第2話 勇者と半グレと聖剣

 ロッカーは嫌いだ。

 

 駿にとってトラウマしかない。

 

 面白がられてよく身体を押し込まれていたのを思い出す。もともと図体だけは大きくて、しかし引っ込み思案な性格だった駿は、中学生の時からガラの悪い同級生に絡まれてはイジメを受けていた。

 

「い、痛い。やめてよ、やめて……」

「うっわ、見ろよ! はい、満員電車~~」

 

 今でもたまに夢で見る。ロッカーの容積に対して駿の体型はやや大きかったが、いじめっ子たちは気にもせず、無理矢理に駿を詰め込み、それを見て嘲笑していた。

 

 そんな様を周りの生徒たちは遠巻きに眺めるか、笑いを堪えているだけ。教師は我関せずとスルーし、駿の母親はそれよりも男漁りの方が大事だった。

 

 この世界には絶望しかない。

 駿にとっては、この世の真理だった。

 

 だから、こことは違う世界に希望がある事もまた、真理であったはずだった。





「なぁなぁ、異世界ってどんな所? マジでドワーフ~とか獣人~とかいるわけ?」

「あぁ……?」

 

 カレー味のカップ麺をすすっていた駿を銀一郎がキラキラした目で覗き込んでいた。

 駿は気だるそうに答える。

 

「ああ……いたよ。けっこーかなり想像のファンタジー世界って感じ……。まぁ、色々と勝手が違う所もあったし、思い通りに行かないのは現実ではあったけどな」

「へぇ~やっぱりそうなんだ」

「ずっと聞きたかったんだが、どうしてお前」

「銀一郎!」

「…………銀一郎くんはの世界の事を知ってるのかな?」

 

 駿は引きつった笑顔でこめかみをピクピクとさせながら言った。

 

 実はファンタジー異世界転移は本当にある。

 ……なんて大真面目に言った日には、怪訝憐憫哀れみドン引きのフルセットが来るだろう。せいぜい、「設定」が面白ければ耳を傾ける者がいるぐらいか。

 

 しかし、目の前の銀一郎は初めて遭った時から異世界の存在を当たり前のように既知のものとしていた。

 その上、妙なのは異世界を見てきた、という風ではなく、伝聞として知っているような口ぶりだった事だ。

 

「僕以外にも、いたのか? その……異世界を渡った人間が」

「いるよ。そういった連中の逸話や資料を集めている人間もね」

 

 銀一郎はあっさりと告げた。

 

「……そうか……」


 駿は天井を仰ぎ見る。心のどこかで、自分のような経験をした人間は自分だけだと思っていた。いや、思いたがっていた。

 存外にショックを受けいている自分に駿は内心戸惑っていた。

 

(これも、思い通りに行かない現実ってやつか)

 

 駿はガクンと首を下に落としてうなだれ、ため息をついた。

 そこでハッと気がつく。

 

「おい、銀一郎。じゃあいま、こっちの世界って――――」

 

 そこまで言って、駿はピタリと口を止める。

 

「ん?」

 

 駿の行動に、銀一郎が眉をひそめて首をかしげる。

 駿は横目で教室の外、廊下を見ていた。

 その眼光は鋭く、一切の油断を感じさせない。

 

「どうしたの」

「……誰か来てる。四……いや、五人」

 

 駿がそう言った次の瞬間、小さな足音が響き渡り、徐々に大きくなっていった。

 

「警備員……か?」

「ここは旧校舎でもう使われてない。警備員はいるけど、そもそもセキュリティに重きを置いている学校じゃないからそんな人数はいないし、適当にやってるから、わざわざこんな所まで巡回しない」

 

 銀一郎は説明すると、机に置いていた自分のカップ麺を取り、残っていた麺を一気に口に流し込んで、また置いた。

 

 駿と銀一郎は並び立ち、廊下を正面に見据える。

 そして、やがて足音の主たちが現れた。

 

「よぉ……兄ちゃん」

「………………」

「一昨日は俺らの仲間を良くしてやってくれたみてぇじゃあねぇか」

「……あ?」

 

 派手な柄のパーカーやシャツ。ダボついたズボン。薄い眉毛にサングラス。パンチパーマ、スキンヘッド……。

 

 「いかにも」といった四人がぞろぞろと教室に入ってきた。

 

