第014話『乙女ゲーの主人公とて容赦なし』

「ほら、次行くぞ。今度こそはどうにか受け止めて見せろよ」

「えっ!? 伊織さん、ちょっとこれは──」



 ──ドスッ。



「ぐぇっ!?」

「……、やっぱり無理だったか」


 乙女ゲーな主人公、それも花の高校生活の真っ最中だというのに女性にあるまじき声を出す蓮華と、手にした木刀を軽く振り抜いた伊織の姿がそこにはあった。

 それで、蓮華と伊織はこんな人気のないところまで足を運んで一体何をしているのかというと、近接戦における凌ぎ方についてだ。

 あの日、伊織は蓮華と涼音の魔法少女としての戦いを途中から見ていたのだが、幾つもの戦闘を越えた涼音とは違い、蓮華の動きはまるで素人そのもの。別に蓮華は数日前まではただの一般人の内の一人でしかないためしょうがないが、魔法少女となったからにはそうも言っていられない。後衛とはいえ、かなり手加減をした伊織の剣を捌くはしてもらわないと。


「一旦、休憩で。手加減をしたとはいえ、今のは良いところに入ったから、しっかりと休んでおけ」

「……」


 返事はない。ただの屍のようだ。

 さて、そのままぐったりとした蓮華。そんな彼女の近接訓練を行っていた伊織であったが、今回は彼女一人ではなかった。

 まるで何処か別の学園の制服を着て、ストールを巻く。その上にカーディガンを羽織る黒髪の彼女──魔法少女アーチャーこと、黒辺涼音がそこにいた。そんな彼女はというと、今は暇しているようで、体育座りの恰好で此方を見ていた。


「それで。えっと、魔法少女アー」

「黒辺で良いです。黒辺涼音」

「では、黒辺さん、で」

「……、やっぱり止めて下さい。涼音と」

「どれだよ!?」


 そんな伊織と涼音の掛け合いは一旦隅にでも置いておいて。

 何故、この場に涼音がいるのかというと、伊織と同じ蓮華に訓練を施すために此処にいる。もっとも、伊織が近接訓練なのに対して、涼音の訓練は射撃だったりするが。


「……。話の続きなんだが、蓮華はどうだった?」

「向いていないでしょうね。多分ですが、もしも実践でしたら誤射しまくると思いますよ」

「……、そうか。となると、今まで通り近接戦を凌ぐ練習を繰り返した方がいいな」


 そう伊織が呟いたのを薄れる意識の中で蓮華は耳にしたのか、倒れた蓮華の様子はあまりにも嫌々しい表情でこと切れていた。



 ♢♦♢♦♢



 伊織が蓮花を魔法少女だと知ったのは、何故か蓮花の方から告白してきたからだ。

 夕暮れの帰り道。

 帰路に付く伊織を、後ろから走ってきた蓮花が呼び止めたのだ。それも、此処まで一体どれだけ走ってきたのか、はたまた体力がないだけか知らないが、少しだけ顔を赤らめているのだった。

 こんなシチュエーション。普通なら、同性でも気があるのかもしれないと狼狽するのかもしれないが、好きな人がいる伊織にとっては何の効力もなかった。

 もっとも、その告白というのが人生のパートナー的な話ではなく、蓮花自身が魔法少女だという、人にとってはそちらの方が衝撃的な告白なんじゃないかと、そう思う。


「………」

「ほんと、私も何でこんなことをやってるだろうな………」


 蓮花が魔法少女の事で、同じ魔法少女の伊織に特訓を付けて貰おうとしていたのは、まだ分かる。もっとも、伊織も蓮花と同じ、まだ魔法少女としては素人だったけど。

 それで、伊織はどうにか前に会った魔法少女───涼音に頼み込んだのだが、そこでとある条件を突きつけられた。

 そう、蓮花だけではなく、伊織も魔法少女としてのトレーニングに参加することとなったのだ。これには、この交流という名のトレーニングの場を立ち上げた涼音も、かなりご満悦だった。



 /9



 蓮華はあの日、人々を守るために魔法少女となった。

 だが、それは一人で勝手になれる、そう簡単なものではない。どうせ、あの黒い猫でも蓮華の傍にでも偶然を装って手を貸したのだろう。あいつは、善意で助ける存在ではないと、伊織の勘はそう告げていた。

