第048話『殴り合い』

「お~い、蓮花。かなり消耗が激しかったと聞いたけど」

「……」


 如何やら、瀕死のようであった──。

 あれほど色々と酷使したのだ。それに慣れていないと言うのならば、その反動は押して図るべし。

 確かに、伊織を基準とするのならば、蓮花は不甲斐ないと言うべきなのだろう。

 だが、伊織を基準点をするのがおかしいのだ。

 とはいえ、──いやこれ以上言うのは……。


「あ゛ー、冷たい~」


 そんな時だった。

 蓮花の仰向けとなった顔面に、何かのような物が掛けられた。

 普通なら、いきなり何だと飛び起きるものなのだが、生憎と当の蓮花にそのような気力は残っていない。いや実際は、ある程度何の液体か想像がつくというものなのだろう。

 ──そう、水だ。

 例えば、スポーツ飲料や酒の類であったのならば、後処理が大変な目になっていた事だろう。いやそもそも、お酒は未成年を越えてから、か。

 というか、乙女がこんなだらしない顔をしても良いのだろうか。


「あっ、伊織さん。今日はお疲れ様でした」

「あぁお疲れ。今日は本当に災難だったな」


 災難、その言葉で片づけるには、あまりにも不意に訪れた災害。

 だがしかし、台風や大雨といった自然災害とは違い、“ケモノ”の襲来は人々にとっては対処できる自然災害だ。もっとも、人死にという危険度に関して言えば、台風などを越えてしまうのだが。


「……伊織さんの方の班はどうでしたか?」

「別に、特に問題はないさ。数がいるとはいえ、丙種や乙種相手に私が苦戦すると思うか?」

「……いえ、そんな事、ないですよね」

「だろ?」


 にっと笑った伊織の笑顔は、少しだけ眩しくて。

 それに対して蓮花は、少しだけ表情を暗く落とした。


 知っていた、知っていたとも。

 蓮花は、伊織から近接戦闘技術を叩き込まれたのだから、少しは伊織の戦闘能力について知っている、そのつもりだった。

 だが、結果がそれが間違いだったと、そう伝えて来る。


 杏と優子に偶然会って聞いてみた話だと、伊織はまさしく獅子奮迅の如く、まるで鬼神の如く“ケモノ”を蹴散らしていったとの話。その内容は、前に伊織に見せて貰った光景から、容易に想像がつく。

 そして、他愛のない会話が終わって、蓮花は何処かで休もうとその場を去っていったのだが。

 ──その、杏と優子の表情に暗雲が立ち込めていた、そんなような気がする。

 正直、蓮花にも話だ。同じ舞台に立つ人が、自分とは比べようがないほどに離れている、その劣等感に。

 だが、理解はできないと、そう思っていたのだ。


「(でも、私にも少しだけ分かる気がします──)」


 理解はできずとも分かる気がする。


「──なぁ、蓮花。あの、そこにいる彼女について、お前は知っているか?」

「えっ?」


 蓮花の思考が現実へと舞い戻る。

 そして、蓮花が伊織の視線の方向へと向けると、蓮花には見覚えのある人物が此方に歩いてきている。彼女の視線は此方へと交差していて、それ故に伊織は気付いたのだろう。


「やぁ。えっとお主は、あの時の……」

「───鈴野蓮花です。えっと、魔法少女ミコトさん」

「おぉ、そうであったか。いや何、あの時ぐったりとしておったからな。調子を見に来ただけじゃ」


 そう助けられた本人たる蓮花は、少しだけ恥ずかしそうにする。

 確かに、限界を超えた肉体と《マホウ》を行使したのは生き残るためにしょうがない話なのだが、それでも不甲斐なさを恥じるばかりだ。


 と、一方でミコトの興味はというと、伊織の方へと移っていた。

 別に可笑しな話ではない。

 伊織の剣術の腕前であるのなら、ミコトが興味を抱くのは当然の話。それに加えて、何処か波長が合うのだろうか。




「───お主、名は」


「柳田家次期当主候補、柳田伊織だ」


「では改めて。儂の名は、九重美琴」




 互いの口ぶりは、まるで重力が増したかのように重い。


 黒澤流が表向きの武術の流派であるのなら、柳田流や九重流、それに確か鬼道の奴等とあと二つを合わせて裏の流派。──“護剣五家”と呼ばれている。

 であるのなら、伊織と美琴同士、何かしらの面識があってもおかしくはない。

 しかし──。


「へぇ、“千変万化”の九重の娘、か」

「そう言うそちは、“剣術無双”こと柳田宗剣の孫かの。確か、柳田家は──」


 ──伊織がいつの間にか抜いた脇差の切っ先が、美琴の顎付近に添えられる。

 伊織と美琴の一連の会話を見て聞いていた蓮花でさえも、その抜刀の瞬間は捕らえる事はできなかった。そして、伊織の放つその殺気は、“ケモノ”に対して発していた威圧を目的としたものではなく、敵を動けなくする固定化の殺気。

