第040話『望まれた事を、望まれたように──』
中央広場と言えば、聖シストミア学園に向かう生徒がよく通る場所である。ある程度分かるように言うのだとすれば、入学式の朝に伊織が通った道とでも言えばいいのだろうか。
その時の朝は、まだ早朝にも関わらず、人がちらほらいた。
そして、昼間時な今現在では、人でかなり賑わっていたのだ。
「……。何か、イベントでもあるのか?」
そう伊織は、微かばかりに首を傾げる。
端の方はまだいいとして、中央辺りなんてまっすぐには進めそうにないほどに賑わていた。これを休日のいつも通りだと言うには、あまりにも説得力に欠ける。
そんな、この溢れんばかりの人混みの中で、四人の人間を探し出すという行為は、あまりにも無謀。しかしてそれは、この梓ヶ丘全土から探し出す無茶よりも、ずっと現実的な話だった。
「──ご清聴ありがとうございました!」
そう誰かがマイク越しで挨拶をして、中央広場に流れていたBGMが鳴りやんだ。というか、その誰かの演奏だったのかと、今更ながらも伊織はそう思う。
そして、散らばっていく人混み。
その中で伊織は、見知った顔を見つけるのだった。
「的場ぁ……」
「あれ、伊織じゃないか。こんなところでどうしたんだ? もしかして、俺の音楽を聴きに来てくれたのか?」
「──な訳あるか。私は騒がしい音よりも穏やかな音の方が好きだからな」
「そう、か」
相変わらず、モノトーンなアロハシャツとぼさぼさのおしゃれ系か髪と無精髭のコントラストを思い浮かばせるものだ。
「そう言えば的場。お前って、案外人気があるんだな」
「まあな。長い事路上ライブをやっているからか、俺のファンが多くてさ。こうしてライブをすれば、かなり人を集められると思うよ。……まぁ、流石に本職には勝てないけどさ」
流石に本職に勝とうなんて、まずもって無理な話。
というか、本当に的場が本職の人々と戦うつもりなのだとしたら、スカウトを受けるのが最低条件なのだろう。モグリで人気者になれたとしても、全国展開した瞬間に失速したなんて話、よくある話だ。
「あれ、そちらの銀髪の彼女さんは?」
「あ゛!? お前なんかに妹を渡さねぇよ!?」
「あぁ、伊織の妹さんだったか」
「──しまったっ!?」
頭を抱え出す伊織。
それに対して的場はというと、背をかがめてフレイメリアに向かって背の高さを合わせる。小さい子供に対して話し掛ける時は、目線を合わせるという常套句。
しかして、当のフレイメリアは身長は若干低めながらも決して低くはないし、発育に関していえば姉の伊織よりも育っている。
「こんにちは。的場切綱と言います。姉の伊織とは知り合いで、これからよろしくね」
無精髭な上に、モノトーンなアロハシャツ。
それは何処か、ある種のモダンなイケメンを思う浮かばせる。
「……」
「えっと、……」
「……」
「名前、……」
「……」
「……」
「──姉ちゃん。こんな気持ち悪いのと一緒にいるなんて、神が許しても私が許しません。すぐにこの場から離れて、さっさと手を切るべきです」
まるで、近づいてきた不審者に対して投げる、罵詈雑言のデットボール。
勿論、溜めに溜めて心の準備なんかをしていなかった的場はというと、自身の胸を押さえて苦しそうだ。
そして、義妹であるフレイメリアから受けた姉を心配するという、一度は体験したいシチュエーション。当然の云わんばかりに伊織は、フレイメリアの意見を喜々として受ける──筈だった。
「──まぁ、的場も悪い奴じゃないからな。少なくとも、すぐに実害がある訳じゃないし」
「何さ。俺が伊織に対して手を出すとでも、思っているのか?」
「……」
「そん時は、──真剣で切ってやるから」
「死ぬよ!?」
「死ぬんだ」
まぁ、生きるか死ぬかは、この際隅にでも置いておいて。
伊織は、この辺りに来た本当の要件を、的場に対して聞くのだった。
「なぁ、的場。なんかこう、──特徴的な学生四人組を見なかったか?」
適当極まる、数打てば他の人たちに当たりそうな質問内容。
