第12話 夜の終わり
咲道が指定してきた場所は、廃棄された町外れの工場跡だった。
夜の帳はいよいよ深くなっている。スマホを捨てたせいで時間はわからないが、体感での時間だと恐らく深夜の二時は回っているはずだった。
工場の敷地は手入れがされておらず、フェンスもボロボロでいともたやすく入る事ができた。
駿が工場の搬入口まで行くと、扉の側にスーツ姿の女性が立っていた。
「お待ちしておりました、九嶽様」
銀一郎のスマホで聞いた声だった。彼女が咲道だろう。
自己紹介はせず、すぐに駿は問いかける。
「老師はどこに?」
「中でお待ちしております……ところで、双間様はご一緒ではないのですか?」
「途中で敵と遭遇して別れた。だが僕がここに来た以上、問題はないはずだ」
「……ええ、仰るとおりです。どうぞ、こちらに」
事務的な態度で咲道は告げると、搬入口の扉に設置された小さなドアを開け、中に入った。駿も続いて中に入る。
工場の中はまだ電気が通っているのか、天井から吊り下げられた明かりがついていた。照らされた内部は古く錆び付いた機械が数点残っているのみで、ほとんどもぬけの殻といった風であった。
「…………!」
そして、工場の中心を見て、駿は息を呑んだ。
視線の先には、フードを被った人物が立っている。
フードから覗く燃えるような赤髪。
早足で駆け寄り、真正面に立つ。
「魔王……!」
フードの先で駿を見つめる髪と同じく紅い瞳は、まさしく互いに命を賭け竜攘虎搏の戦いを繰り広げた相手であった。
宿敵との再会に、駿は緊迫で身をこわばらせるものの、しかし心の何処かで見知った顔を見た安堵感があったのも事実だった。
かけるべき言葉が見つからず、そのまま押し黙ってしまう。
「勇者よ」
静かで、しかし聞く者を惹きつけるような男の声。
「我らがあるべき場所に……さぁ、こちらへ」
「う……」
異世界への再びの来訪。
駿が望んでいた瞬間がいま、目の前にあるはずだった。
だが、足がそれ以上先に進まない。何かが駿の心を躊躇わせていた。
轟喜の言葉が、駿の心中に木霊する。
『兄さんは、何を目的にいま生きてる?』
異世界という思う存分に力を振るえる場所で、一人で、自由に生きる。
そのはずだった。
だが、そうだっただろうか。
それは、魔王を再び異世界に戻してまで成したかった事だろうか。
自分は、力が欲しかったのだろうか。一人でいたかったのだろうか。
自由とは、何だったのだろうか。
「九嶽様……?」
全く動こうとしない駿を不安に思ったのか、横で様子を見ていた咲道が声をかけた。
駿は意を決し、ラグラムに言った。
「戻れない」
自分でも、どうしてそう言おうと思ったのかわからなかった。
ただ、この夜はずっと、感覚があった。身体が何かに詰め込まれて、縮こまっているような感覚だ。それは、まだ無力だった頃にロッカーに押し込められていた時とデジャヴした。
「…………」
ラグラムは表情を変えず、駿を見ていた。
「十年暮らしたんだ。正直、あの世界の方が肌に合う。でも、僕は未だ務めを果たしていない。それを無視したまま帰る事はできない」
「…………」
突如として、何かが開く音が工場内に響いた。
駿が振り向くと、弓道袋を肩にかけた銀一郎が息を切らして肩を上下させてドアに片手をついて立っていた。
してやったりと言いたげな顔で銀髪の少年は笑う。
「はぁ、はーっ! 追いついた……残念、保管人からは逃げられない」
「銀一郎……」
そして、銀一郎の笑みが凍り付いた
「――――――」
銀一郎が何かを叫ぼうとする。
しかし、その直前、駿の身体に後ろから衝撃が奔り、前に仰け反った。
「ぐ…………あっ…!?」
次に駿の目に映ったのは飛び出す鮮血。
すなわち、自らを貫いた手に握られた、駿の心臓だった。
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