という仮設の診療科に入る。

 もちろん急性心筋梗塞やクモ膜下出血はそれぞれ循環器内科や脳外科だ。

 それ以外の、たとえば肺炎とか尿路感染とか全身衰弱などが当直部だ。


 毎朝、前日の当直部入院になっている患者を各診療科に割り付けなくてはならない。

 ここで、下血なら消化器内科と簡単なのだが、肺炎とか尿路感染が難しい。

 というか、はっきり言ってどの診療科が担当しても大差ない。


 また、年齢自体が病気みたいな人も多い。

 今はやりの言葉でいえばフレイルであるが、以前からの言葉でいえば老衰だ。

 なので内科系診療科ではフレイル当番を決めて備えている。


 しかし誰もそんな当番表を見ていない。

 だから割り付けのメールを送った直後にクレーム電話がかかってくる。


「なんでウチに100歳と95歳を割り付けるんだ!」

「今日は先生のところがフレイル当番なんで」

「それにしても2人もウチに割り付けしなくてもいいだろう」

「実はフレイルの患者さんが4人おられてですね、あとの2人はそれぞれ総合診療科そうしん内分泌内科ないぶんぴつないかにお願いしたんですよ」

「ぐぬぬ」

「皆で苦楽をともにするということで先生、ひとつよろしくお願いします」


 本当ならアンタの所に4人割り付けやっても良かったんだぞ、と言外に匂わす。


 というわけで毎日のようにクレーム電話を受ける羽目になる。

 そんなオレに同情してくれる人もいる。


「アイツの所は『俺じゃ内科ないか』だな」


 うまい!

 誰が言い出したか知らないけど。


 結局、医者にとって病気は3種類だ。

 ぜひ、たい疾患。

 余裕があれば診てもいい疾患。

 余裕があっても診たくない疾患だ。


 おそらく地球上どこでも同じ。


 そこのところ、うまく言ってねじ込まなくてはならない。


「なんでウチばっかり割り付けるんだ。循環器内科にもかかっているじゃないか」

「先生のところと循環器内科にもかかっているんですが、なんせ先生のところの方の処方薬が7種類、循環器は1種類だけでして」

「ぐぬぬ」


 毎日のようにクレーム対応していると、こんな屁理屈へりくつが即座に口から出てくる。


 オレもどうでもいいスキルばかりがうまくなっちまう。

 なんてこったい!

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