 それほどまでの殺気。普通の一般人なら、その伊織の本気とも呼べる殺気を以てして、窒息死すらも可能とさせるある種の凶器にも匹敵する事だろう。

 だが、伊織自身と同系に類する武家の血は侮れぬか、多少怯みはしたものの美琴の体は今だ自由を保っている。


「おっと、藪蛇じゃったかの。これはすまなかった。他所の武家の秘術の類には、あまり触れるべきではないのぅ」

「──本当にその通りだ」

「了承してくれると言うのなら、その脇差を降ろしてくれんかの」


 そう、美琴は講義の言葉の述べる。

 それに対して伊織は、渋々ながらも脇差を鞘へと納める。もっとも、あまりの地雷に触れたことにより今だ納得できないのか、軽い殺気は残したままであるが。


「そう言えば、お主に聞きたい事があるんじゃが良いか?」

「……はぁ。別に良いけど、手短に終わらせてくれないか」

「そうじゃな。手短に終わらせるとしようか」


 伊織の静かな怒気にも何のその。

 美琴は、本題を話し始めるのだった。


「これは、お主等の班の救援に向かったガラテアから聞いたものじゃが。柳田、何故“ケモノ”の位置が

「……」


 “ケモノ”の位置が分かるとは、一体どういう事なのだろうかと、蓮花は思う。

 確かに、伊織と一緒にいると何故だか“ケモノ”と会う機会が増えるとは思っているけど、基本的には警報が鳴り響いてからだ。

 しかし、こうして疑問に思うと、少しだけ不自然にも思う。

 蓮花が実戦に連れ出された時──“ケモノ”と戦った日、そのどれもがぴたりと一致していた。丁度確率を引いた偶然かと思うのかもしれないが、出現頻度を考えるとそれは考えづらい。………まぁ、今日のように“ケモノ”が大量に出現するなんて、それは予想外中の予想外なのだけど。

 だが、


「何だ。言いたい事があるなら言えよ。──私に、“ケモノ”の位置が分かる、そんな能力があるのではないか、と」

「言ってくれるのぅ。今まさにお主が言うように思っていたところじゃが、──それでは辻褄が合わぬ。お主の《マホウ》は、身体強化系かと思っておったがの」


 ──そう、辻褄が合わない。

 蓮花が聞くに伊織の《マホウ》は、涼音のものとは毛色が違うそうだけど、身体強化系。あれだけの運動能力を、魔法少女だとはいえ素の状態だとは考えづらい。

 その一方で、今までの“ケモノ”の感知能力についても、魔法少女が各自で所有する《マホウ》だと考察することも出来る。

 そう、両者が《マホウ》的な能力だと考える事ができ、同時に素の状態では考えづらい能力。

 そして、伊織の答えはというと──。



「別に。他者の気配感知はある程度やっている者なら、当然の技能かと思っていたけどな。──何だ、出来ないのかぁっ?」



 ──少しだけ、伊織の背が大きくなった、そんな幻覚マボロシを見る。

 まるで、意趣返しが嫌がらせかと云わんばかりの行為。

 それに対して当の美琴は、納得がいったと云わんばかりに、湯呑を置くようなポーズでぽんと叩く。如何やら、伊織の攻撃は効いていないのか、それとも単に上手く受け流しているに過ぎないのか。



「──何じゃ。てっきり儂と同じ二重詠唱者ダブルキャストかと思っていたのじゃがな?」



 まるで、殴りかかった拳を受け流されて、その上カウンターを叩き込まれたかのような、綺麗な返し。

 ──結果、伊織は倒れた。


 しかして、その一方で先ほど美琴が発した謎のワードについて気になるご様子。

 蓮花は、意を決して聞いてみる事にするのだった。


「……。えっと、美琴さん。二重詠唱者ダブルキャストって?」

「何じゃ。賀状の奴、ソレについて教えておらんかったのか? まったく、相変わらずのけちん坊じゃな」


「まぁ、簡単に言うとじゃな。儂等魔法少女には、必ずしも《マホウ》が使えるじゃろ。その要素に、間違いはない」

「……そうですね。魔法少女は《マホウ》が使える」


 魔法少女が所有する能力について、大体三つほど。

 一つ目が、素の身体能力の向上だ。《マホウ》による身体能力強化系とは違い、予め備わっている能力。勿論、身体強化系の《マホウ》と比べるとかなり性能が落ちるが、それでも魔法少女本人としては有難い能力である。

 二つ目が、各自に与えられた《マホウ》。特殊能力とでも言えばいいのだろうか。今までに、十人十色の《マホウ》が確認されている。

 そして三つ目がとても大事で、“ケモノ”に対する特効性だ。ソイツ等には通常兵器の類は効かず、どのような手段を用いてもそれは同じ。だが、魔法少女に備わった特効性ならば、たとえ飛び道具や罠の類であっても、“ケモノ”に対して有効打となりえる。