確かに、何かのイベントなのか何故か学生服を着ていたから、そこから条件を絞り込める事も可能だったのだろう。
しかし、それでも今だ当てはまる人はかなり多い。その上、この辺りは帰宅前に駄弁ったり、集合場所として聖シストミア学園の学生によく利用されている。
実際、今日も人混みの割合を見る、限、り……。
「……。それは知らないけどさ。伊織に対して熱烈な視線を向けている人たちがいるよ?」
「あぁ。いつもなら、何適当な事言っていやがると難癖をつけるところだったけど。──如何やら、嘘ではないらしいな」
適当な、見知らぬ誰かであったのならば、伊織だって特に気にしていなかっただろう。たとえ、此方に熱烈な視線を向けてそれを伊織が知ったのだとしても、所詮はいつもの事。
だがそれが、見知った誰かであったのならば、話は別だ。
そして、向こうも此方の視線に気づいたのか、彼女等は特に焦った様子もない普通の足取りで此方へと歩み寄ってくるのだった。
「こ、こんなところで奇遇ですね、柳田さん」
「……はい。お久しぶりですね」
「何だ、凪さんと雫さんだったか。それでどうした此処で?」
そう、そこにいたのは凪と雫。
偶然にしても、今日はよく知り合いに会う日だ。
もしかしたら、魔野屋の店長や喫茶店の店長にも会うかと思ったけど、片やは早々外に出てこない勤務型な引きこもりだし、片や今の時間帯だと勤務時間。流石にないと、そう思いたい。
「……えっと。柳田さんこそ、その人とお知り合いなんですか?」
「まぁ、碌でもない、腐れ縁という奴だよ」
「「──!」」
何やら、とても驚いた様子。
「? もしかして二人は、コイツのファンか何かなのか」
「い、いえ、そんな恐れ多い、恐れ多いですよ。ね、雫」
「そうですね、凪」
話を聞いてみるに、的場はこの業界ではかなり有名な、路上シンガーらしいのだ。
その伊織にはイマイチよく分からないファッションに、天然水のように透き通る低音。それが的場の魅力なのだという。
確かに、伊織としても前者はともかくとして、後者は納得できる内容であった。
何しろ、何度か見た事のある音楽関係らしき人。それでもなお、プロの道を選んでいないのだから、路上ライバーとしては筋金入りなのだろう。
しかして、そのファンの数が少ないかと言われてば、そうではないらしい。
確かに、路上ライブだけなのだとしたら、そのファンの数は少なかったのだろう。何しろ此処は、梓ヶ丘という人工の離島であり、そうそう此処には来れないのだ。
だが、今現代を生きる我々には、動画という手がある。
大まかに説明すると、的場はあまり乗り気ではなかったのだが、彼の許可を取ったファンの一人が拡散。そして、それなりにはファンの総数を増やしたらしい。
「やっぱり、ファンの類だろうが……」
「そんな! 私なんて、まだまだ他のファンの人からしたら新米で。到底、ファンを名乗る事なんてできず。でも、何度か曲を聞いていて、CDも持っていて。いえ、ごめんなさい。曲順メドレーの順番を知りません!」
そう言えば、凪と雫の家に晩飯を食べに行った時、確かCDが収まった元本棚があった気がする。あの質素な一室にて、特に華美だったから、特に印象的だったから。
さて、そんな話は一旦隅にでも置いておいて。
「……そう言えば、二人共。蓮花の奴を見なかったか、他に三人ほど男子学生がいたと思うけど?」
「確か、結構前に話して、夕方、月見海岸に行くと言っていましたけど、雫」
「そう言っていましたね、凪」
月見海岸と言えば、この梓ヶ丘で一番月が綺麗に見える観光スポットだ。
時期な真夜中ならばそれなりに人はいる筈だが、生憎と旬な十五夜までにあと数か月は掛かる上に、もし誰かいたとしても夕方から張り込んでいる人はかなり少ない。その上、月見海岸は島のパンフレットに一切載っていない、知る人ぞ知る観光スポット。
ロマンチックなイベントの場としては、十分過ぎるほどの場所だ。
──これは、見なければ、廃るというもの!