「人が気持ちよさそうに寝てた所を来て下さったからな。一緒におねんねしようと誘ってやったんだ」

 

 駿は歯を剥き出しにするような笑みを浮かべ、言った。



 

 駿がこの世界に戻ってきて一ヶ月ほどになる。

 最初に駿が現れたのは、『みのわ公園』と呼ばれる大型の公園内にある森の中だった。


 帰還後の一週間は途方に暮れながら手持ちの保存食で食いつなぎ、公園で過ごした。食料が尽きた後は野草や野鳥を収集して飢えをしのぎながら、当てもなく街を彷徨い、再び異世界への来訪の手段を探していた。

 

 そんな折、寝床としていた公園でチンピラに絡まれた。

 若い男のホームレスなんて珍しいものを見たからか、チンピラ達は駿をからかい、おちょくり、果てに身ぐるみを剥がそうとした。

 

 ただでさえこの手の連中を駿は蜥蜴の如く嫌っていたのだ。

 目に入ってくるだけでも苛立たしいのだから、それが自分に暴力を振るってきたとなれば、もはや容赦しない理由はなかった。

 ゴブリンの集団を駆逐するように、彼らを数秒で処理した。無論、殺すと現代社会では面倒なので、気絶させるに留めておいたが。

 

 そこまでは良かったものの、厄介だったのは彼らがいわゆる「半グレ」と呼ばれる人種だった事だ。

 駿にはいまいちピンと来ない名称だったが、どうやらヤクザとはまた形態が違う犯罪組織らしい。

 その駿が倒した半グレの仲間が報復に駿を探し始めた。

 

 何人で来られても勝てる自信が駿にはあったが、それで厄介事に巻き込まれるのは御免だった。

 そして、数時間前。公園から逃げようとした時、現れたのが銀一郎だった。

 

「あんたを『保管』しに来たんだ」

 

 そう言って。




 

「お前、後つけられたりしてないよな」

「だからお前って……いや、ずっとおっさんと一緒だっただろ。何で俺だけそー言われるワケ?」

「ロッカー背負って歩いてるガキなんて目立つに決まってるだろうが」

「おっさんのボロボロの服もかなり目立つと思うけど」

「何ィを!?」

 

 口論になりかけた直前、チンピラのリーダーと思わしき男が声を張り上げた。

 

「オメェェェラ! 勝手こいてイチャついてんじゃねーぞ!」

 

 リーダーに続いて、他の仲間も怒声を上げる。

 

「俺らに手ぇ出しておいてよぉぉぉぉ! ただで済むと思ってんのかぁぁぁぁ!」

「今度はワシらが君たちを永遠に寝かしつけてあげようねぇぇぇぇぇ!!」

「おかぁなんにうわゎええいあおおとをあああいああがしんげみえぇぇぇぇぇ!!」

「え、何? 最後何??」

 

 特殊な奇声を発するスキンベッドの男に銀一郎が思わず聞き返した。歯の本数が慎ましやかな男だった。

 

「お母さんに生まれた事を懺悔しながら死んでいけだよぉぉぉぉ!!」

「翻訳してくれるのか……」

 

 なんとも調子のおかしいチンピラ達だったが、発する殺気は本物だった。

 彼らは各々手にバッドやナイフなどの武器を持っていた。駿が公園で戦った相手は素手だったから、少し勝手が違う。

 それでも変わらず、駿には勝つ確信はあったが、「もしも」の可能性はある。

 その可能性を僅かと笑わず、備える事。駿があちらの世界で学んだ事の一つだ。

 

「なら、悪いが手加減はできないな……」

 

 こちらも「武器」を使わせてもらおう。こんな程度の低い連中に使うのは少々憚られるが――。

 

「見せてやる」

 

 駿は後ろに手を回し、隠し持っていた「それ」を取り出す。

 

「な……!?」

 

 チンピラ達が驚きで声を漏らした。

 

 駿が取り出したのは剣だった。


 

 十年前、異世界へ渡った時からずっと生死を共にしてきた唯一の戦友であり、王国では「牙翼の魔王を制し、調和をもたらさん刃」とされた。


 

 火水風土、四大の属性に接続し、その全てを剣に纏わせて操る。

 「天円の理」とも称させる、その聖剣。

 『星操剣せいくけん 』アヴリーバウ――――


 

「おっさん、なにそれふざけてんの?」


 

 ――――の、柄だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る