 まぁ、此処からの延長線な能力があるにはあるが、それでも基本的にはこの三つ。


「賀状の奴に魔法少女について聞いたのであれば分かるのじゃが、魔法少女には《マホウ》と呼ばれる特異能力が備わっておる」

「えぇ、私にも支援系の《マホウ》が使えます」

「そうじゃろそうじゃろ。じゃが、魔法少女に備わっている《マホウ》は、個人一人について一つじゃ」


 それも蓮花は、聞いた話だ。

 魔法少女が所有する《マホウ》は、各自に一つ。それが原則である。

 しかし、美琴が言うには、それはそうれで正しいのだが、如何やら原則からはみ出した例外があるらしい。


「じゃが、稀に儂のように二つの《マホウ》を使える者が現れる。それを二重詠唱者ダブルキャストと、そう呼ばれておる」

「──二重詠唱者ダブルキャスト……」


 それがどれくらい驚異的な話か分からないかもしれない。

 例に挙げてみるとするなら、あのただでさえ驚異的な伊織の身体能力に、後少なくとも《マホウ》が一つ使えるとなると、それがどれほど驚異的な話か。

 《マホウ》とは、魔法少女の戦闘能力を支える大きな力の元。

 これがまだ、《マホウ》を上手く扱えない成たてな魔法少女であったのならば、それほど脅威ではない。

 だが、先の美琴や例題として挙げた伊織が二重詠唱者ダブルキャストなのだとすれば、その脅威度は押して図るべし。

 ちなみに、二重詠唱者ダブルキャストな当の魔法少女ミコトが言うには、国内でも彼女自身と同じ魔法少女は片手で足りて、世界中で見ても百にも満たない。

 それほどまでに、二重詠唱者ダブルキャストな魔法少女は希少で、同時にとても驚異的なのだ。


「それで、A班の戦績を見た限り、もしかしてと思って居ったが、如何やら違うようじゃな」

「……悪いか。私がその何だっけ、……二重詠唱者ダブルキャストじゃなくて」

「いや、そうは言っておらぬ。《マホウ》が二種類あっても使えぬなら意味はないし、弱々しい《マホウ》であっても論外じゃしのぅ」


 如何やら、いつの間にか伊織は、顔を美琴と蓮花に視線を向けていた。丁度、伊織の角度からだと蓮花のアレが見えるだろうが、それにはお構いなし。

 その一方で、美琴は伊織が又聞きながらも会話を聞いていた事実に差しも驚きはしないのか、そのまま会話を続けた。


「──じゃがそうなると、気配で“ケモノ”を探知できるという事じゃな」

「──元々、“ケモノ”は呼吸の類を必要としないのか、呼吸で判別する従来の方法では、無理だな。だが、足音やそこにいるという気配でなら、識別は十分可能では?」


 ──正直、まだ武術を習い始めて少ししか経っていない蓮花でさえ、伊織の言う事が無略茶だと分かる気がする。

 足音や気配──第六感を用いた相手の探知という話は、まだ理解できる内容だ。例えば、達人とかの話題で、そのような技術があるとは知っていた。

 だが、伊織の言っている事は、達人の技術のその先へと向かっている。

 何しろ、達人級の技術はそもそも、一人または複数人を相手にしたもので、平衡な二次元的なものである。

 そして、当の伊織が言うには、十数か数十の相手の位置を更に三次元的に把握するという、正しく神業級の技術である。


「(……)」


 実際、同じ魔法少女(片方は見習い)であるのとは同時に“帰還者”の出である美琴でさえも、その開いた口が塞がらない。

 一方で伊織は、まるで先ほどとは違い当然と云わんばかりに、不思議そうにその首を傾ける。

 そして最後に蓮花は、会話に着いていけないと、真っ白にいつの間にかなっていた。



 /12



 休憩時間は、あっけなく終わりを告げた。

 そう、美琴は休憩時間内ではあるが、途中退席をしたのだった。


 そして、美琴の衝撃的発言からガラテア以外全員が絶句しつつも会議は進み、最終的には当の伊織の話題へと繋がるのは、当然の話。


「──あ奴を、安全な護送の上、戦場で探知レーダーとして活用する気はあるかの?」

「だがそれは、柳田君の大きな利点を切り捨てる事になる。それに、彼女はそんな事は望まないだろうし、それに君も乗り気ではないのだろう?」

「はっは。やはり見抜かれておったのぅ」


 答え合わせには、少し白々し過ぎる会話。

 正直な話、柳田伊織としての探知能力を最大限に活かした場合、先ほどの美琴の言う通りにした方が最大の利益を生み出す。東亜戦線の“ケモノ”等を考えれば、一体どれだけの兵士を救えるのだろうか。

 だがそれは、自らの得た利益を同時に捨てる事でもある。

 目先の利益を取るのか、それとも目先後の利益を取るのか。──答えは、単純明快に尽きるものだ。

 それに──。


「それに、“000《トリプルオー》計画”の事を考えれば、柳田君には前へ出て戦ってもらわないとね」

「ほぅ。それでは、彼女はさながら猟犬でもあり猟師であるという事かの?」

「──態々、魔法少女になりに来た彼女等の事だ。さぞ、光栄であろうな」


 皆森賀状は今までにこやかな表情であったのだが、最後のその一言は絶対零度の如く冷ややかであるのだった。



 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷


 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る