「……月見海岸、……夕方、か。まだ時間が掛かるなぁ」
しかし問題は、それまでにまだ時間が掛かるという事だ。
今現在時刻は、おおよそ鯖読みな午後二時。夕方までにはあと、三時間程度は必要とする。
実際、伊織とフレイメリアが家に帰って、適当に駄弁って、その後に月見海岸に向かったとしても十分過ぎる事だろう。
だが、このまま帰るのもまた、何か忍びない。
という訳で──。
「そう言えば的場。───もう終えるのか?」
「? 少し早いけど、もう閉める予定だけど何か?」
「あ~っ。おまえのライブが~みたいなぁ~」
棒読みも甚だしい、そんな伊織の衝撃的な一言。
実際に的場のファンを公言する凪と雫は、そんな伊織の棒読みな一言に衝撃を受け、一体どんだ返答が返ってくるのか、期待と申し訳なさ一杯で事の顛末を見守っていた。
確かに、今から閉めると歌手はそう言っているのだ。
だがそれは、余裕ができた上での閉めるという意味合いにも取れる。
「……」
だがそれは、所詮揚げ足取りの類でしかない。
その上、決定権は的場自身にあるのだ。彼がやらないと言えば、そうなる事は明白だった。
しかして、その判断は──。
「──よし。もう一本だけ歌うか」
「「──!?」」
そう、嬉しそうに宣言をする、的場。
感涙の衝撃に、言の葉がぼやける凪と雫。
それらを当の発案者たる伊織はというと、そこまでかと不思議そうに彼女等を曲が始まるまで、フレイメリアと観察をしているのだった。
「伊織さん。ありがとうございます!!」
「何。このまま帰るのもなんか忍びないし。それに、まだ一度もちゃんと的場の路上ライブを見た事がなかったからな」
「是非、見て行って下さい! ──それと柳田さん。先ほどから一緒にいるそちらの方は?」
「ん? あぁ。まだ私と会ってから時間が経っていないから、それは当然か。──義妹のフレイメリアだ。仲良くしてやってくれ」
「……。よろしく」
♢♦♢♦♢
夕暮れ時、──日が隠れるほどの黄昏時には、まだ早い。
それでも、時折吹く海風が冷たく流れて、何処かへとまた旅に出る。
コンクリートの地面。一歩前へと歩めば、深い海の底へと真っ逆さま。
あと一歩を止めて、此処で見よう──。
なんて、謳い文句も看板を後目に。
「──もう、こんな時間ですね」
「そう、ですね」
「そうだな」
「そうですか」
蓮花たち四人は、月見海岸にて夕焼け景色を眺め中。
丁度、水平線に沈んでいく真っ赤な太陽が、じりじりと蓮花たちを照り付けていた。凪訳もなく、潮を含んだ海風がさっと流れていく。
「本当に今日は、いろんなところに行きましたね」
「「「あぁ……」」」
嗚呼、今日は本当にいろんなところへと、蓮花たちは足を運んだ。
喫茶店を出た後は、案外近場で買い物をしたし、シアターにも足を運んだりもした。丁度、上映していた外国の映画は、字幕こそついていてもよく分からなかったけど、それなりに楽しめたと思う。
そして、最後に見るこの夕焼け景色は絶景かな。
「(私たちは、この営みを守っているんだ)」
そう、一日を通して蓮花は実感をした。
蓮花は、魔法少女になったからには“ケモノ”と戦う義務を受け入れているつもりだけど、彼女には一体何を守るべきなのか分からなかった。
人を守る──なんて、とても抽象的だ。
所詮は、他人は他人。
彼等彼女等が怪我をしようが、ましてや死亡しようが他人事。
彼等彼女等が受けるであろう痛みや絶望感なんて、当事者ではない蓮花にとっては想像すら怪しい存在だ。
もし、それを無理矢理理解をしようとしている人がいるのだとするのならそれは、──必要以外の痛みを受け入れる、ただの愚者である。
愚者である事で、特に不利益の類はない。
それでも蓮花は、愚者ではなく理解者でありたかった。
「(なんて思ってみたけど、私、梓ヶ丘に来てからまだそんなに時間が経っていないんですよねぇ)」
ただ、難点があるのだとすればそれは、蓮花自身がこの梓ヶ丘に来てまだ巡り巡る季節ほどの月日が経っていないという事だ。
そんな蓮花からすれば、まだ梓ヶ丘は見知らぬ土地。
という訳で、徹たちにこの梓ヶ丘の案内を頼んだのだ。
結果としては上々。このまでの景色を最後にまで持って来れてたのでは、文句なんて浮かばないというものである。
「(……。でも、伊織さん辺りが面白がって、“逆ハーレムデートを見学しよう!”なんて言っているのが想像がつきますけど)」
実際、伊織は目をキラキラとさせていたのだけど。
さて、そんな答えのない予想は区切るべきなのだろう。
それはほんの、瞬きの瞬間でしかなかったけど。
それでも、人が生きているのを実感した。
「──望まれた事を、そう望まれたように……」
その呪言が、私には生きる意味そのもの。
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お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
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