 しかし、ここで面倒な事実が発覚した。魔法少女たる蓮華は、一人では戦えない他人頼みな魔法少女だという事に。

 まぁ、他人頼みな魔法少女程度は、さして問題にはならないだろう。支援系の魔法少女は、その殆どが蓮華と同じ他人頼みな魔法少女だ。これには一部例外が存在するにはするが、今は何処か隅にでも寄せておこう。

 だが、───


 鈴野蓮華 体育 “2”


 そんな評価を貰った蓮華は、あまり運動を得意としていない。

 先ほども言ったような他人頼みな魔法少女はそこそこ要る訳で。

 しかし、自衛手段が何もないというのは、それ以前の問題だ。支援系だというのに、逆に足手まといにしかならないのだから本末転倒と言うべきか。

 こうして、魔法少女だとバレた縁から伊織は近接戦の自衛訓練を行い。また、魔法少女として活動していた涼音に約束を何とか取り付けて、魔法少女としての訓練を行う事になった。ただ、その約束を取り付けるのに対価を払ったことはまだいいとして、何故伊織も受けなければならないのか。解せぬ。


「さて、十分休憩も取れた事だろうし、そろそろ再開するか。おい、蓮華。近接訓練始めるぞ」


 ──ビクン!? と倒れ伏した蓮華の体が跳ね上がった気がしなくもないが、そのまま動かないまま。そう、屍のようだと、口ではなく体で言っているようであった。


「──あぁ、そうそう。伊織、貴女に少し言い残していることがあって」

「何だ、藪から棒に。別に蓮華に施す訓練は近接戦闘における自衛訓練。それで構わないだろう?」

「いえ、それとは別の件です。“乙女課”の皆森局長が貴女に会いたいと、そう言っています」


 “乙女課”の、それも室長クラスの大物となると、その組織の中で一番偉いと言っても過言ではない。ちなみに、その下に部長と続いていくのだが、それは今関係ない話だ。


 さて、話を元に戻すとするが、これは少し面倒な事になった。

 これまでは伊織が多少獲物を先にかっさらって行っても、特に何かとやかく言われることはなかった。勿論、本心ではまた違っているかもしれないが、そこは大人の事情か彼女の足の速さで逃げ切っているからであろう。

 しかし、最近になって正式な魔法少女な涼音と会話をするようになり、そして極めつけは新しく魔法少女となった何処かの誰かさんと親しくなったことにより、政府内にて囲い込みが始まっているとかいないとか。

 だが、このままだと碌に身動きが取れなくなると、そう伊織の勘が告げている。


「(もしそうなら、どちらかを切り捨てる──いや、それは無理な話だな。もう、始まっているのだから)」


 もう、答えは一つしかない。

 だがそうなると、どう皆森室長という奴と会うべきか。菓子折りとして、“ケモノ”や魔法少女が魔力を生み出す器官──魔石を持って行くべきか。強力な“ケモノ”の討伐達成の報告を引っ提げていくべきか。だが、生憎と“ケモノ”の魔石は伊織にとって重要性の高い物のためなしで、強力な“ケモノ”の目撃情報は今のところ入ってきていない。


「……。はぁっ」


 この手だけはあまり使いたくはなかったと、そう溜息をつく伊織。

 そして、何を思ったのか伊織が歩き始めた先にいるのは、今の今まで屍へと擬態している蓮華の方だった。


「……、蓮華さん」

「……」

「そうです、か。そんなに地べたに寝っ転がるのが好きだったら、今度は受け身を取る訓練にしてみようか。丁度、此処にいいボールがあるし」

「今からやります、やらせてください。私はまだ、サッカーボールになりたくないです」


 伊織が少し脅せば、勢いよく立ち上がる蓮華の姿。まるで調教でもされたかと云わんばかりの反応だが、今までのスパルタ訓練から学んだのだろう。

 だがしかし、そんな提案をした伊織にとっては非っ情に残念なことだが、本題はそれとはまったく違う別の話だ。


「蓮華さん。貴女には私と一緒に魔法少女を統括する組織、通称“乙女課”に行ってくれないか?」

「“乙女課”って、一体何なのですか?」

「……。頑張って思い出してくれ。涼音辺りの黒いオーラが噴火しない内にな」

「!? はい! 思い出しました。魔法少女を統括する、政府内にある課ですよね。知っていました」


 果たして思い出したのか、知っていましたかどちらかは知らない。というか、思ったよりもはっちゃけた性格なのだと思った伊織であった。




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